第6話 因縁の仲

「はぁ? ちゃんと聞いていたか? オレはただ手を滑らせただけなんだぜ? 偶然、そこに林田がいただけだ。こいつはそれを認めてる。裁かれるような落ち度をオレがしたとは思えねェが、それでもオレを裁くってんなら、それは運営委員のエゴじゃねェか?」


『エゴで結構です。問答無用で失格にしないだけ感謝してください。あなたの行為はやり過ぎです。誰がどう見ても悪意ある行動でありながら、イエローカード二枚で済んでいるのは、林田二年生の温情があってこそだと自覚してください』


「開き直りやがったぜ。運営は公平なんじゃねェのかよ。……まあいい。イエローカード二枚なら、まだセーフだろ?」


『次はありませんよ』


「勝手に言ってろ」


 ブツッ、と放送が切れた後、先輩がカップを俺に差し出した。

 そしてふんぞり返りながら出た一言がこれだ。


「中身がなくなったぞ、淹れてこいよ、後輩」


 飲む気もないくせに、と思わなくもないが、本当に喉が渇いていたなら大事だ。

 そう思い、先輩から素直にカップを受け取ると、尼園が俺の尻を叩いた。


「な・ん・で! 従うんですかっ、先輩はっ! 怒ってくださいよっ!!」


 ぺしぺしぺしっ、と痛くも痒くもない強さだった。


「誰も怪我してないならいいだろ。嫌なんだよ、喧嘩は」

「先輩が火傷してるかもしれないのに!」


「してない。……してないんじゃねえの? 分からんけど。俺が別にいいって言ってんだからお前も気にしないでいいっての。ついでだ、お前も紅茶飲むか? というか飲んで落ち着け。淹れてやるから」


 カップを持ってポットに向かうと、隣に気配があった。

 横を見れば小中先輩がいた。


「先輩? ……さっきも一度淹れてますから、手伝ってもらわなくてもできますよ」


 一応、そう断りを入れたが、そもそも小中先輩はそういうつもりで立ったのではない。


「……あの子、私のことを目の敵にしてたはずなのに……、どうして鳴滝くんを敵に回してまで、怒ってくれたのかしら……」


「小中先輩が尼園に思っているのと同じことを、あいつも思ってるんすよ」


 尼園自身が言っていただろうに。

 自分が小中先輩の悪口を言うのはいいが、他人に言われると腹が立つ、と。

 犬猿の仲でも、仲だ。


 仲間だ。


「……私を天才だと思ってないのよね、あの子は」

「結果的に、天才だと知りながら関係なく先輩と接っしているようなものですから」


 小中先輩が尼園のことを、アイドルと知りながらも特別扱いをしないのと同じように。

 その扱いこそが、尼園にとってこの学園で喉から手が出るほど欲しがっているものだ。


 俺を頼ってる時点で、猫の手も借りたいくらいに成果が出てないのだろう。


「良い話っスね」


 うしろで聞き耳を立てていた……、にしては、俺たちも内緒話をする音量ではなかった。

 近くに立っていれば、自然と聞こえてしまうだろう。

 立花が自分でカップを用意し、

「おれの分も淹れてくださいっス」


「良い話って……そうか?」

 カップにお湯を注いで紅茶を作り、立花に手渡す。


「そう思うっスけど。目立った肩書きに左右されずに、小中先輩と尼園はケンカするほど仲が良いって話っスよね? 互いに理解し合う唯一無二の親友って、いいっスよね」



「別に、私とあの子は親友ってわけじゃ……」


「はぁ……おれも欲しいっス」


 先輩の否定も聞かずに、立花が溜息を吐いた。

 欲しいもなにも、お前にはたくさんの友人がいるだろう。


 確かに、数だけ多くて深さで言えば少数まで絞られるだろうが……、それでもまったくの脈がないってわけでもないだろうに。


 立花の立ち振る舞い方では、簡単に作れそうなものだ。

 そう言えば、尼園の口から立花の話は出ない。

 空気を読むことに長けている彼なら、尼園の意思を汲んで、普通に接してきそうな気もするが……。やはり異性の差というのは俺が思っているよりも大きいのだろう。


「林田先輩、お願いしたら、おれと親友になってくれるっスか?」


「お願いしてなるようなもんじゃねえよ。それに、誘ってくれて悪いが、俺には既に親友がいるんだ。悪いが他を当たってくれよ」


「そういうことだ」


 高科が立花の背後に立っていた。

 自分のカップを手に持って、だ。


 人が飲んでいるのを見ると飲みたくなるのだろうか。

 続々と紅茶を淹れようと集まってくる。


 高科とはアイコンタクトだけで、カップを受け取り、紅茶を淹れて渡してやる。


「当たり前だ。あんたに親友なんてできっこないね」


「そんなの分からないっスよ? どれだけおれが嫌われ者だったとしても、中にはおれを気に入ってくれる誰かがいるかもしれないっスから」

「いいや、あり得ないね」


 高科が言い切る。

 まるで言い切る証拠でも握っているような言い方だ。


「高科先輩、言ってることおかしいっスよ。あらゆる可能性が考えられるんスよ? あり得ないことなんてこの世にはないんス。ゼロだと言い切れないんスから。できることを証明できても、できないことを証明するのはそれ以上に難しいんスよ」


