第8話 天真爛漫と衝突
(二週間前)
土曜授業は楽だ。
なぜなら午後からはこの学園の目玉と言える謎解き脱出ゲームが開催されるからだ。
通りがかった食堂にある大きなモニターの前に張り付く男子生徒が、隣にいる友人と雑談をしながら、気になる出演者に視線を向けていた。
クラスの地味な女子が、意外と喋るんだ、とか、カメラを前にしても思ったよりも緊張しないんだとか、クラスメイトというだけでは分からなかった一面が見えてくる。
「お茶を濁されてるだけで、毎週土曜授業ってことには変わりないんだけどな」
その不満を誤魔化すためのイベントとも言えた。
興味がなければ下校は自由。人によってはただの午前授業だ。
部活動を優先している生徒もいるくらいだし、流れに逆らうのは珍しくもない。
賑わう廊下ですれ違う生徒は幼く見えた。
一年だ。ぞろぞろと下駄箱へ向かうのは二年三年が多く、一年は入学したばかりの学園の特色に興味津々の様子だった。
一年の頃が懐かしい。
あの頃は人との距離感が掴めなくて大失敗したっけ?
苦い思い出だ。
ただ、おかげで高科という親友が出来たのだから、赤面ものの失敗だったわけでもない。
困った時に話のネタになると割り切ってしまうと楽になったしな。
そんな親友である高科とは、近くのゲーセンで待ち合わせをすることになっている。
遅れているのは俺の方。卒業した先輩から任されていた仕事がやっと今日、終わったのだ。
俺が頼まれたことだし、高科に手伝わせるのも悪いと思って別行動を取った。
汚れる仕事だからな、手伝ってくれとも言いづらい。
距離感の近さから忘れそうになるが、高科は女子なので、力仕事は任せられない。
そんなわけで、作業が終わったため、やっと高科と合流できる。
「ねえねえお兄さん。理事長室ってどこにあるの?」
と、下駄箱で靴を履き替えていると、後ろから声をかけられた。
「理事長室? そんなお偉いさんになんの用――」
女子生徒かと思って振り向いたら、まるで絵本の中から飛び出してきたお姫様のような容姿に言葉が詰まる。
息を飲む。モノトーンの制服ではなく、不思議の国のアリスのような水色のワンピースを身に纏う……、彼女はオリジナルと違って銀髪だったが。
かなり幼く見えるが……それでも発育具合を見るに、中学生くらいだろうか。
見学希望? だから理事長室なのか。
こういう場合、訪ねるべきが学園長なのかは俺には分からないが。
「お兄さん? どうしたの固まって。わたしの顔になにかついてる?」
「いや、そういうわけじゃ……。理事長室な、分かった。今、案内するよ」
出した外靴を戻し、上履きに履き直す。
「ちょっと意外かも。口で説明して帰っちゃうと思ったのに」
「道に迷ってる後輩を途中で放り出すかよ」
「いい先輩だね。ってことは三年生? ですか?」
「取ってつけた敬語だな……二年だ。二年の林田、よろしくな」
「はやしだ……なーんだ、だったら同級生だね!」
は? 同級生……どうきゅうせい?
っ、この容姿で十七歳かよ!?
「いま、この容姿で十七歳なのかよって思ったでしょ」
じとー、と非難の目を向けてくる。
「……悪い。コンプレックスだったならもう言わないよ」
「真面目だなー、はやしだは」
ちなみに誕生日はまだきていないから十六歳、と彼女が言った。
思えば、容姿で言うなら高科も同じようなものだ。
最近の女子は小柄な方なのだろうか。それとも俺が会う女子がそうなだけか?
反面、小中先輩は色々と大きいし、やっぱりただの個性の違いってだけか。
たった一年の違いで、極端に違いが分かるものだ。
理事長室までの道中で、少女――茜川陽葵の転入予定を聞く。
「次の月曜日から登校する予定だから、その時はよろしくね、はやしだくん」
「ああ、よろしくな。困ったらなんでも相談してくれて構わないから。正直、それ以外で俺が助けになれることはほとんどないと思うが……」
入学したばかりの時の失敗で、この学園に一年もいて、友人はそう多くない。
便利屋扱いしてくる相手を友達と呼ぶのであれば、そこそこ多い……かもしれないが。
「クラスはどこだか分かってるのか?」
「んーん、まだわかんない。ちなみにはやしだくんは?」
答えると、茜川が「じゃあそのクラスにしてもらおう」と言った。
そういうのは学校側が決めることで、生徒の意思は聞いてもらえるのだろうか?
すると、茜川の視線が斜め上に向いた。
俺も追うと、廊下に取り付けられた小さなモニターがあった。
「なにやってるの?」と珍しい反応だ。
「お前、知らないでこの学園に転入するのか?」
今時、陽葵代学園の特徴を知らないというのも珍しい。
学園をあみだくじで決めたわけじゃないよな?
「わたし、なんにも知らないよ? 知らないようにしてるの。だってパパが『面白い学園をプレゼントするから』って言ってくれたから、入るんだもん」
パパ? 学園をプレゼント? ……茜川?
聞いた覚えのある名字だ。
「なあ、理事長って……」
俺の言わんとしていることを察したのだろう。
そうではないかもしれないが、茜川は自慢したいのをがまんせずに、俺に向けて胸を張った。
「実はこの学園の理事長は、わたしのパパなのですっ!」
えっへん、と聞こえるくらいの鼻高々に、またもや厄介事に巻き込まれるのだろう……と早々に予感した。
実際、それからことあるごとに茜川に付きまとわれることになった。
これを好意と勘違いはしない。
雛鳥が最初に見たものを親と認識するように、この学園で初めて出会った俺に頼っているだけなのだろう。
どうやら俺には頼みやすい独特の空気があるらしく、それも一因しているのだろう。
自覚はないし、意図的に出しているわけでもないのだが。
困っている時には力になると言ってしまった以上は、無下にもできない。
口約束の強制力がなかったとしても、仲間として放っておけなかったからだ。
懐かれ始めて一週間、転入早々に順調に友人を作っていく茜川のコミュニケーション能力の高さに脱帽する。
俺なんかいなくても頼れる仲間がたくさんいるじゃん。
でも、なぜか最終的に俺のところに戻ってくる。
変な注目のされ方は敵を増やすので遠慮したいのだが……、まさかこの天真爛漫な笑顔に、離れろ、とは言えない。
……心配するのも今更か。
幸いにも、トラブルには慣れている体質だ。
「はやしだー! わたしも選ばれたよ、ゲーム参加者に! あとはやしだも!」
恐らく、理事長が根回しをしたのだろうと、その時はすぐに予想がついた。
まさか、俺のことも一緒にねじ込ませたとは、思いもしなかったが――。
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