3章 茜川陽葵、籠絡計画
第1話 情報開示1
少女Aの周囲の人間関係があらかた出てきたところで、今度こそは少女Aに焦点を当てるべきだろう。しかし、少女Aの役を持つ者は、この場にはいない。
彼女がなにを感じどういう目的でなにをしようとしているのかは、推測の域を出ず、分からないのだ。
彼女になって考えてみれば、悩みがあるとしたら誰に打ち明ける?
教師はまずないだろう、担任とは言え気軽に相談できる距離ではない気がする。
両親か? アイドル活動に反対されているなら話しづらいだろう。
妹? 進行形で喧嘩中だ。
マネージャーなら? 話しやすいとは思う。
しかし相談内容によっては言えないこともあるだろう。
なら幼馴染みの兄貴なら?
可能性はあるが、これも相談内容によっては言えないこともある。
だったら。
幼馴染みの同姓の女の子なら。
誰よりも相談しやすいのではないだろうか。
「わたし?」
茜川に視線が集まった。
少女Aの親友である彼女なら、少女Aについて、深いところまで知っているのではないだろうか――つまり、茜川は核心になりそうな設定を、既に持っているのではないか?
茜川の性格が災いした。
彼女は基本的に嘘を吐けない、隠し事ができない。
情報が欲しい側からすれば、こうも簡単に引き出せる相手もいないだろう。
もう、犯人が特定できたも同然の展開だった。
「なあ茜川。少女Aはお前に……親友に、なにかを相談したんじゃないのか?」
ぎくっ、と言葉にこそ出さなかったものの、肩を跳ねさせた茜川は分かりやすい。
「……うん、してたよ。悩み相談とか恋バナとか。少女Aちゃんがアイドルになる前に相談したものらしいの」
やはり、少女Aの動機を知るのは親友の少女だった。
アイドルになる前なのであれば、友人の男子がストーキングをしたことによる喧嘩も、まだしていない。赤裸々に心中を明かしていてもおかしくはなかった。
「でも、言わないよ」
それは自己の利益のためでなく……、だって、と茜川は真面目に言った。
「少女Aちゃんに、誰にも言わないでねって、お願いされて相談されたことなんだから」
茜川は茜川のままで、役柄に没入しているわけではない。
らしい、と人づてに情報を話しているのがその証拠だ。
これが鳴滝先輩のように役に入り込んで言ったセリフなのだとしたら大したものだが、素のままで、茜川は架空の登場人物のお願いを守ったことになる。
茜川はなにも間違ってはいない……
だが、その非協力的な態度は、敵を作りやすいだろう……。
しかも序盤で小中先輩が意図的に情報を隠した時のように、自分が犯人であるという疑惑を生み出してしまっている。
小中先輩のように、先を見越した戦術なのではなく、茜川はきっと、純粋に少女Aのことを思って言っているだけだ。
感情に左右され、考えなしとも言える。
推理の停滞。
それは、鳴滝先輩を下手に刺激する結果になった。
「てめェ……っ」
「い、言わないよっ。絶対に言わないもんっ。少女Aちゃんはわたしの親友なんだもん。親友の秘密をべらべらと喋るわけにはいかないよ!」
茜川は役というよりも、これまで俺たちが推理を重ねて把握してきた世界観の中に入り込んでしまったようだ。登場人物に、他人とは思えないくらいの親近感を抱いている。
八人がいる世界に、自分が入って九人目となったように……。ただ、親友の女子の設定を引き継いでいるため、その役に没入する一歩手前と言ったところだろうか。
時間をかければ鳴滝先輩のように、完全にその役に入ることができそうな素質は持っている。
まだ今は、中途半端なだけだ。
ただ、こうなってしまうと茜川は意地でも言わないだろう。
茜川の純粋さが仇となった。
素直で、綺麗で、優しい……、人を裏切ったことがないような人間に、初めて人を裏切らせる方法なんて思いつかない。
利益で釣ったり、少女Aを悪者に仕立てあげることで、ある程度は誘導できるかもしれないが……、少女Aは架空の人物だ。
彼女の方が詳しく知っている少女Aを悪く言ったところで、騙されてはくれないだろうし、茜川は利益を優先して友人を裏切る性格ではない。
まずい……手詰まりだな、こりゃあ。
完全に鍵がかかってしまった……、それをこじ開けるには力尽くが正攻法だが、手を出すわけにもいかない。鳴滝先輩が反射的に動かないのは、まだ平静さを保っているからか。
仕方ないから茜川抜きで考えてみるか?
情報はある程度、出揃っている。
時間はかかるが、限られた情報と推測で少女Aの心中を解明することは難しいが、不可能ではない、とは思うが……。
残り一時間以内で、解明した上で犯人を特定できるだろうか?
時間制限がネックになっている。
ただまあ……必ずしもこのゲームで勝たなくてはならない理由があるわけではない。
他はどうか知らないが。
勝利者報酬は、契約の解除権だ。
今、解除したい契約があるわけでもないし……、必死になって勝つ意欲がないと言える。
茜川がそうまで強く、「いやだ!」と言うのであれば、無理やり聞き出すこともない。
このまま犯人の逃げ切りを見送る――、初参加ならこういうこともあるだろう。
初めてのゲームで、勝てる方が珍しいさ。
諦めた俺はふっと肩の力を抜く。
椅子に深く腰かける。考えごとをしていた頭の中の情報を、全て洗い流すようにクリアにし、この先を見届けることにした。
すると、久しぶりに高科と目が合った。
俺と目が合ったことに驚いた様子で、目線で、「おう」と交わす。
……なんで久しぶりの会話なんだっけ?
あ、そうか、役柄もあるだろうが、高科は積極的に推理をしていなかった。
今の俺のように肩の力を抜いて、参加していながら視聴者に近いスタンスだった。
俺がそこまで下りてきたことで、意識のレベルが合ったのだろう。
同室にいるメンバーを遠巻きに見ているような感覚。
クラスの大所帯グループの盛り上がりを端の席からなんとなく眺めているようなそれ。
そう思うと、俺はその中ではしゃいでいたのか。
なんだか自分に嫌悪感。
俺は、そんな場所で楽しんでいい人間じゃないのに……。
未練があるわけじゃないが、視聴者に近い高科に口パクで聞いてみる。
『茜川に答えさせる方法は?』
すると、
『さあね』と彼女が肩をすくめる。
まあ、だろう。
だが、
『ただ、ないわけでもない。荒っぽいけど』
それは、かかった鍵を力尽くで開けるようなことだろうか?
『茜川は今、現実と虚構が入り交じってる曖昧な世界にいる。虚構の設定と現実の真実が互いに影響を与える状態だな』
口パクで言っていることは分かるが、内容が分からねえ。
つまり、なんだ?
『茜川の現実での認識をずらせば、少女Aに抱く信頼を歪ませることも可能ってこと』
その方法こそを、鳴滝先輩がまさに今、口にしたところだった。
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