第八章 フォローミー!! なんとか3年生になれました……

第71話 ちゅっちゅ♡


「よっこいせっと……」


 いつものように……、である。



 いつも、この言葉から聖人ジャンヌ・ダルクさまの像の台に腰掛けるのは――ジャンヌ・ダルク本人である。


 勿論、ジャンヌ・ダルク本人といっても、遥か遠い中世の7月7日に列聖されて、神となった。

 本来、神は姿を見せることはしない。だから、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像が、ここ聖ジャンヌ・ブレアル学園の教会――聖ジャンヌ・ブレアル教会の祭壇に祀られているのだ。

 礼拝に来る者達がそうしやすいように、像を祀ってある――。


 カトリック教徒であるならば、十字架を見上げて胸前で十字を切り……両手を重ねて祈る。

 十字架に信者達が想うのは――当然、神であるイエス様だ。

 その神にもとに列聖されたジャンヌ・ダルクも、この学園では神として……もっとも身近な神として祀られている。

 では、イエス様と聖人ジャンヌ・ダルクさまのどちらを優先して祈っているのか? と思うかもしれないけれど、答えは両方。

 十字架を見上げてイエス様を想うように、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像を見上げて学園の生徒達も先生達も、皆の心の中には列聖した対象である神――イエス様を想っている。


 と……、思う。


 聖ジャンヌ・ブレアル学園はカトリック系の高等学校なのだけれど、実際、生徒達の中に生粋のカトリック教徒はどれだけいるのかと聞かれれば……、ほとんどいない。

 生徒達は、この学園を京都府でもトップクラスの『進学校』として受験してきた。

 要は、勉強することを優先して入学してきたのであって、カトリック教徒になりたいがために入学してきているのではないのだ……。


 でも……。


 ――例外的に、一人の女子生徒だけは毎日毎日、早朝の授業前に教会に来て熱心に祈りを捧げている。

 いつも長椅子の最前列に着席して、胸の前で十字を切ってから祈りを捧げている。

 祈り……といっても、自らの成績が思わしくないことを嘆く気持ちから出てくる愚痴とか、とある男子生徒への苦情とか。

 純粋な気持ちで聖人ジャンヌ・ダルクさまに祈りを捧げているのではなくて、不満のはけ口として祈っているのだけれど……。


 それでも、毎日毎日、欠かさず早朝に教会に来ていることは……、それだけ学園生活で不満があるからなのだろうけれど……。進学目的で礼拝は二の次だと思っている他の生徒達と比べると、なんともまあ……熱心な『信者』であろう。


 ちなみに、その女子生徒の成績はというとビリから数えた方が早い……。

 否、ビリでもある。


 その女子生徒の名前は――



「新子友花よ―― なんとか3年生になれて良かったな」

 台の上で、これもいつものように両足を前後にぶらーんと動かしているジャンヌ・ダルク。両足をこのように動かしているのは、ジャンヌ・ダルクの癖である。

「おめでとうと言ってやろうぞ――、新子友花よ。……それにしても珍しいな。放課後の部活前に教会に来るなんて」

 もうひとつ……ちなみにを。今は放課後、その教会の場面である――



「どうしても3年最初の部活動の前に……その、聖人ジャンヌ・ダルクさまに祈っておきたいと」

 新子友花の3年生編、最初の発言だ。



「そうか……。熱心で関心だぞ」

 ジャンヌ・ダルクが中世から蘇っている……と思われるかもしれないけれど、彼女の服装は『カジュアル』だ。

 しかも、現代風で流行にも乗り遅れない感じである。


 ジャンヌ・ダルクの容姿を分かりやすく表現しておこう――[ユニクロ・ファッション]である。


 別に、作者はユニクロ贔屓びいきしているわけではない……。

 お手頃な価格で、生地が丈夫で長持ち、という非の打ち所がない衣類のお店は、作者にとってはユニクロしか思い浮かばないのである。

 まあ、この話は置いておこうぞ――


「……あ、ありがとうございます。聖人ジャンヌ・ダルクさま」

 新子友花、当ラノベの主人公である女子高生は長椅子に座ったまま、深く頭を下げる。

「あ……あたし。ほんと良かったです。期末テストで……あ……、赤点だったら、また追試験だったけれど……。追試験を受けることなくて……でも、点数は低かったけれど。それでも……すんなりと3年生になることができて……、ほんと良かったです」