「あんたに限れば、証拠は見せられるって言ってんだよ」


 おいおい……、どうしてここで喧嘩になりそうになるんだ。

 高科が喧嘩腰なのが気になる……、立花と因縁でもあったか……? 

 思い返せば高科と立花は、尼園と小中先輩のように犬猿の仲とも言えるが。


 二人のように実は相性がばっちり、という可能性もない。

 ないと、俺だって言い切れてしまう。


「だってあんた、周りにいる友達のこと、なんとも思ってないだろ?」


 なんとも、と言ったのは語弊がある。高科が言い直した。


「たとえるなら……あれだ、宝石、装飾、自分を良く見せるためのファッション」


 そう、だから俺は高科と真逆の印象を立花に抱いたのだ。


「友人関係をファッションとしか思っていないあんたに、親友なんてできないだろ」


「人聞きの悪いことを言わないでほしいっスね……ファッション? 友達が多いと偉いんスか? 正しいんスか? そうは思わないっスね。だからって、少ないから偉いってことでもないっス――、そんなことで高科先輩は威張らないっスよね?」


「あたしには林田以外の友人なんていないからな」


 だから威張る相手もいないって?

 いたら威張っていたのか……?


「高科、後輩を困らせるのはほどほどにしとけよ」

「あたしの林田を奪おうとしたから注意してやっただけだ」


 注意っていうか、もう攻撃だろう。立花の立場を追い込んでいる。

 知り合いが多い立花にとって、悪評を広められるときつい……。

 この会話も例外なく生中継されているのだから、ほぼ全校生徒がリアルタイムで聞いているはずなのだ。

 友達が多い立花が、実はたくさんいる友達をファッションとしか思っていなかった、と広まってしまえば、今後の彼の実生活に大きく影響してしまう。


 本当か嘘かどうあれ、残り三年間もある新一年生に、そんな仕打ちはあんまりだろう。


「どうせ勝手に自滅するだろうけど、あたしの目の前であんたを誘ったから、あたしの手で破滅させてやらないと気が済まなくなったんだ。ちゃんと反省はしてる。やり過ぎた」


 毛先を指でいじりながら高科が言う。

 追い詰めた自覚があるなら、俺から言うことはなにもなかった。

 ただ、気になる点が一つ。


「勝手に自滅する?」


 立花が? 

 空気を読んで周囲に溶け込むことに長けている立花は、特に長生きしそうなものだが。


「空気を読むのって疲れるだろ。仲良くなり過ぎない、かと言って疎遠にもならないように距離感を一定に保つのは、神経をすり減らしてるようなもんだ。それをずっと続けてみれば分かるだろうけど、早い内にパンクする。それを乗り越えてもまだ続けられるなら、あたしは評価するけどな」


 確かに、どちらかに寄った方が簡単だ。

 クラスメイトと距離を取る高科、友達を作ろうと積極的にアピールをする尼園は、きっと長く続けられる。それこそが自分の軸であるとも言えるからだ。


 しかし立花の場合はどちらにも寄らないように真ん中を維持しなければならない。

 それが彼の軸であるなら一貫性がある分、迷いはないだろうが、それでも疲れるだろう。

 間違って仲良くなり過ぎたら距離を取らざるを得ないし、逆もまた然り、だ。


 いっそのこと仲良くなってしまえばいいのに、と思ってしまうが、そうしないのはそうしないだけに足る理由があるのだろう。

 もちろんプライベートなことだろうから、興味本位で無遠慮に掘り進めたりはしないが……、高科の場合は憶測でものを言う。


 当人の目の前で。

 直接、聞いてはいないものの、彼からすれば目の前でほじくり返されたのと同じだろう。


「距離を詰めることに抵抗があるなら、昔、誰かに裏切られでもしたんじゃないか?」

「もういいっスよ。ゲームに関係ない話はしなくていいじゃないっスか」


 立花が穏便に場を収めようとする……しかし。


「いいや、親友にまつわる話ならしておくべきだろ。だって少女Aには親友の女子がいるんだからさ」


 ゲームに関連する話として、高科は立花を逃がさなかった。


「だとしたら、この会話は役柄から逸脱した会話な気もするっスけどね」


 形骸化したルールは運営側も忘れていたらしく、警告もなにもなかった。


「なら、役柄に則って続けてみるか?」

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