第9話 縄張賢聖

(準備期間・火曜日)

 

 高科との五番勝負をするために放課後。

 ゲーセンに向かった俺たちは目に入ったジャンルのゲームで対戦をした。


 格闘、レース、シューティング、音ゲーなどをプレイし、残り一戦を残して二対二のイーブン。高科が気を遣った感じもするが、まあいい。

 早くに勝負がついても面白くない。


「最後の勝負はクイズでいこう」

「いいのかよ、あたしの方が有利じゃないか?」


 それを言い出したらこれまでのジャンルも俺が有利だったのは格闘ゲームくらいだ。


「ジャンルが被ると面白くないだろ。最後に競馬ってのもあれだし、メダルもなあ。かと言ってパズル系だともっと不利だ。クイズなら、クイズジャンルによっては俺にも勝ちの目があるだろうと思ってな」


「ラーメンのためだからこれは手加減しないぞ?」


「おい、今まで手加減してたみたいな言い方だな……いいよしなくて。条件は同じだ、俺が勝ったらラーメンにチャーハンと餃子もつけてもらう!」


「なっ、後出しずるいぞ!? 二品も急に増やされたらあたしの小遣いが……っ」


「はっはーッ! 細かい条件を設定しなかったお前が悪い! 今更、反故にはできねえぞ。逆に俺が負けたら同じように頼むんだからいいだろ! クイズはお前が有利なんじゃないのか? それともテキトーなガチャ押しで負けるのが恐いって?」