「新子友花よ―― 自らの実力の成果なのだから、頑張ったと我は言ってやろう」


「……は、はい。聖人ジャンヌ・ダルクさま」

「だから、我のことはジャンヌと呼んでかまわんぞ!」


 普通に考えて、学園の女子高生と神であり、実体化しているジャンヌ・ダルクが会話をしているこの場面――

 新子友花が毎日熱心に祈りを捧げていることに対しての、聖人さまからのサービス……?

 というよりも、特別な関係なのだと書いておく。


 かつてジャンヌ・ダルクは、新子友花を『助けてやろうと思う――』と独り言を呟いている。

 新子友花も、彼女にとって聖人ジャンヌ・ダルクさまは心の支えであることは、今の今まで書き綴ってきた、この青春ラブコメまっしぐらの話を読み返しいてもらえれば分かるだろう。


 神に助けられるくらい想われている……


 成績はビリから数えた方が早い……ビリでもある新子友花だ。

 でも、その肝心の成績アップはというと神曰く……自分でやれ! であるのだけれど……。



「……」

 両足を前後にぶらーんと動かしたまま、台の上に座っているジャンヌ・ダルク。


「……なあ、新子友花よ」

「は……はい」

 新子友花は長椅子の最前列に腰掛けたまま、ジャンヌ・ダルクを見上げている。


「……」


 ジャンヌ・ダルクは唇を閉じて、新子友花をしばらく見る。


「……」


 そして――、


「なあ、新子友花よ―― 放課後の部活前に教会に来て3年生に無事になれたことを報告しに来たことが、今そこに座っているお前の理由では……ないだろう」


「……」


 今度は新子友花が唇を閉める。


「……」


 そして、視線を床へと逸らした。

「……なあ、新子友花よ」

 ジャンヌ・ダルクは言葉を続ける――

「……はい」

「3年生の最初の部活動……。部室に行きたくないというのが、放課後に教会に来ている理由なのではないのか?」


「……はい。御名答で……す。ジャンヌさま」


「……だろうと、思ったぞ」

 ジャンヌ・ダルクは、大きくひとつ肩で息を吸って吐いた。

 新子友花はというと、長椅子に着席したまま合わせていた両手の人差し指を顔の前で……ツンツンと突いている。

 自分の本心を見抜かれてしまっている神――具現化されているジャンヌ・ダルクの御前で、彼女は恥ずかしいと思ってしまう。


 

 神――聖人ジャンヌ・ダルクさまは、すでにお見通しなのだ。



「部室に行きたくない理由は、彼――忍海勇太か?」


「……」


 神からそう尋ねられて、熱心に祈りを捧げてきた新子友花には無視できない。

 できないのだけれど……すんなりと答えたくはない。

 自分自身の心の中に、まだ……消化できていない気持ちがあるからだ。

「……」

 だから、新子友花はコクりと口を閉じたまま、大きく頷いて返事をする――

「……そうか。そうなのか……。新子友花よ、お前は」

 ジャンヌ・ダルクが、ぶらーんと動かしていた両足の力を緩めていく。

 次第に、両足は動きを止めて――


「まだ……、ヴァレンタインデーのことを引きずっているのか?」


 ……ぶっちゃけると、大きく肩で息を吸って吐く。

「ヴァ……ヴァレンタインデー? あの、ジャンヌさま? お……恐れながら――」

「だから、恐れなくてかまわんぞ……。お前、まだ忍海勇太と『ちゅっちゅ♡』したことを気にしているんだな??」



「にゃん!?」



 不意打ちいっぱいに……予想外の発言を受けた時に出る新子友花の猫声だ。

 ツンツンとしていた指先を、彼女は斥力の如く勢い離す。


 そんな、バレバレなジェスチャーを間近に見下げているジャンヌ・ダルクは、

「やはり……可愛いぞ。新子友花よ」

 ふふっと、笑みをこぼしたのだった。


「ど……どうして、あ……あたしが、ヴァレンタインデーの日のことを、まだ引きずっているとわかったのですか?」

「やっぱしだな―― 引きずっているのか。まあ、ずっと見ていたからわかってはいたけれど。我には――」


「わ……わかって? ど……どゆことです??」

 頬を赤くする新子友花。

 それから、あたふたと両手を明後日、明々後日の方向に向けてのオーバーリアクション!


