第228話 帰路での情報交換

 東側の尾根の遥か向こうに見える月はその姿の半分以上を雲で隠していた。月を隠している積乱雲が夜の闇の中で月明かりに照らされて薄っすらと浮かび上がっている。

 積乱雲は遠方にあるようで尾根の真上には天の川のような星の帯が尾根沿いに地平線まで続いていた。


 夜の闇の中とはいえ尾根の輪郭が分かる程度には月と星の明かりがある。

 二十一世紀も半ばに差し掛かろうという現代日本にいた俺たちからすると、人工の明かりのない夜の闇とその中にあって浮かび上がる尾根と尾根伝いに飛ぶワイバーンのシルエットは非常に幻想的に感じた。

 姿の三分の一を雲で隠した月を背景にそこを横切る三匹のワイバーン。実にファンタジーな光景だ。


 そんなファンタジーな風景を目の端に捉えながらガザンの王都で入手した情報を皆に説明をして行く俺の隣には、ボギーさんが両手を頭の後ろで組んだまま椅子の背もたれに身体を投げ出すようにして座っていた。

 そして相変わらず火の点いていない葉巻をくわえ、尾根沿いのファンタジーな風景をのんびりと眺めながら退屈そうにつぶやく。


「無いのかねー、こう、ファンタジーな風景は。空に浮かぶ島とか、地上から空に向かって上っていく滝とかさ」


「空中を流れる河とか地下神殿とかロマンですよねー、先史時代の今よりも進んだテクノロジーの発掘とかも良いですね」


「そこはテクノロジーじゃなくて高度な魔法文明じゃネェのか?」


「そこで人型の機動兵器ですよ。失われたテクノロジーで動く人型の機動兵器。どうです?」


「人型の機動兵器か、ロマンだな」


 聖女が目を輝かせて尾根の上に横たわる星々の帯をその瞳に映して伸びをしている。ボギーさんがそんな聖女の様子を苦笑交じりに横目で見ながら言葉を返す。


 聖女とボギーさんとが珍しく意気投合をしていた。

 まあ、白アリやテリーたちからの情報を聞き終えて、俺たちが集めた情報を俺が代表して説明しているのだから二人とも退屈なのだろう。


 この二人の定義するファンタジーってどんなものなんだ?

 最後の機動兵器あたりは既にファンタジーじゃなくてSFじゃないのか?


 様々な疑問が浮かび、突っ込みを入れたくなるのを我慢して、尚も会話を続ける二人を横目に皆に説明を続けた。


 ◇


 アイリスの娘と奴隷たちが夕食の後片付けをしてくれている間に俺たち八名――俺たち転移組と水の精霊ウィンディーネで、俺とボギーさんと聖女が知り得たガザン王国に関する情報を中心にそれぞれが仕入れた情報の共有を図っていた。

 マリエルとレーナもそうだがメロディやティナたちにも外してもらっている。もちろん、ネッツァーさんもだ。



「――――と言う具合で疑問点や不自然な点は山のようにあるが、ガザン王国、正確には王家だが、これが秘匿している技術や文明を侮ると痛い目をみる可能性がある。十分に注意をしてくれ」


 ガザン王家の秘匿している技術や文明、そしてその不自然さに皆が真剣な表情で俺の話を聞いていた。特に火薬について触れるとそこから想像が広がったのだろう、一様に表情を強ばらせていた。


 疑問点と不自然な点の最大のものは火薬だ。

 なぜ火薬の製造方法が五年前まで知られていなかったのか? なぜ、三年前になって急に増産するようになったのか?


 考えられるのは……二百数十年も書物が眠っていた。実際に宝物庫の中に火薬の製造方法が記された本が大切に保管されていた。

 もうひとつは、転生者の知識を受けついだ人たちが二百数十年もの長きに渡って秘匿していて、価値に気付いた頭の回るヤツか何も知らないバカが知識を漏らしたかだ。


 疑問や不自然さについての理由は知りたい。だが今は、理由よりも対処の方が重要だ。俺は皆の胸に渦巻いているであろう疑問を先送りとするように話を誘導する。


「疑問はあるだろうが、今はリスクとその対処について最優先で考えてくれ」


 俺の言葉に皆が押し黙る中、テリーが真っ先に口を開いた。


「黒色火薬があるのは確定として、問題は銃と大砲だな」


「あると考えた方が良いと思います。でも、そうなると脅威は狙撃ですよね」


 黒アリスちゃんが真剣な表情と口調でテリーの言葉を引き継ぐ。


 銃が作られたとしてもスナイパーがそう簡単に育成出来るとは考え難いが魔法による付与、補正でどうなるか分かったもんじゃない。ここは警戒すべきだろう。全く、厄介な知識を伝授してくれたものだな。

 銃が普及すれば自分たちの価値を相対的に下げ、さらに脅かす武器になるとなぜ分からないんだ?


