第32話 光

 明けない夜はない。そうわかっているけれど、今は夜。ねむれば夢を見て、現実を突きつけられる。


 あたしが悪い子だから、パパが帰って来れないんだ。だからママは夜遅くまではたらいて、帰って来れないんだ。


 ママ、パパ。ねぇ、会いたいよ。


 あたしの羽根が黒く染まる。あたしが黒羽根の天使だったなんて。


 じゃああたしは、自分で自分の羽根をもぎ取ろうとしているっていうことなの?


 暗い、暗い、穴の中にどこまでも落ちてゆく感覚に引きずられる。あたしは、その穴の中に埋もれて、真っ黒に染まるのかな?


 絶望の真ん中から、突然明るい光が射してきた。つかめ、とその光はあたしに言った。無理だよ。だってぜんぶあたしのせいだったんだよ?


 それなのに、自分だけたすかるなんて、あっちゃいけない。


 ――手を伸ばして。


 頭の中に聞こえてきたのは、アイビーの声?


 アイビーなの? たすけてっ。そう言いかけた声は途中で途切れた。あたしなんかがたすけてもらっちゃだめなんだ。だって、あたしは悪い子なんだから。


『目をさますんだ、ユイナ』


 でも、だけどあたしは。戸惑うあたしの腕が強引に光の方へ引っ張られた。


 やめてっ。たすけないで。そう思うのに、涙がこぼれて。


『おまえは悪い子なんかじゃない。ずっと見ていたからわかる。おまえは、悪い子なんかじゃない』


 でも、お皿がわれちゃったの。


『皿なんて、だれでもわるさ。ほら、ふつうのことだろ?』


 ふつう? お皿をわるのがふつうのことなの?


 ますます混乱するあたしの手を、力強くにぎるアイビーの姿が見えた。


 きれい。


 こんな時なのに、ため息が出てきた。アイビーはにっこりと笑ってくれる。


『おまえはなにも悪くない。大丈夫。戻って来い』


 ふわっと体が軽くなったと思ったら、目がさめた。


 うわっ。本当に目の前にアイビーがいる。きらきらした天使の輪っかが光り輝いている。でも、そんなこと今は関係ない。


「アイビー、あたしが黒羽根の天使なの?」


 必死につむぎ出した言葉は、涙とともにあふれて。そんなあたしの涙を、アイビーが指でぬぐう。


「ごめんな。マサハルとの話、聞こえてたんだな」


 あたしはこくりとうなずいた。


「でもまだ、おまえが黒羽根の天使だという確証がないんだ。もう少し調べたい。だからおまえも、ふつうの生活をしていてくれないか?」

「宿題、おわってないや」

「そう、まずは宿題を片づけるんだ。他のことは、またあらためて考えよう?」


 うんってまたうなずくと、アイビーが頭をなでてくれた。ぶっきらぼうなのに、やさしいね。あたしは、めぐまれているんだな。


「あれ? だけど、黒羽根の天使って、人間の男の人に引き取られたんじゃなかったっけ?」

「そこもふくめると、おれたちの記憶が操作されている可能性ぎ出てきた。ともかくおまえは、ふだん通りにしていればいい。なにかあったらおれが守ってやるから」


 え。あの、アイビーが守護天使だってわかっていても、そんなこと言われちゃったら、心臓がドキドキしているよ。あたし、どうしちゃったんだろう?


 つづく


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