 バレバレである……。


「まあ、落ち着こうぞ……」

 ジャンヌ・ダルクは、両手を招き猫のように動かして新子友花の慌てようを諌めた。


「……は、はい。ジャンヌさま」

「我は知っての通り神であるからして、その……まあ、なんていうか? すべてお見通しだぞ」

「お見通しって……、千里眼か何かを」

「センリガン? なんだ……それ?? ああ……、かつてのアニメ映画でノアの方舟が出てくるやつか? キャッチコピーは『戦って、死ね。』だったと」


(それを言うなら[劇場版スプリガン]ですよ。ジャンヌさま ← 作者より)


「……って、ジャンヌさま。その……見てたにゃん?」

 ムクッと長椅子から立ち上がった新子友花。

 なんだか、居ても立っても居られない気持ちだろう。

 見ていた? 見られていた??


 自分が……、忍海勇太と…… …



『ちゅっちゅ♡』



「ああ……、たぶんその千里眼のようなスキル……で、ガーデンからお前と忍海勇太が、お互い唇と口……」

 と、ジャンヌ・ダルクがぶっちゃけるなり――



「それ以上言っちゃ、あ……あたしマジに…… んもー!! お……怒っちゃうぞにゃん!?」



 新子友花は、猛烈な勢いで聖人ジャンヌ・ダルクさまを指さすと(失礼ですよ……)、顔を赤らめながら再び両手を明後日、明々後日の方向に向けて混乱したのだった!

 バーサーカーモードの新子友花、まっしぐらである……。


 んでもって、

 新子友花の必殺技――



「んもー!! ジャンヌさまのバカーン……」



 と、お約束の決め台詞――も健在だ。

 3年生編最初であるからして、おさらいしておこう。

 両手を肩幅と同じく広げて、その手をまっすぐ下へと向ける。足幅も肩幅と同じく。少し前かがみの姿勢を取って、顔と視線は上目遣いに向ければ完成だ♡

 恥ずかしさと苛立ちが極限状態にまで達した時に、彼女が見せる『んもー!!』のポーズである。


 近頃のテレビアニメでよく見掛けることだろう……?

 もっと、流行らして欲しいと作者は腹黒く……、否、あざとく願っている――



「ま……まあ……、落ち着こうぞ。新子友花よ」

 神さまにも冷や汗――、

 ジャンヌ・ダルクは両手を広げてまあまあ……と、彼女をなだめる。

 新子友花の性格をよ~く知っているからして、このまま放置していれば、バーサーカー + スーパーハイテンションのゾーンに突入してしまうだろう。

 そうなってしまったら、ラスボスですら彼女に対して手に負えなくなる。



『そうやって、いつまでも……いつまでも、私に絡んでいたら火刑に処されるよ! だから、早く逃げなさいな♡』



 うほほーい! ……と惑星をひとつこぶしで割っちゃう?

 否――そうなる前に、なんとかこのバトルモードを落ち着かせようとするジャンヌ・ダルク。

「とほほ……だぞ……新子友花よ。そもそも、はだ……。彼……忍海勇太が無理矢理に、お前の唇に――」



「だから、ジャンヌさま! んもー!! それ以上言っちゃ~あたしは生きていかれないんだって」



「い……生きていかれないって、だから落ち着けってば……」

 聖人ジャンヌ・ダルクさま―― ちょっとドン引きモードである。

「べ……別に、彼からの……その、お前への……その」

 神が信徒に対して、言葉を選び選び話している。

「その……別に、死の接吻でも、死のルーレットでもないだろう。毒をもらってしまったわけじゃないし……」

 当たり前である――

「その……、ノアの方舟に乗船しようと思ったら『あいにく満室です――』でもなく、バベルの塔に上ろうとしたら『英語が喋れないと通せません――』でもなく、ゴーレム退治で額に文字を書き加えようとしたら『……なんて書くんだっけ?』と、……ど忘れしたわけでもなく」

 なんだか、今度は聖人ジャンヌ・ダルクさまらしからぬ――神様が慌て始めてしまった……。

 前代未聞……?