 いやまあ、価値は下がるといっても高が知れているか。問題は脅威の方だ。ヘッドショット一発で絶命というのは避けたい。今の俺たちの魔力なら拳銃の弾丸くらいなら純粋魔法による魔力障壁で十分に防げるが、安心は出来ない。ともかく空間魔法、風魔法による索敵を怠らないようにしよう。


「この異世界の技術者は魔術や魔道具と相俟あいまって、転移者が銃や大砲の概念を伝えればそれだけで製造出来そうよね? そんな痕跡は見つかったの?」


 白アリの問い掛けるように投げかけられた言葉に俺とボギーさんの視線が交差する。


「それらしい痕跡は無かった。無かったが、銃や大砲にかんする概念を持った現代人が魔道具職人や鍛冶屋と手を組めば製造可能だ。魔道職人ならすぐにでも製造できるようになる可能性は高い」


「実際に数日でいろんな物を創っただろう? 警戒しとくのに越したことはネェ」


 実際に自分たちで作成した武器や防具、魔道具を思い返しているのだろう、俺とボギーさんの言葉に再び全員の表情が強ばる。


「警戒しておくって、具体的にはどうするんですか?」


「まあ、広範囲の索敵と魔法障壁を常にまとっておくしかないんじゃ?」


 真剣な表情で問い掛けるロビンにテリーが肩をすくめながら軽い口調で返すと、白アリが期待のこもった視線をこちらへ向けながら聞いてきた。

 

「それしかないでしょうね。あたしたちはそれで良いとしても護衛対象や要人はどうするつもり? 何か対策とか考えてあるの?」


『広範囲の索敵と魔法障壁を常に張り巡らせる』

『言うは易し行うは難し』である。俺たち転移者でもなければ出来ることじゃあない。いや、転移者であってもどちらも出来るのはかなりの少数のはずだ。


 俺たち、俺とボギーさんと聖女には考える時間があった。少なくとも今知らされた四人よりも時間があったのは事実だ。

 だが、そうそう名案が浮かぶものではない。


 黒色火薬は厄介だが使われる前に見つけて奪うなり爆破するなりで何とかなるだろう。問題は銃と大砲、特に銃だ。

 ボギーさんと視線を交わした後で俺は静かに口を開いた。


「残念ながら有効な対処方法はみつからなかった。索敵できる人員を密に配置して漏れをなくすとか、防弾チョッキ代わりに防御力の高い鎧を装備するとかしかない。最も有効と思われるのが早期発見、早期対処だ」


 まるで癌治療がんちりょうのスローガンのような非常に抽象的な対応策を皆に伝えざるを得なかった。


「まあ、そうだろうな」


「そうですね」


「それしかないですね」


「索敵のできる人たちをピックアップしないとならないわね」


 テリー、黒アリスちゃん、ロビン、白アリと一様に微妙な顔をしながら同意をした。気持ちは分かるがここは大人の対応をして欲しかった。


 こちらも気を取り直してベール城塞都市で考えられるリスクについて改めて確認をする。


「ベール城塞都市に立て篭もっているガザン王国軍の中に転移者が少なくとも一名いる。もしかしたら二名、或いはそれ以上いるかもしれない。一人は銀髪の仲間の最後の一人、もう一人は有刺鉄線から逃げ出したヤツだ――――」


 残る懸案事項である確認済みと未確認の転移者についての対応に始まり、さらには王都の特殊な建築技術や構造と他の地域との違いについて情報交換をした。


 ◇

 ◆

 ◇


 メロディたちの用意してくれたお茶を飲みながら俺たち転移者組の七名は接収してきた帳簿や書物に目を通していた。


 俺は書物から一旦視線を外し、白アリたちからの報告と今後の方針について思いを巡らせる。


 火種――噂話はたっぷりとばら撒いた。

 ラウラ姫のこと、現グランフェルト伯爵のこと、リューブラント侯爵のこと、現ガザン王家のこと、そして周辺領主や他国との繋がりなど諸々……もちろん、誇張や出鱈目がほとんどだ。そのうちの一割でも有効に活きてくれれば良い。


 ラウラ・グランフェルト伯爵、戦乱続きで統治に不満のある民衆が希望を抱くに十分な魅力がある。

 だが、民衆が夢を託し、諸侯が頼るには人脈や経験、戦力といろいろなものが不十分なのも事実だろう。


 しかし、後楯はかつての『王の剣』、国軍司令官であったリューブラント侯爵。

 兵力、財力、人望、人脈といずれも申し分ない。


 さらにカナン王国きっての武闘派領主であるルウェリン辺境伯とその懐刀であるゴート男爵がラウラ・グランフェルト伯爵の後押しをする。

 ラウラ・グランフェルト伯爵を押したてる限りカナン王国との終戦は確実。


 そして、俺たちだ。

 今回のダナン攻略戦の立て役者であり、アーマードスネークを倒した英雄。


 十分だ。勝算はある。

 ベール城塞都市攻略戦に勝利すればあとは雪崩を打って諸侯がラウラ・グランフェルト伯爵とリューブラント侯爵を支持するだろう。


 転生者の子孫である可能性も十分に考えられるが、ガザン王家には滅んでもらおう。

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