第329話 夜の森の迷宮(2)

 このダンジョンで既に遭遇する事、二桁を超える回数となるコボルドの集団を前に、アイリスのリーダーであるライラさんが手慣れた様子で指示を出す。


「エリシア、ミーナ。ファイブカウント後に私とミランダが敵の中央へ火炎系の火魔法を撃ち込むから敵の左翼に切り込んで」


「了解」


「任せて」


 エリシアとミーナの返事と同時にミランダがカウントダウンを始める。

 ライラは続いて、


「ビルギットとリンジーは魔法銃で二人の援護をお願い――」


 即座にビルギットとリンジーが手にした得物を、ショットガンに似せて作った魔法銃に持ち替える。

 それを視線で確認しながら盾役の奴隷たちに指示を飛ばした。


「――オルガたちは右翼の敵を封じ込めて頂戴。右翼の中央に私とミランダが魔法を撃ち込みます」


 アイリスの弱点である盾役の不在。

 それを奴隷たちで補い、メンバーは魔法銃や魔術付与のされた武器を併用して、強化した火力を最大限に活かすフォーメーションが敷かれる。


「敵の数は二十六匹、数が多いから分断して殲滅する作戦のようですね」


「ファイアーッ!」


 聖女のセリフの直後にミランダの大音量の声が響き渡る。間髪を容れずに火炎系の火魔法がコボルドたちの中心に撃ち込まれた。

 火球が着弾すると同時に半径一メートル四方、地を這うように炎が燃え広がる。


 コボルドたちの意識が中央の炎に向いた刹那、敵の左翼に対して壁側から回り込んだエリシアとミーナが飛翔の指輪を発動させて空中から襲い掛かった。

 左右同時、横薙ぎに振りぬかれたエリシアの双刀。オリハルコンで出来た刃は粗末な防具を容易く通過し、コボルドの心臓を切り裂いた。


 飛翔の指輪を発動させたミーナが、エリシアの横をすり抜けるようにして敵左翼の中心に飛び込む。

 彼女の右手にあるオリハルコンの長剣も、エリシアの双刀と同様に容易く防具を貫き心臓を串刺しにした。


 辛うじて炎から逃れた中央付近の集団は、ビルギットとリンジーが天井付近を飛び回りながら連射した、鋼の弾丸により次々と命を刈り取られる。


 再び火球とそれに続く炎が迷宮内の通路を明るく照らし出す。

 炎に見舞われた敵左翼のコボルドたちの眼前に立ちはだかる、奴隷たちの作り出した六枚のタワーシールドからなる堅固な壁。それを突破できないと悟ったのか、炎から逃げるようにコボルドたちは後方へと駆けだした。

 

