第5話 情報開示2

「……糖分が欲しいな……」

 手を伸ばすが、しかしもう既に、テーブルの上のお菓子がなくなっていた。

「…………」


 休憩時間中に食べられていたか……。


「わたしじゃないからねっ、ちゃんと残しておいたよ!?」


 すると、茜川が否定する。

 あえて視線を向けなかったんだが、気付かれたか。


「わたし以外の全員に視線を向けてれば気付くよっ」


 まあ、必ずしも欲しいわけじゃないし……、それでもなにか口に入れたい。

 さっき小中先輩が飲んでいた紅茶を頂くことにしよう。


 立ち上がった時に、視線を向けて聞いてみた。


「鳴滝先輩、飲みますか?」


「人の顔色を見て気を遣ってんじゃねェよ。勝手にしろ。お前が用意したきゃ好きにしろ。オレの目の前に置こうが、お前の自由だろうが」


 安易な気遣いは見抜かれていたようだ。

 だとしても、そう言われたので、じゃあ好きにしよう。


 マグカップに熱々の紅茶を入れて、先輩の目の前に差し出す。

 自分で用意した紅茶を口に含み――熱っ。


「先輩は、猫舌でしたっけ?」

「お前が淹れた紅茶なんか飲むわけねェだろ」


 そう言いながらも手元に寄せる先輩は、素直じゃない。

 ついでだ、不透明な部分を質問しておこう。


「先輩は……いえ、『先生』は、少女Aの気持ちを汲んで両親を説得しようとは思わなかったんですか?」


 成績不振や出席日数が足らないことの原因がアイドル活動なのだとしても、解決策はなにもアイドルをやめさせることに限らないだろう。

 最も簡単な方法として、根本的な部分を引き抜いてしまおうと思うのは分かるが……、少女Aを説得する最難関の障害がある以上、簡単とも言えなくなっている。


 教師なら、生徒のためにもなり、親の心配も払拭する、もっと別方向からのアプローチをしてもいいと思うのだが……。


「……、学校側としては、生徒よりも親が大事だ」


 つまり、教師としては親よりも生徒を重視する、という意味だろう。

 しかし学校側の命令である以上、親を蔑ろにするわけにもいかなかった。


 だが、アイドルをやめさせる強行手段に出ていない以上、学校側の命令を聞いていながらも手荒な真似をしないよう踏ん張っている、とも言える。


 ……先輩の役柄は、どうやら板挟みの間で身動きが取れないだけのようだ。

 そうなると、犯人ではない、と断言しても良さそうだ。


 しかし、その判断に異を唱える者がいた。

 少女Aの母親……尼園である。


「なに良い人ぶってるんだか。学校側にも従わなくちゃいけないし、両親の気持ちも考えて、でも生徒の自主性も重んじたいって? 結局、少女Aを更正させるために面談を重ねて、生徒の母親と過ごした時間が楽しくなっちゃっただけでしょ?」


 ……尼園が言うには、教師と母親の面談は、いつしか密会に変わっていたようだ。

 父親の目を盗み、娘の説得という建前を使って。


 つまり、少女Aの問題の裏では、大人たちもまた後ろ暗いことをしていたと。

 なるほど、だったら現状維持のまま、少女Aの問題が解決しないのも頷ける。


 互いの合意の上で面談が続けられているのであれば……、二人からすれば少女Aの反発は長く続けば続くほど都合が良いとも言える。

 …………それにしても、誰が考えたんだ、こんな設定。



「その情報を明かすことに、メリットはなかったはずだが?」


 設定の上では共犯者である。

 しかし、尼園はそんなことは考えていなかった。


「ちょうどいま思い出したから」


 だから指摘した。

 まあ、さすがに他にも理由はあるのだろうが――。


「あとで暴かれてあたしが不倫をするような女の子ってイメージが出来ちゃうのも嫌だし」


 役と本人は切って離されるべきだが、一度の出演で強く印象づけられてしまうと、そのイメージのまま定着してしまうことがある。


 正義漢の役で印象づけられれば、実生活においても無意識に信頼を寄せられるメリットになるが、尼園のように人気商売……しかもアイドルとなると、不倫を画策してる母親役というのはデメリットでしかない。


 暴かれるよりも白状してしまう方が、ダメージは少ないと判断したから言ったのだろうが、自分から言わなければ誰も気付かなかったような設定ではないだろうか……?


