第13話 約束

 基本的に、ゲームの参加者は土曜日に選定され、月曜日の朝に発表される。


 本番までの五日と半日は、準備期間と呼ばれており、

 参加者同士の接触が許可されている――というのは、

 盛り上げたい新聞部やらが勝手に言い出したのが始まりだったりする。


 学生生活を送っている以上、生徒同士の接触をどう禁じると言うのか。

 学業は交友関係の構築も含まれる。

 勉強するだけなら別に通信制度だっていいわけで、

 同じ教室におよそ三十名が集まることに意味があるのだ。


 集団行動。

 それを特定の相手との接触を禁じてしまうと教育として本末転倒だ。

 トラブルに繋がり兼ねない。


 だから学園側も特にそういった禁止事項を決めてはいなかった。


 そもそも、接触しようがしまいが、

 本番で役柄と謎が指示されるので、対応のしようがないだろう。

 謎を作っているのは生徒会と有志の集団なので、

 そこに接触できれば対策のしようもあるが、それこそ接触禁止になる。


 ルールとして出されたわけではないが、

 そんなことをしようものなら生徒会が門前払いにするはずだ。


 生徒主導のイベントである限り、その責任感は強い。


 そんな準備期間の、火曜日のことだ。


「はっやしっだのー『はーやし』はー、木ーっがふったっつー」


 そんな歌(?)を歌いながら、茜川が階段を下りる。


 その後ろを俺がついていった。

 昼休みに茜川に呼び出され、食堂に向かっているのだ。


 接触は禁止、というのが暗黙の了解であるが、

 生徒会も有志の集団も学生である。つまりクラスメイト、友人だ。

 会うことくらいは別にいい。

 今回のゲームの謎について聞かなければなんの問題もない。


「なあ茜川。なんで呼び出したんだよ」


「謎を作ってる子と友達になったの。今回のはダメだけど、

 過去に使われた謎ならどうやって作ったのか教えてくれるみたいだから、

 はやしだも一緒に聞こうよ」


「いいのかそれ。なんだかグレーな気がするけど……」


 現在に向けて過去問を解くのは受験生がする方法なので、

 グレー寄りの黒って感じもするが……その有志の子が大丈夫だと言っているのなら、

 大丈夫なのだろう、たぶん。


 後で怒られても、俺は知らない振りをしよう。


「でんっでんっでんっ、はーやしだーのでーんはー、しっかくがよーうっつー」


 ……耳に残る歌だな。


 ともあれ、器用にスキップしながら階段を下りる茜川が、曲がり角を曲がる。


 姿が見えなくなった先で、小さく短い悲鳴が聞こえてきた。


「――茜川!?」


 彼女の背中を追うと、床一面にプリントが散らばっていた。


 倒れた茜川の目の前には男子生徒が一人。

 入学式の日に、俺のことを知っていた新一年生だ。


「大丈夫かよ、茜川と――木下」



 木下鳶雄。

 女子受けの良い整った童顔を持ち、誰にでも分け隔てなく接しているのをよく見る。

 女子の取り巻きがいるくらいだ。


 彼の横にいることがステータスになる、とでも思っていそうな同級生の接近に、

 嫌な顔一つせず、受け入れている……、

 かと言って鼻の下を伸ばしているわけでもない。

 神様に不公平を訴えたくなる容姿と出来過ぎた性格に、嫉妬する者がかなり多くいる。


 現役アイドルの尼園といい、

 今年の新一年生は、大粒が揃っている気がするな……。



「いたた……う、うん。だ、だいじょぶ……」

「僕も大丈夫ですよ、先輩方」


 散らばったプリントを三人でかき集め、束にして木下に返す。


「悪かった、木下」


「ごめんなさい。

 わたしが歌いながらスキップしていたせいでこんなことに……」


 スキップも走っているようなものだからな。

「廊下は走るな」は、こういうことが起こらないために言われている。

 今回は茜川が悪い。


「いえいえ、こっちこそ、歌が聞こえていたのに注意していなかったわけですし」


 それは譲歩し過ぎな気もするが。

 自転車がベルを鳴らして走っているのとはわけが違うのだから。

 あんなまったりとした曲調で危険を察知しろというのが難しい話だ。


「ごめんねっ、木下くん。代わりになんでも言うことを聞くから」

「え――ええっ!? 茜川先輩……この学園でそれを言うのは……」


「あ、そっか。なんでもはなし! わたしがいいよって言えることなら」


 ……まったく、危なっかしい。

 優しい木下でなければどんな無茶ぶりをされていたか分からないぞ。

 目を離さなくとも、こいつはすぐに失言をする。


「そうですか? でも、今、困っていることとかないですし……」

「なんでもいいんだよ? あ、なんでもって言っても常識の範囲でね!」


「……じゃあ次に会った時にでも、困っていたら助けてください。それでいいですか?」

「うん! それで――」


「いや待て。それって、困っていたらある意味、

 なんでも言うことを聞くのと同じことなんじゃないか?」


 木下がそんな手を使うとも思えないが、念のためだ。

 木下ではなく、木下を裏で操る人物がいた場合、

 そいつの思い通りになってしまう可能性も考えた。


 すぐに俺の不安に思い至った木下が、

「……さすがですね」と舌を巻いていた。


「ではこうしましょう。次に僕が茜川先輩に向けて、疑問符をつけた場合、

 僕に関することであれば、お願いを聞いてもらうということで。

 内容によっては断ってくれていいです」


「……? うん、分かった!」


 分かってなさそうなのに、自信満々で分かったと言った茜川の代わりに、


「もしも最初につけた疑問符での質問が、お願いでなかったらどうするんだ?」


「その場合は流してもらって結構です。

 僕にはお願いなんてなかったのだと思って頂ければ。

 今、お願いごとがないからって、明日明後日で、

 お願いしたいことができるわけでもないですし、あまり肩肘を張らずに待っていてください」


 木下がプリントの束を抱えて、

「では、また後日」と言って去っていく。


「あいつ……いつもは取り巻きに女子ばっかりいるのに、今日は一人なんだな……」


 いつも傍にいられると、それはそれで居心地が悪いか。


「はやしだー、はやくー!」


 廊下の先を見続けていた俺を呼ぶ声が聞こえ、振り向く。


 視線の先では、茜川が手を振りながらぴょんぴょんと跳ねていた。



「分かったから、はしゃいで怪我すんなよ」

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