 といえばそうなのであるけれど、

 だいたい、実体化している神と会話をこなしていること自体が超常現象なのだから、この教会の場面――初めから異常現象なのだろうね?


 兎に角――聖人ジャンヌ・ダルクさまの気持ちはというと、

「落ち着こうぞ―― 新子友花よ」

 一点張りを貫いている……。




       *




「……ジャンヌさま。あたし、勇太とどう……これから向き合ったらいいのでしょうか?」

 しおれた春の野花の如く、しょぼんと長椅子に座り直しながら新子友花はボソッと呟いた。

 視線をなんとか上げて、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像の台に着座している実体化されたジャンヌ・ダルクを憂いな視線で見上げている。

「どうって……、まあ……その、なんていうか?」

 彼女の心情は分かっているつもりだ……、神――ジャンヌ・ダルクは新子友花の視線を受け止め続けながら、

「ヴァレンタインデーの帰路のちょっとしたハプニングを体験してしまった間柄だから……。顔を合わせにくいとは思う……けれどな……」

 それから、ジャンヌ・ダルクは言葉を続けなかった――


「……」

 無言のままに、ジャンヌ・ダルクは新子友花を見ている。



 けれど、……なあ。

 

 新子友花――



 嬉しかったのだろう――



 ジャンヌ・ダルクはそれを言葉にはしなかった。

 やがて少しずつ、ジャンヌ・ダルクは両足をぶらーんと前後に動かし始める。

「……新子友花よ。堂々と忍海勇太と向き合っていけばいいだけじゃないか?」


「……堂々と、ですか?」


「ああ、堂々と――」

 ジャンヌ・ダルクは大きく頷いてから、

「お前の彼へのハッピーバースデーのプレゼントのお返しが……、その……唇だったのだから。それはそれで、良かったと思っていいのだと思うぞ」

「良かった……ですか?」

 新子友花は、ゆっくりと台座に座るジャンヌ・ダルクへと上げている。



「ああ……。良い経験をしたんだと思っていいと、我は思うぞ――」



「……そうでしょうか、ジャンヌさま? その……、あたしって、なんだか……どう気持ちを整理したらいいのかが……いまいち、その……わかんなくって……。だから、……だから……」

 長椅子で一人、もじもじと身体をくねらせては、くねらせて……。

 たぶん、恥ずかしいという気持ちからそういうジェスチャーをとるのだろう。

 乙女の口からこんなことを聞いちゃだめなんだもん……という気持ちの反面、言いたい言いたい! と……相手が神様でも告白したいんだという気持ちと。

 女心をなんとやら……、箸が転んでもなんちゃらと……はよく言ったもんだ。



「……だから! あたしはこんなにも、あれこれと悩み悩みにですね……。って、……あれれ? ジャンヌさま?? ……ジャンヌさま!!」



 新子友花が見上げた聖人ジャンヌ・ダルクさまの像の台の上には、もう……実体化したジャンヌ・ダルクはいなかった。




 新子友花よ―― 青春まっしぐらだな――


 本当は、嬉しかったんだろう?




