第227話 帰路

 ガザン王城と王都にある貴族や大商家の屋敷や蔵を人知れず一通り強奪をし終えた俺たちは、ベルエルス王国との国境付近へ向かっていた白アリたちと合流後に彼女たちがリストにまとめ易いようにリストの下書きを進めた。


 その後、城下にある貴族の屋敷や大商家から資金や物資のみならず、聖女がマリエルをそそのかしメロディを手足として衣類やアクセサリーの類を接収している最中に俺とボギーさんとで手分けをして帳簿や宝物庫にあった書物に目を通す。


 気が付くと幾分か気を取り直したネッツァーさんも帳簿類を見ていた。

 帳簿に書かれている内容にかなりのショックを受けていたようだが、それでも必死に報告書を作成していたあたりはリューブラント侯爵が懐刀として俺たちに張り付かせただけのことはある。


 まだ全部の帳簿や書物に目を通したわけではないが、怪しそうな帳簿と書物の大半にざっと目を通すことは出来た。

 結果は驚くばかりだ。


 塩の製法なんて序の口だ。国家事業として塩の精製の他にかいこの養殖――確か養蚕ようさんとか言うんだったか? それと生糸や絹の製造をしていた。

 さらにこれらを王家独占で北の海を玄関口とした海上貿易を行っている。しかも、この貿易船には羅針盤が搭載されているといったおまけ付だ。


 この異世界、文明の発達具合に比べて紙や本が広く普及していると以前から思っていたが、どうやら原因はこのガザンにあったようである。

 高度な紙の製法が確立されており、魔術を利用した活版印刷まであった。おそらくはこの紙の製法と印刷術が漏洩してこの異世界に広がったものと見て間違いなさそうだ。


 そしてあったよ、火薬。黒色火薬だったのが救いか。幸いというか、銃や大砲の類までは発展・発達していなかった。少なくとも目を通した書物からの情報ではそうだ。

 だが、地球でも文明や文化に大きな影響を与えた中国の四大発明が全て揃っていたことになる。


 そして驚いたことに製錬技術もかなりの発展をみせていた。

 地球の製錬技術と合金の作成技術に魔術を加えることで独自の発展・発達を遂げている。銃や大砲がいつ出て来てもおかしくない技術的なベースがそこにあった。それこそ転移者と技術者が手を組んだら作れそうだ。


 ガザン王家の経済基盤が地球からもたらされた文明とそれらを商品とした海上貿易にあったことが分かっただけでも収穫と考えよう。


 ◇

 

 俺たちが渓谷で野営の準備を始めると夕焼けに照らされた尾根伝いに飛行するワイバーンの群が見えた。

 背中に人が乗っている。あの数のワイバーンを所有する一団など他に居ないだろう。白アリたちだ。向こうもこちらに気付いたようでワイバーンの一団が山肌沿いに緩やかな降下体勢に入るのが見えた。


「こっちですよー。お疲れさまでーす」


「こっち、こっちー」


 こちらへと向かって降下してくるワイバーンの一団を聖女とマリエルが手を振って迎えている。マリエルはともかく聖女はサボっているようにしか見えないのは俺の器の小ささからだろうか……


 メロディに白アリたちのワイバーンが降り立つスペースを用意するように指示をだすと、途中まで用意した野営用のスペースを土魔法を使って拡大する作業に移った。

 その作業の最中、ボギーさんが手を振っていた聖女の襟首を掴んで、こちらも途中まで用意をしていた調理場へと引きずって行くところが目の端に映った。

 マイペースの聖女もボギーさんには頭が上がらない。


 どうやら白アリの到着を待って、調理場を女性陣に引き継ぐつもりのようだ。


 ボギーさんに引きずられていく聖女を見ていると突然後方からメロディの悲鳴が聞こえた。

 振り向けば、ワイバーンに真っ赤な太い尻尾を甘噛みされている。相変わらずワイバーンにからかわれているようだ。まあ、泣き出さなくなっただけ成長したか……夕陽に照らされた両目に光るものが見えたのは忘れてやることにしよう。


 しかし、そこへいくとマリエルもそうだがレーナもすっかりワイバーンになれたな。最初の頃は捕食者と被捕食者とでお互いに妙な緊張感が漂っていたのだが、今ではじゃれ合って遊んでいる。

