第4話 ゲーム終了
「…………ごめんね、はやしだ」
茜川がしゅんと顔を俯かせた。
「友達を疑うわたしに、友達ができるわけないんだもんね……」
「まあ、そうだけど……でも全部を信じろってわけでもないけどな……。お前の場合は疑うくらいでちょうど良いと思うぞ」
どうせ茜川は、疑おうとしても疑い切れないのだから。
「ありがと、はやしだ……っ」
「本当に感謝してるなら、報酬くらいあってもいいと思うけどな」
一瞬、顔を強張らせた茜川は、感謝に付け入る俺を疑ったのだろう。
しかしすぐに友達を疑ってはならないと自制が働いて表情から消したが、ばればれだ。
だけど今のは仕方ない。試した俺も悪い。
でも『信じる』『疑う』の塩梅はそれくらいでいいのだと思う。
あまり俺を信用するのもどうかと思うからな。
「報酬って、なに……?」
「身構えるなよ。別に無茶なことは要求しねえって。単純に、いつものお前が見たかっただけなんだよ」
バカみたいに明るくて、人を疑うなんてことが頭の中にないってくらいの純真無垢な笑顔を。
こればかりは人を疑うようになった今、茜川は無意識には出せないものだろう。
意識しないとできないことなら、意識させればいいだけの話だ。
「バカみたいって……」
「言葉の綾だ。凄いをヤバいって言うのと一緒で、マイナスイメージに思えても褒めてるから気にするなよ」
「へー、そうなんだ……」
感心してるところ悪いが、疑え。
墓穴を掘りたくないので口には出さなかったが。
「でも……あれ? どうやってたんだっけ?」
両手の人差し指で頬を押し上げて笑顔を作るが、その時点で作ってる笑顔だ。
心の底からのお前の笑顔じゃない……まあ難しいか。
意識しても出すのが難しいから、その笑顔に多くの生徒が魅せられたのだから。
「仕方ねえか……また今度でいいよ」
「はやしだっ、ちがっ、できるよ! できる! だから――」
茜川が俺の腕を強く握った。
加減ができていないのか、ぎゅうっと込められるだけ力を込めている……。
女子の力なので、痛くはないが、理由が気になる。
それに、続きの言葉――だから……なんだ?
「そう、名前。名前で呼んでくれたら、いける!」
「その理論はなんなんだ……」
「友達なら名前で呼ぶもんでしょ!!」
茜川がいいなら、断る理由もない。
向こうからの要望なら、理事長にぐちぐちと言われる心配も――あるな。
あの人はたとえ茜川からの注文だとしても嫉妬してくるだろう。
面倒だが、ここで突き放す方がもっと言われる気がする……、どちらにしても俺は小言を聞かされるわけか。
覚悟しておけば、長い拘束も苦痛でもない。
「分かったよ――じゃあ、陽葵。よろしくな、陽葵」
「――うん、よろしくねっ、はやしだっ!」
妖精かと見間違うような、日本人離れした銀髪の美少女の邪気のない満面の笑顔を見せられたら。ああ……、疲れが吹き飛び、これまでの苦労が報われたような気がした。
同室にいた女子までもが、息を飲んだ。
それに恐らく、画面越しでこの中継を見ていたほぼ全員の生徒が、彼女の笑顔に魅了されていることだろう。
『で、では、これにてゲームを終了します、ご視聴ありがとうございました!!』
運営委員の女子が、そう言って中継を打ち切った。
画面が暗転する。
もしかしたら。
陽葵の笑顔を、ネットという不特定多数の人間が集まる場に載せることに嫌悪感を抱いたのかもしれない。
確かに、
「……誰にも見せたくねえ、よなあ」
できることなら独り占めしたい。彼女の意思を度外視できるならの話だが。
「??」
当の本人は自覚なく、可愛らしく小首を傾げて不思議そうに俺を見上げていた。
長く感じた二時間だった。
ゲーム終了後、会場となっていた教室を出る。
運営委員会の女子に俺の契約解除の権利を茜川と木下の契約に使うと伝え、後半で一気に渇いた喉を潤すために、近くの自動販売機へ向かった。
ゲーム参加者は全員が少なからず疲弊しているので、映画館を出た後のように感想を言い合ったりはしない。
学年が違えば、この後でどこかで落ち合うこともしない。
各々が元々組んでいた予定をこなすのだろう。
尼園はたぶんアイドルの仕事だろうし、茜川は父親の元へ向かったのだろう。
やりたい放題されていたからな、娘にこっぴどく絞られるといいさ。
立花はクラスに戻るだろうし、木下は兄に今日のことを伝えるのだろう。
鳴滝先輩は、帰ったか? 見届けてくれていたらいいが……、小中先輩は保健室へ帰ったし、高科は俺の隣にいる。
「お疲れ」
「おう。これ、高科の分」
自販機で買った二つ目の飲み物を投げ渡した。
「さんきゅ」
言ってプルタブを開け、一口飲んだ高科との会話はなかった。
沈黙。
でも、嫌な沈黙ではない。
疲れた脳を休ませるための、落ち着いた空間。
ソファに深く座ってゆったりとしているように心地良い。
「この後どうする? ゲーセンって気分じゃないなら飯でもいく?」
打ち上げ感覚なのだろうが……ああ、俺もいきたいのは山々だが……、
「悪い、先約がある」
約束しているわけではないが、こればっかりは俺からいかないとな。
「ん、分かった」
「……詮索しないんだな」
「してほしいなら徹底的にするけど?」
俺よりも後に飲んだのに、先に飲み干した高科が空き缶をゴミ箱に入れる。
「今回は確かに、あの人のおかげだ。見てて分かったよ」
「……ほんと、随分と助けられたよ」
ただでさえお世話になっているのに、さらに頭が上がらなくなる。
「恩があるのは分かるけど、あんまり好きにやらせるなよ。あんたは美人と美少女に弱いんだから」
「弱くない男子っているのかよ……」
相当な人間不信なら、あるいは……、それはそもそも人間に弱いってことか。
美人とか美少女とか関係なく。
「気を付ける。安心しろ、俺は深く踏み込む人間関係を作ろうとはするが、一線を越えようとはしねえから。高科の意見も、立花の意見も、俺は両方支持する。どっちが間違っていて正しいってわけでもないからな。ただ俺は、全員の人間と深く踏み込んだ仲になれたら一番だと思ってる。夢物語かもしれないけどな、目指すだけなら自由だろ」
「そうか。それでもあたしは、あんただけがいればいいけどね」
「光栄だな。他とは違って高科は嫉妬しないから、付き合いやすいよ。ありがたい」
「親友ってそういうもんだろ。じゃ、まあ、時間があったら打ち上げしようぜ。あたしはいつでも空いてるから、電話一本でどこでもいくからな――待ってる」
「おう。時間を作ってすぐに――」
「ずっと、待ってるからな」
去っていく高科の背中を見送ってから、飲み干した空き缶をゴミ箱に捨てる。
「嫉妬しない、か……俺の期待に応えようとしてくれてんのか?」
言葉にしたのは失敗だった。
尼園や小中先輩、そして茜川と比較すると目立たないだけで、高科もやっぱり、嫉妬はしているんだろうか……。
チクチク刺さるような嫌味を言うのでなく、いつもよりも小さく見える背中で寂しさを語るやり方で。
親友というパッケージ。
負担なく付き合えるというメリットを消さないようにあいつが気を遣っているなら。
「それこそ、本末転倒だろうがよ……」
親友ってのは、気兼ねなく接することができる、自分の家みたいな関係だろ?
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