 少女Aが教師に相談しない理由は、『教師の反対意見があったから』で通る。

 じゃあ、『どうして教師は反対意見を言うのか』になれば、『両親の意思を汲んで』『学校側に強く言われて』と説明できる。

 犯人である証拠とは逆に、少女Aを退学にさせていない証拠としての情報だろう。


 だから遅かれ早かれ自分から言うことはあっても、暴かれる心配はなかったが、そこらへんは単純に尼園が考えていなかっただけだろう。

 考えなしに突発的に異を唱えて割り込んだだけだ。


 結局、尼園の意見を聞いたところで、俺の判断が覆ったわけではないのだから。

 鳴滝先輩と尼園は犯人ではない判断に、明確な証拠がついてきただけ。


 もちろん繰り返すが、情報が正確とも言えない。しかし、尼園は本当のことを言っているだろう……、それは以前の茜川のように正直なのではなく、嘘を吐いているなら粗が分かるし、本当のことを言っているなら統合性が取れているからだ。


 嘘を吐こうとしても上手くいかないタイプ。

 こちらですぐに判断ができる脇の甘さがある。


 それになにより尼園は、元々鳴滝先輩のことを良く思っていなかった。

 この学園にはほとんどいない不良だから恐がっている、のではなく。


 ――小中先輩と、同学年だからだ。

 尼園が俺を盾にしながら、


「あたしがあの女を悪く言うのはいいの。だってあたしの不幸の裏であの女はいつもいつも良い思いばかりしてるんだからっ」


 それも不幸と幸運のタイミングが偶然に重なっただけだし、だからってお前が悪く言ってもいい理由にはならないわけだが……、尼園は聞く耳を持たなかった。


「でも、なんの努力もしてないくせに勝手に絶望して、勝手に落ちこぼれたあんたが、小中先輩のことを悪く言うのは許せない」

「いつどこで、オレがそいつのことを悪く言ったよ」


 先輩には思い当たる節がないようだ。


「『よくそいつと付き合ってられるよな』『尊敬するよ、天才ども』って、前にあたしに言ってきたのを覚えてる? 覚えてなくても、あんたは言ったのよ! ……天才? あたしが? 努力をして掴み取った今の地位を、天才で片付けないでっ!

 しかも、なに? 『よく?』『付き合ってられる?』……まるで、小中先輩のことを化け物みたいに扱ってさ――バカにしないでっ! 天才だって同じ高校生じゃん! 勝手に違う世界の住人みたいに扱ってっ、除け者にしてっ! そんな差別をしていないと引け目に追い込まれて壊れるほど、あたしは弱い人間なんかじゃないっ!」



 ――



 尼園の言葉で、鳴滝先輩の限界がきた。

 まだ手をつけていなかったカップを握り、中の紅茶を尼園に向けてばらまいた。

 中身は、未だ冷めていない熱湯である。


「尼園っ!」


 それを頭から被る。

 さすがに庇う前に分かっていた俺も、思わず声が漏れた。


「…………っ」


 髪の毛先から滴った紅茶が服の内側に流れていく……チクチクとした痛みがあった。

 だが瞬間的なもので、気が付けば滴る水滴は既に常温に近い。


「先輩!? やけどっ、火傷、しちゃう……!?」


 尼園が自分の制服の袖で、濡れた俺の髪を拭おうとして背伸びをした。

 そんな後輩の手を取って止める。

 ……制服が汚れるだろ、バカ。


「でも、先輩っ、熱湯を頭から被って――」


「大したことねえって。それに紅茶を用意したのは俺だし、熱々にしたのも俺だ。鳴滝先輩の性格的にカッとなってぶちまけるかもしれないと思いながら、手の届く位置に置いたのは俺の落ち度だ、俺が悪い」


「そうだぜ、オレはただ手を滑らせただけだ。たまたまそこに、そいつがいただけに過ぎねェよ」

「あんた……っ! 先輩が庇っていなかったらっ、訴えて失格にしてやるのに……!」

「そりゃ、できなくて残念だったな」



『イエローカードですよ、鳴滝三年生』


 しかし、運営委員会は見逃さなかったようだ。

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