 群としての統率は既に無い。逃げ惑うコボルドたちの背中を、ライラさんとミランダの構える魔法銃から撃ち出された鋼の弾丸が襲う。

 その弾丸はコボルドを一匹、また一匹と確実に仕留めていった。


 趨勢は決した。

 俺の背後からテリーとボギーさん、聖女の声が聞こえる。


「相手がコボルドとはいえ、倍する敵に圧勝か。大したものだな」

「今のヤツら、上位種も数匹交じっていたようだが、それを感じさせネェほどの手際だったじゃネェか」

「自動防御の腕輪の方にはまだ慣れていないようですけど、魔法銃の扱いや連携は大分慣れてきたようですね」


 先程、エリシアが自動防御の腕輪の防御力を当てにして、無謀にも単身で敵の只中へ突っ込んでいった事が脳裏を過る。

 防御なんて論外。魔物の攻撃を全身に受けながら攻撃に専念していた。


「いや、ビルギットがエリシアの事をこっ酷く怒っていたが、あれで正解だ。自動防御を当てにした戦闘を常に選択するなんて正気の沙汰じゃない」


 所詮は魔道具だ。魔力切れで発動できない可能性だってある。 メロディの作成した魔道具だって完璧じゃない。魔力切れに限らず、不測の事態で発動しないとも限らない。

 何と言っても、それで死亡したり怪我をしたりしたら、メロディが落ち込む。


 ボギーさんが声を押し殺して笑うと、


「そう目くじら立てるなよ、兄ちゃん。ツインテールの嬢ちゃんだって反省していたじゃネェか」


 そう口にし、聖女とテリーがフォローするように続く。


「エリシアちゃん、今回はちゃんと攻撃を回避していましたし、アーマードスネークの鱗で作ったガントレットも宝の持ち腐れにならずに済んでいましたね」


「あれはあれで、エリシア以外の娘にやれと言っても怖がってやならないだろうけどな」


 テリーの笑い声が響く中、後方の索敵を行なっていたレーナが高速で戻ってきた。


「テリー、後ろからオークが来るよ。空間に急に裂け目が出来たの。そこから、オークがポロポロ落ちてきたのっ」 


「良くやった、レーナ。ご褒美だ――」


 テリーは蜂蜜の入った小さな壺をレーナに渡すと、


「――それで、裂け目はどのあたりだ? 湧き出てきたのはオークだけか?」


 と聞く。それと同時に自身の奴隷四人に目配せで後方の警戒をうながす。


「このダンジョン、初めての『湧き』はオークですか。女性の私としてはあまり遭いたくない魔物ですね」


 聖女は言葉とは裏腹に、アーマードスネークの鱗を素材とし、重力魔法が付与された短槍を嬉々として振り回しだした。

 

「それじゃあ、俺は女の子たちの援護に回ろうかな。こいつを試してみたかったし、丁度いい――」


 テリーはアサルトライフルの形状を模した魔法銃を左右の手にそれぞれ携えて、ティナたちに続いて迎撃態勢に移る。


「――レーナ、第一グループに伝言だ。『後方からオークの群、三十匹以上。尚も裂け目から湧き出てきている』」


「了解です」


 ボギーさんは火の付いていない葉巻を咥えなおすと、魔法銃を両手にゆっくりと後方へ向けて歩き出す。


「兄ちゃんは生贄の嬢ちゃんと赤い狐をガードしてナ」


「分かりました。お任せします――」


 ベスを傍らに引き寄せ、魔道具の作成を中断していたメロディに声を掛ける。


「――そのまま魔道具の作成を続けてくれ」


「はい、畏まりました」


 飛翔の指輪の作成を再開したメロディとは対照的に、ベスが不安そうに見上げる。


「あの、ミチナガ様。オークが三十匹以上と言っていましたが、三十匹を超える程度でしたら女の子たちの所有者であるテリー様はともかく、ボギー様や聖女様まで戦闘に参加しませんよね?」


 意外と鋭いな。

 こうして迎撃態勢を整えて待っている間にも裂け目から湧き出てくるオークの数は増え続けている。


「オークの数はこっちへ向かっているだけでも、まもなく六十匹になる」


 ベスが『ヒッ』と小さな悲鳴を上げて顔を蒼ざめさせる。だが、直ぐに気を取り直して『収納の腕輪』から魔法銃を取り出した。


「私も戦闘に参加した方がいいでしょうか?」


「必要ない。なんのために俺が傍にいると思っているんだ? ――」


 キョトンとした様子で見上げるベスの肩をそっと抱く。


「――オークの百匹くらい、瞬殺だよ。ましてや、ボギーさんとテリー、聖女が俺の前にいるんだ。たとえ千匹のオークが裂け目から湧こうと、ここまでたどり着けるヤツはいない」


「凄い自信ですね」


「俺たちが強いって信じてないだろう」


「白姉様の爆裂系火魔法はゴルゾ平原で見ました。それ以外の皆さんの戦いは、この間の素材集めくらいしか見ていないので……そのう……ラウラ様やセルマ様から伺ってはいますが――」


 なるほど。強力無比な破壊力の魔術は人伝の話だけで、目の当たりにしていないから今一つ信じきれない、という事か。

 後半は申し訳なさそうな顔で消え入るように言葉を濁す。


「――それに、素材集めのときもそうでしたが、このダンジョンでもアイリスの皆さんや奴隷たちばかり戦わせて、フジワラ様を初めとした皆さんはほとんど戦っていませんでしたよね」


 と思ったが、ほとんど信用していないんじゃないか、こいつ?


「一度、破壊力のある魔術を見ておくか?」


「だ、だめですっ! 白姉様が放ったような強力な爆裂系火魔法なんかをここで使ったら、ダンジョンが壊れちゃいますっ!」


 生き埋めになったところを想像でもしたのだろうか、目に涙を浮かべて真っ青な顔で抗議してきた。


「いや、幾らなんでもそんな無謀な魔術は使わないから安心しろ――」


 いろいろな面で信用されていないような気がする。信用獲得は追い追い考えるとして、尚も俺の腕を掴んで抗議を続けるベスの意識を逸らすために、オークたちを利用する事にした。


「――それよりも、そろそろオークたちが到着したようだぞ」


 ベスは弾かれたように、オークたちへ向けて魔法銃を腰だめに構えた。

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