       *




「……」


「……」


 ラノベ部の部室――

 なんだか、部室の空気が重い。


 新子友花が自分のPCの画面をガン見している。

 同じく、彼女の右斜め向かいに座っている忍海勇太も、自分のPCの画面から目を外そうとはしない。


「……」


「……」



 2人とも、部活動が始まるなり、一度もお互い視線を合わせることはない。さっきからずっと、自作のラノベの執筆に固執している。

 ――実は、この現象は部室だけではなかった。

 新子友花と忍海勇太とが、ヴァレンタインデーの放課後に『キス』をしてからというもの……。

 その翌日から、期末テストまでには数日間あったのだけれど、教室でも、部室でも、ガーデンでも売店でもトイレの入り口でも、どこでも「……」という感じに無言に無視に疎遠関係で、お互い避けてきたのだった。


 理由は簡単である――


 こんな状態で、忍海勇太は成績上位者だから問題はないけれど、問題なのは新子友花だった――

 ただでさえ成績が伸び悩んでいた彼女が、それでもしっかりと3年生になることができたのだから……、これを聖人ジャンヌ・ダルクさまへの信心による奇跡と思えばいいのか?


 ……そんなことはない。


 タネを明かせば、こんなギスギスした関係になったからこそ、新子友花は期末テストの勉強に集中することができたのだった。

 結果的に、新子友花と忍海勇太の……その『キス』の後の関係から、彼女は追試験を受けることもなくて、なんとか無事に3年生に上がることができた。

 あ~よかった。と思っていいのだろう……。



 聖ジャンヌ・ブレアル学園は高等学校なのだから、勉強が第一であるからして……



「……」

 そんな2人の顔を、互いに見つめているのは大美和さくら先生――

「……」

 先生もヴァレンタインデーの後の数日間の授業中と部活動の間、2人のギスギス感をの当たりにしてきた。

 何かケンカでもしたのか?

 という具合に、内心心配をしてきたのだけれど、3年生に上がるための期末テストを目前に控えていたために、先生も学業を優先して生徒達に国語を教えることに集中してきた。



 大美和さくら先生は、聖ジャンヌ・ブレアル学園の国語教師なのだから――



「……あ、あのう。新子友花さん? 忍海勇太くん?」

 この部室のどんよりどよどよした空気を一新させるべく、先生は2人に言葉を掛けた。

 忍海勇太は当然として、新子友花は無事に3年生になった、……なることができた。

 3年生になった今でも、部室でこんなに憮然としてお互い目を合わせようとコミュニケーションしようとしない2人に、流石の顧問――大美和さくら先生も少し心配になってきた様子で。


「……」

「……」


 んだけれども、顧問の問い掛けに対しても相変わらず黙々? とPCに向かい合っている2人がラノベ部の部室の自席に座っている――



 カチャカチャ……



 カチャカチャ……



 キーボードを打つ音だけが、部室中に寂しく響いている――。

「……」

 たまらず、

「……そ、そう! そうですよ」

 両手をパチンと合わせる大美和さくら先生――

「新子友花さん! 忍海勇太くん! どうか、キーボードを打つ手を休めて先生の話を聞いてくださいませんか?」

 額に変な汗が見え隠れしている大美和さくら先生、互いの顔を見つめて、

「先生はね……、2人がちゃんと3年生に上がることができたことも……それもあるのですけれど。もっとビックなニュースがあってね……」


「……先生。なんですか? それ??」

 顧問に言われた通り、キーボードを打つ手を止めた忍海勇太が声を出した。


「……大美和さくら先生? ビックなニュースって」

 続いて、キーボードを打つ手を止める新子友花が隣に座っている顧問――大美和さくら先生の顔を見つめる。


「……え、……ええ。そうでしょ」

 ああ、やっと気が緩まった……。

 内心、ホッとした顧問の大美和さくら先生――

「2人に――、とくに部長の忍海勇太くん? 吉報です」


「吉報ですか?」

 と言うなり、彼は自分のPCの向こうに座っている先生を見る。

「ええ……、私が新設したラノベ部も新子友花さんが入部される前は、忍海勇太くんと神殿愛さんの2人だけで廃部寸前でしたけれど、あなたに続くように東雲夕美さんが入部してくれて……」

「……はい、大美和さくら先生。まあ、夕美は……ついでで入部したようなもんだと」

「もう……、新子友花。そういうことを軽々に言うものではありませんから」

 隣に座る彼女に、ふっと視線を合わせてから、すぐに先生は忍海勇太を見る。

「……とくに、神殿愛さんは2年生の時には生徒会選挙の生徒会長に立候補して、見事! 生徒会長になることができましたから、二足の草鞋を履きながらも上手にラノベ部員と生徒会長をやり繰りしてくれたことに、先生は感謝感激です」


