第14話 届かない想い

「黒田」


 アイビーが黒田くんの名前を呼んだ。黒田くんはぶっきらぼうに振り向く。


「おはよう」

「……おはよう」


 たったそれだけのあいさつなのに、あたしの背中を冷や汗が伝う。あたしもあいさつしたい。でも、なんだか出遅れちゃって。奇妙な緊張感の中、ミチルちゃんだけがにこにこしていた。


「おはよう、黒田くんっ!!」


 男の子顔負けの元気なあいさつに動じることなく、黒田くんはおはようとクールに返して、今度こそ去って行ってしまった。


「あはっ。なんだかぼくのせいで、朝から修羅場になっちゃったかな?」


 悪びれなくそう言ったミチルちゃんに今すぐなりたいと思った。そして、黒田くんの元まで走って行って、きちんとあいさつをして、誤解を解きたかった。ぐじぐじと悩むあたしを見て、アイビーが口を挟んでくる。


「悪いと思うんなら、ユイナをこまらせるなよ」

「なっ、なによ」


 真剣な表情のアイビーに、ミチルちゃんがひるんだ。それくらいの迫力がアイビーにはあった。


 でも、ミチルちゃんがひるんでいたのもつかの間。アイビーはすぐにくすくすと笑い始めた。


「なんてな。おれがこいつをどうこうするわけないじゃんか。おれにだって選ぶ権利があるんだぜ?」

「ちょっと待った!! あたしだって、選ぶ権利ぐらいあるもんっ」


 必死に食い下がるあたしを見て、ミチルちゃんがあーあ、とあきれた声を出した。


「こういうのって、もつれちゃうとどうしようもないよね」


 そう言って前を向いたミチルちゃんの横顔はどこか大人びていて。


「ミチルちゃん? ひょっとして、好きな人がいるの?」


 不思議に思って声をかけてしまえば、今にも泣きそうな顔のミチルちゃんが必死に微笑む。


「いるよ。ずっと前から」


 そう言うと、ミチルちゃんもかけ出してしまった。


「いいのか? 追わなくて」


 だいぶたってからアイビーに聞かれて、あたしははっとなった。


「ミチルちゃんの好きな人って、だれだろう? まさか、黒田くん?」

「そんなわけないって。おまえは、ミチルのともだちやってて、あいつの恋心に気づいてなかったのかよ?」


 アイビーの指摘に、あたしは胸に手を当てて考えた。ミチルちゃんがずっと前から好きな人ってだれだろう?


「まさか、あたし?」

「残念ながら、それもなさそうだな。逆はあっても」

「逆? 逆って?」

「おまえのそういう察しの悪いところが嫌われてるんじゃないのか?」


 え? そうなの? あたし、嫌われてるの?


 動揺するあたしの肩に手を置いて、ごめんとあやまるアイビー。


「そんなつもりじゃなかったんだ。気にしないでくれ」

「でも、アイビーはあたしがミチルちゃんに嫌われてるって思ったんだよね? だとしたらあたし」

「どうもしないさ。思春期の子供なんて、意味もなく好きにも嫌いにもなれる。その日、その時、たまたま虫の居所が悪いことなんていくらでもあるだろう?」

「そう、だけど」


 自分に鈍いところがあるという自覚はある。だから、気をつけているつもりだった。それでも嫌われているのだとしたら、どうすればいいんだろう?


「気にするな。ほら、学校行くぞ」


 そうしてアイビーに背中を押されると、なんだか周囲の視線を感じる。こういうことか、あたしが鈍いのは。


 アイビーはとても目立つ。だってきれいだし、天使だし、王子様に見えなくもない。だからきっと、アイビーを好きな子なんていくらでもいるんじゃないかと思うと、あたしのうかつな態度をあらためなくちゃと決意をするのだった。


 つづく


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る