 変われば変わるものである。


 変わったのはマリエルとレーナだけでなくワイバーン側もか。マリエルとレーナに対しては捕食する素振りどころか真似事すらしなくなった。

 メロディを筆頭にアイリスの娘たちの抱える奴隷の何名かが相変わらずからかわれているのは散見される。


 ワイバーンは間違いなく馬よりも賢いよな。もしかしたらメロディよりも賢いかもしれない……


 ◇

 ◆

 ◇


 太陽はまだ沈みきってはいなかったが、それでも尾根の向こうにその姿はほとんど隠れてしまっていた。そして、時間と共に俺たちの視界から色と輪郭を少しずつ奪っていく。

 そんな中、白アリを中心とした女性陣の手により夕食が次々とテーブルの上に並べられていく。


 鹿肉のソテー。塩コショウを振って味付けをしただけのものじゃあない。あれには下味がついているはずだ。

 鹿肉の煮込みもある。香りで分かる。あれは赤ワインを使って煮込んでいる。

 牛肉のステーキもある。

 マスみたいな魚のムニエル。キノコと野菜、バターがたっぷりと使ってある。

 ワイルドボアの生姜焼き。

 ワイルドボアのカツ丼。

 数種類の野菜や根菜、つみれのような――魚のすり身を団子にしたものが入ったスープ。

 なにやら小さな野菜を切ったものが入ったトロロ。

 川ノリの佃煮。

 炊き立ての白いご飯。柔らかそうなパンもお皿に積みあがっていたがこの際どうでも良い。


 若干、統一性がなかったり、かたよりがあったりという気もするが、どれも俺が好きなものばかりなので何も言うまい。


 メロディの作成した光の魔道具が幾つも並んだ大理石の長テーブルとその上に並べられた幾つもの料理を照らし出す。

 光の魔道具がもたらす明かりは傍らを流れる小川の水面みなもにもわずかに届き、川の流れに揺られるような幻想的で柔らかな反射光を生み出していた。


 明かりに照らし出された料理の数々を眺めながら、白アリたちと合流できたことに対する感謝の気持ちでいっぱいだった。

 横を見るとボギーさんも俺と同様に料理に見入っている。気持ちは一緒のようだ。


 俺もボギーさんも料理はまるっきりダメである。

 そこに行くと幾ら聖女とはいえ女性だけあって料理は出来た。出来るのだがまともに手伝えるのがメロディだけとなると、どうしても手抜き気味になってしまう。


 さすがに俺もボギーさんもそこで聖女を責めるわけにもいかず、出された手抜き料理を黙って食べる日々だった。

 だが今夜、食事事情は大幅に改善された。


 ◇

 ◆

 ◇

 

 一通り食事を終え空腹を満たしたところで、俺の前に座っていたテリーと白アリに向けて話を切り出した。 


「そっちの首尾はどうだった?」


「万事順調だ。接収も予定以上に捗ったしベルエルスの国境警備兵への嫌がらせは、予定以上のことが出来たよ」


 いや、ベルエルスへの工作は嫌がらせじゃあなくって、れっきとした戦略にのっとった作戦なんだけどな。という科白セリフは呑み込む。

 事実、ベルエルス王国への工作といっても子ども騙しのようなもので、嫌がらせの域を出ていないのも事実だ。


 俺はテリーの言葉に黙って耳を傾け、小さくうなずいて先をうながすと資金にまつわる愚痴ぐちに話が移った。


「本当ね、面白いくらい順調に事が運んだわ。現金は全然貯まらなかったけどね」


「まったくだ。今回はお金を手に入れる端からどんどんと使うこと。金貨の大半が俺たちの手を経由するだけだったよ」


 テリーと白アリだけじゃあない。黒アリスちゃんやロビン、アイリスの娘たちまでテリーと白アリの言葉に相槌あいづちを打ちながら一様に残念そうな表情をしていた。


「そうですね、結果として今回手にした現金はほとんど現地でばら撒いて来ましたからね」


「現金収入はなかったけど屋敷や美術品、衣類その他諸々の調度品とかは満足のいくものが手に入ったじゃないの」


 若干不満気な口調の黒アリスちゃんをなだめるように白アリが余禄であるはずの接収した屋敷をはじめとした接収が成功した物資の話題に触れ、書類の束を俺のほうへと押しやった。


 接収した屋敷その他のリストか?

 白アリが差し出した書類の束の中身を想像しながら手に取り中を確認する。案の定というか予想通り接収品のリストだった。


 リストからでは判断できないが接収した屋敷や調度品、美術品などは白アリが上機嫌になるだけの品質だったのだろう。

 意外と言えば意外だ。所詮は国境付近、辺境の地とあなどっていた。辺境伯や国境の要所を任される貴族の屋敷と考えれば上等な品揃えだったのかも知れない。


「嫌がらせも十分にしてきたよ。ベルエルス王国の国境警備隊を部隊ごと拉致して――――」


 国境付近での作戦についてテリーが楽しそうに切り出すと、黒アリスちゃん、白アリ、ロビン、アイリスの娘たちと次々にそれぞれを補足するように話が続いた。


 話の内容は概ね予想通りだった。


 ベルエルス王国の国境警備兵を一中隊丸々拉致してガザン王国へと連れて来る。もちろん、暴れたり余計な情報を入手されたりしないように眠らせてだ。


 従って彼らは、気が付けばガザン王国へ越境しており、盗品が満載された見知らぬ馬車に乗っている事になる。

 そこへ駆けつけるガザン王国の国境警備兵。

 逃げおおせるはずもなく次々とガザン王国の国境警備兵に捕縛されたそうだ。


 利用したのは国境警備兵だけではない。

 盗賊たちにベルエルス王国の国境警備兵の装備を渡して、別の盗賊たちの隠れ家を襲撃させる。


 当然盗賊たちは両国の国境警備兵から追われることになる。ベルエルス王国からは警備兵を襲って装備を盗んだ罪と身分を騙って他国を脅かした罪だ。

 ガザン王国からは盗賊とはいえ、ガザン王国の国民を襲ったベルエルス王国の警備兵として追われる。


 若干の濡れ衣があるような気もするが元々が重犯罪者なので、いまさら一つ二つ罪が増えたところで刑罰に変わりはないので良しとしよう。

 何よりもこれを機会に盗賊たちが捕縛されれば国境付近の村も安心して暮らせるというものである。


 その他諸々、国境付近には火種をあちこちにばら撒いて引掻き回して来ることに成功した。

 ガザン王国側のベルエルス王国へ向けられる視線も変わることだろう。だが真の狙いは違う。同じ同盟国であるドーラ公国から見てのベルエルス王国の信用失墜である。

 

 さすがに今回の工作程度で大きく揺らぐとは思えないがしこりは残るはずだ。今はそれで十分としよう。


 こちらで新たに掴んだ厄介ごとは夕食後に改めて俺たち転移者と水の精霊ウィンディーネだけ集まって話し合うことにした。

 相変わらずの秘密主義ではあるが、アイリスの娘たちも奴隷たちも慣れたもので後片付けを兼ねて席を外してくれた。

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