「まあ、神殿は……、頑張り屋ですね。俺がラノベ部に入った時から部員の募集に躍起でしたから」

「そうでしたね……。みんな……ラノベ部員は頑張り屋さんでしたから」

 天井を見上げてから、自分が1年生の頃のラノベ部を思い出す忍海勇太――

 同じく入部した神殿愛を思い出して……、


 大美和さくら先生も同じようにその頃の2人を思い出しては懐かしんだのか……、涙腺を滲ませながら。


「……ええ、生徒会長と役員は2年生の2学期から3年生の1学期までの努めですから、最初の頃は他の部活動の3年生に、さぞ気を遣って予算交渉したことでしょう。その生徒会長の任期というのも……たった1年しかなくて。でも、彼女の公約――学園のバリアフリーの充実も、あと少しで実現可能だと先生は聞いたので安心しています」



「ふ~ん……。愛って、頑張り屋さんなんですね~」



 金髪山嵐 vs 洋風座敷童


 別にライバル視なんて……していないけれど、こうも先生からベタ褒めされている神殿愛を想像すると、ついでに生徒会長にもなりやがった彼女を思うと、……なんか嫌や。


「ええ……、勿論、無事に3年生になることができた新子友花さんも、頑張り屋さんですよ」

 そこに、大美和さくら先生がすかさずフォローする。

「それにね! 新城・ジャンヌ・ダルクさんも3年生から入部されることを決断してくれたんです♡」


「そ……そうですか……。新城・ジャンヌ・ダルクさん……も入部が決定したんですか?」


「はいな……新子友花さん! とうとう覚悟を決めて、入部届を新学期の始めに職員室に持ってきてくれましたよ」

 大美和さくら先生は、ニコリと満面の微笑みを浮かべて2人に見せた。

 いつものように……先生の微笑は晴天――のように明るいね。

「そ……そうですか」

 そんな先生の表情を、新子友花はちょっと辟易……な億劫な気持ちになりながらも……口角を上げて笑みを作って応えたのだった。

 顧問の先生の手前として、部員としての愛想である。


「ええ……でね! そんでもって……」

 大美和さくら先生は、更にヒートアップしてムフフ……な表情をいっそうムフフに微笑むながら、

「そんでもって? ま……まだ、あるのですか??」

 たまらず、新子友花が思わず自席を立つかの勢いのままに尋ねる!


「ええ、そんでもって……更に更にね! もう……2人が、ラノベ部に入部してくれることのなったんです♡」

 淡々と言い放つは大美和さくら先生。顧問としては、ラノベ部の創設者としてはビックなニュースなのだろう。


「も……もう2人も新入部員……ですか? 大美和さくら先生??」

「はい! 新子友花さん♡ 御名答ですよ♡♡ 先生は顧問として、こんなに嬉しい今日という日はありませんね!!」

 大美和さくら先生は、勿論のこと嬉しそうだった――

 さっきまでのどんよりどよどよした部室の空気を、自分から一変させる思いもあったのだろう。

 こういう時こそ顧問の出番、顧問として教師として、教え子の前に座る自分として、なんとか部室の空気を、流れを一新させようと思った先生の気持ちだった。

「その2人の新入部員が、今日早速、ラノベ部の部室に訪れてくれることになっていま~す。ちなみに、もうすぐ来ま~すと思いま~す」


「来るんですか? 大美和さくら先生――」


「はいな! 当然ですね。だってもうその2人は、ラノベ部員なのですから……」




 コン!


  コン!




 部室の扉をノックする音が聞こえる――


「ああ……早速の新入部員の2人が御登場ですね……。ふふっ」

 大美和さくら先生は、微笑みながらクスクスと……クスクスと。

「はいな! どうぞ!!」

 大きな声で新入部員を招き入れる――大美和さくら先生。



 先生、本当に嬉しそう――





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

 また、[ ]の内容は引用です。

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