「――上等」


 二人して財布を開けると、小銭を使い切ってしまっていた。

 上がったボルテージが自然と下がりながらも、素直に両替機に向かう。


 そこで、階下に見える見慣れた生徒を見つけた。

 制服を着ていなくとも、大きなガタイと金髪ですぐに分かった。


 隣では千円札を崩した高科が、小銭を集めている音が聞こえる。

 だが、さすがに騒がしいゲーセンの中で、階下の知り合いの声が聞こえるわけもない。


「高科、あれ、鳴滝先輩だよな?」

「ん? ……ああ、だろうな。なんか囲まれてるけど、友達っぽい感じじゃなさそうね」


 柵の上から覗けない高科は、鉄格子のような隙間から階下を見下ろしている。


「あの見た目じゃ絡まれるよな……幸い制服じゃないから学校はばれないだろうけど」

「そもそもあの先輩って喧嘩は強いの? 林田と比べたら、そりゃ弱いでしょうけどね」


「俺だって強くねえよ。殴り合いなんて非効率なことをしたら俺だって負ける」


 すると階下で動きがあった。


「あ、先輩の胸倉が掴まれた」

「相手は……六人か。周りに仲間っぽい奴は?」


「あの集団だけだと思うけど……おい、もしかして助けにいく気か!?」

「当たり前だ、鳴滝先輩は慣れてない」


「林田に比べたらそりゃそうだけど……あんたが出ることないでしょうよ!」


 高科の声を振り切って階下へ向かう。

 囲まれていた中でも一際大きい鳴滝先輩は、かなり有利に見えた。

 しかし、胸倉を掴まれている先輩の表情は、強がるのも限界と言いたげな引きつった表情だ。


 全身が強張ってしまっているのがよく分かる。

 こんな状況を見たら誰もがまず、助けようとは思わないだろうけど、鳴滝先輩の見た目も悪く影響してしまっているだろう。

 この光景を見たら先輩が自分でなんとかできると思ってしまうはずだ。


 それくらい、鳴滝先輩の見た目は強く見えるよう出来上がっている。

 さて、近くまできたはいいがどうしようか……。


 制服を着たまま、喧嘩は御法度だ。

 いくら理事長が融通を利かせてくれると言っても、他校と喧嘩をした生徒を退学にしないのはまずいだろう。


 となると、手を出さずに会話だけで穏便に、いけばいいがなあ……。

 ああいう輩は、力じゃないと納得しない。


 経験談がそう言っている。

 ……俺がサンドバッグになって相手が満足するなら、まあ――。

 とりあえず、その方針でいこう。


「先輩」

 声をかけると、鳴滝先輩の視線が俺を見た。


「お前……」

「向こうでクイズゲームしないっすか?」


 ごく自然にゲームに誘って有耶無耶にす――、

「おい、邪魔すんなよお坊ちゃん」


 俺を馬鹿にした声。たぶん、制服を見てそう言ったんだろう。


 陽葵代学園は他校から見れば、金があれば入学できる金持ちを対象とした学園という認識だ。


 事実、私立だから搾り取られる金額は多い。

 そのおかげで設備はかなり整ってはいるが……。


 中には純粋な才能で入った生徒も多い。そっちの方が多いか? 金だけ積んで入学した生徒の方が、どちらかと言えば少ない気がするが、実情と印象は異なる。


 実際がどうあれ、他校から見ればこの制服を着ていれば金持ちのお坊ちゃんなのだ。

 俺がお坊ちゃんか……そんなこと、言われたことがなかったな。


「なに笑ってんだてめえ」


「あ、いえ、お坊ちゃんだなんて言われたことがなくて。俺も結構、そっち側の人間なんですよ。昔はやんちゃしてたんです」


「てめえのことなんか知らねえよ」


 それはそうだろう、活動時期が被っているかどうかも怪しいし、場所も違うだろう。

 この辺りが一体、誰の管理下なのか知る由もないのだから。


「邪魔する気はないんすよ、見逃してくれないですかね」


 不良たちが互いに見合って――、


「金だ」

「見逃してやるから金を払え」


 金で解決するなら、まあ……。


「今、手持ちが千円しか……あ、ダメだ。無理っすね、この後、親友にラーメンを奢ることになっていて、残ってる千円がないときついんですよ」


「知らねえよ。ラーメンを食えねえ体にしてやってもこっちは構わねえんだ」

「俺がサンドバッグになりますけど、見逃してくれるなら、そっちでいいっすか?」


「――林田、なに言ってんだっ」


 隠れていたのだろうが、会話を聞いて思わず出てきた高科が俺の腕を引いた。


「ラーメンはいいから、千円くらいあげちまえよ」

「でもよ……」


 すると、

「金はいい。サンドバッグもいらねえな――そいつがいい」

 不良たちがニヤニヤと、高科を指差した。


「その子と遊ばせてくれるなら見逃してやるよ」

「それ、高科が見逃されてないんすけど……」


「うるせえな、いいからそいつを寄越せって言ってんだ。お前とこの見かけ倒しはいらねえよ。邪魔だから失せろ。でねえと二度と起き上がれねえくらいにボコボコにするぞ?」


 それは、俺が自分からサンドバッグになるのとなにが変わらないんだか。

 高科を渡さずにボコボコにされるとの同じことだろうに。まあ、たとえなにを天秤に乗せられたところで、高科を渡すつもりはないが。


 ……仕方ない、か。

 普通の学園生活を送りたかっただけだが、元より、こうなることは予想できていた。

 俺は結局、そっち側の畑の人間なのだから。


「すんません鳴滝先輩。ちょっと巻き込むかもしれないんで、どっかで隙見て、テキトーに逃げてください」

「……お前、なにするつもりだ……?」

「退学覚悟で喧嘩します」


 言うと、不良たちが大爆笑をした。

 周囲の視線が俺たちに集まるくらいにだ。


「六人相手にかよ? 面白え、冗談なら最高だ。――本気で言ってんなら笑えねえが」


 リーダー格の男が、俺の胸倉を掴んで引き寄せた。


「笑えない方っすよ」

「いい覚悟だ、その度胸は褒めてやる。決定だ、てめえはボコボコに――」



「――林田?」



 呟いたのは不良集団の中の一人だ。

 記憶と知識を探るように、頭の中をフル回転させているようだ。


 正直、あまり思い出してほしくはないが、それでも活路が見えてきたのは事実だ。


「あの、この人、林田、さん……?」


 この場で一度だけ俺の名を呼んだ高科が聞かれて、答える。


「そう、林田」

「……縄張なわばり賢聖けんせいの右腕の……?」


「そうじゃないの? 細かいことはあたしも知らないけど。林田は昔、あんたらなんかよりも大きなチームの一員だったって聞いたことがある」


 俺の胸倉を掴んでいる手が緩んだ。


「賢聖さんの、親友さん、でしたか……」

「……昔、な。今は違うが――」


『――すいませんでしたッッ』


 不良たちが一斉に頭を下げた。

 腰を曲げた方じゃなく、綺麗な土下座だ。


「おいおい、やめろよっ、目立つだろ!」


「知らずとは言え、喧嘩を売って、しかも林田さんの彼女に手を出そうとして――」


『違う』


 俺と高科の否定も聞いてもらえなかった。


「林田さんの仲間にも手を出してしまい……オレ一人の命でどうか。こいつらのことは見逃してやってくださいッ! 後生の頼みですッッ!」

「聞け! 俺の話を! そういうとこだぞ、お前らの悪い癖は!!」


 どうして俺を慕うような奴らは、こうも俺の話も聞かずに噂話を肥大化させていくんだ。


「なにもしねえよ。俺もお前らも同じ穴の狢だろ。仲間なんだ、傷つけるつもりなんかねえよ。ただ、俺の大切なもんに手を出したら敵とみなすが、今は仲間だと思ってる」


「ありがとうございますッ」

「じゃあ一つだけ聞いていいか? あいつ……賢聖は、どうしてる?」


「他校の生徒をまとめ上げて、総長をやってます。……あ、連絡、取りますか?」

「いや、いい。あと、俺がここにいたってことも内密にだ」


「はあ……。喧嘩中でしたか? そう言えば賢聖さんも、林田さんのことをよく口にはしますけど、連れてきてほしいとは言いませんね……」


「詮索すんなよ」


 そうか、元気にやってんのか。

 だったら、それが分かっただけでも充分だ。


「じゃあ俺ら、上にいるから。ヤバい奴らには絡まないように遊んで帰れよー」

「は、はい! や、ヤバい奴らって、たとえばどこかのチームがいたり……?」


 そういうわけではないが……尼園のエピソードを聞いていると、意外と近くにいたりするものだから気を付けた方がいい、という意味で、万が一に備えて警告しておいた。


「ヤクザとか、だな」


 不良たちが震え上がったのを見ると、尼園って凄い奴なんだなと実感した。

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