第75話 侵入

 夜中に陣営を飛び立ち、時速七十キロメートル強の速度で、およそ二時間弱飛行し続けている。


 航続時間はもとより、この飛行速度はワイバーンとしては遅い。

 竜騎士からの情報では、巡航速度で時速百キロメートル、航続時間で四時間毎の休息だそうだ。

 ペガサスとは、比較にならない速度と航続時間だ。改めて航空兵力、移動手段としてのワイバーンの優秀さが分かる。


 ペガサスの飛行速度は巡航で四十キロメートル、航続時間は軍の運用ルールでは一時間毎に休息を入れている。

 はっきり言って、空を飛べること以外は何のメリットも見当たらない。

 もっとも、この世界では空を飛べるという一事だけでも十分なアドバンテージになるのだが。


 今回は俺たちだけでなく、アイリスの娘たちを作戦に加えていることもあり、飛行速度を抑えざるを得なかった。

 足手まといになるのは分かっていたが、人手が欲しい作戦だったことと、終戦後も彼女たちの知識や力を借りる必要があると判断しての先行投資だ。


 はっきり言えば、彼女たちはお客さまだ。

 甘い汁を吸わせるために連れてきている。


 もちろん、この辺りのことは白アリと黒アリスちゃん、テリーには事前に了解を得ている。

 聖女とロビンは気にしなくても良いだろう。

 

 そしてボギーさんだ。

 この作戦にアイリスの娘たちを同行させることを切り出したときに、灰色の瞳で俺のことを凝視しながら、口元を緩めていた。

 まるで、こちらの考えを見透かされたような気がした。


 こちらが事情を話す前に、「なぁに、兄ちゃんのその顔で、そこまで聞ければ十分だ」そう言うと、席を立ち、背を向けた状態で火の着いていない葉巻を振ってみせる。そして、そのまま森の中へと消えていった。

 

 顔に出てたのかな?

 ポーカーフェイスというスキルがあるなら是非とも欲しいものだ。


 まだ暗く、目で見ることができないので、空間感知を使って全員の状態を確認する。

 全員、問題なく飛行をしている。

 アイリスの娘たちも、同乗している奴隷も、多少のぎこちなさはあるものの、こちらも問題はなさそうだ。


 白アリが前回の報酬として、アイリスの娘たちに渡したものは奴隷だった。

 先般の捕虜救出の際に奴隷商人の資産として確保した奴隷の中から、六名の奴隷、一人に付き一人ずつを渡している。


 それ自体は良いのだが、彼女たちがすんなりと奴隷を自分たちの所有物として、受け入れていることにショックを受けた。

 いや、まぁ、考えてみればこの世界としては、奴隷は当たり前のことなので、受け入れるのは当然の流れと言えばそうなのだが。


 しかも、渡した奴隷は、全て若い女性の奴隷だった。

 最初はそう言う趣味なのかとも思ったが、さすがに口にはできなかった。


 しかし、例によってテリーがそのことに触れ、女性陣から罵声と冷たい視線を浴びる結果となった。

 本当に、普段は気が利くのに、こと下半身の話題になると途端に頭が回らなくなる。

 テリーのお陰で、随分と救われているのは間違いないな。


 アイリスの娘たちが、若い女性を選んだのは、単純に労働力としてだ。

 身の回りの世話や雑用はもちろん、重い荷物も容赦なく運ばせていた。

 力仕事なんだから男性の奴隷を使う、と言う発想はないようだ。力が有ろうと無かろうと、奴隷なんだから力仕事をさせる。実にシンプルな考え方である。

 

 さて、間もなく夜が明ける頃か。わずかに白み始めた山脈の尾根に視線を走らせる。

 眼下に感知している山の向こう側へと視線を戻す。グラム城のシルエットすらとらえることができない。


「マリエル、グラム城が見えるか?」


 皮鎧を外側から軽く叩き、皮鎧の中に潜り込んでいるマリエルに用件を伝える。


「見えるよ、大きな建物。周りを城壁で囲まれてる。城壁の周りに水がいっぱいある」


 皮鎧の隙間から顔だけ覗かせている。


 よし、こちらの姿が浮かび上がる前に降りるか。

 グラム城から三キロメートルほどの距離に広がる森へと着陸するよう、全員に合図をだした。


 ◇

 ◆

 ◇

 

 グラム城城下、グラム市への潜入はあっさりと成功した。


 都市を警戒する警備兵がわずかしか見当たらない。

 大門こそ閉じられていたが大門を守る兵は二人だけだった。


 おびき寄せられた? との疑念が持ち上がるほどに、とても戦時中とは思えないようなお粗末な警備である。


 さすがに、大門からの侵入は異常事態の発覚を早める要因となるので避け、都市の外壁越えでの侵入を選択した。

 外壁越えと言っても、忍者のようにロープを使っての肉体労働ではない。


 魔法――空間転移を使って一瞬で越えてきた。

 アイリスの娘たちは空間転移で自分自身が移動するのは初めてのことらしく、侵入というシチュエーションもあってか、かなり興奮をしていた。


 ワイバーンを着地させるのとほぼ同時に雨が降り出してきた。

 今はその雨もかなり強くなっている。

 隠密行動に強い雨と言うのは実にありがたい。


 降りしきる雨の中、路地から城の裏手の城壁を見上げる。

 

「また城壁を越える?」


 対面の壁に寄り掛かるようにして、白アリも城壁を見上げている。


 そうだな、堀はあるがあの程度の幅なら問題はない。

 問題は周囲の市民の方だ。

 

 時間は朝だ。市内では市民が活動を始めている。

 既に何名かの市民に遭遇している。気の毒ではあったが、彼らは黒アリスちゃんの闇魔法で眠ってもらった。


「やるなら早い方が良いぜ。時間が遅くなれば人通りも増える。もし雨が上がれば強行する羽目になるかもな」


 水をたっぷりと吸った重そうなソフト帽子の位置を直しながら、ボギーさんが面倒くさそうな口調で言う。


 確かにその通りだ。

 

「よし、あの馬車が通り過ぎたら全員で走るぞ」


 少し強めの口調で、振り向きざまに伝える。


 真っすぐにこちらを見返し、力強くうなずくのが見えた。


 そのまま、路地に身を潜めて馬車が通り過ぎるのを待つ。

 道路は市内と言うこともあり、整備はされているが土がむき出しとなっている。泥濘ぬかるみに車輪を取られるのを警戒してか、馬車を操る手は慎重だ。

 目の前をゆっくりと馬車が通り過ぎていく。

 門番に気付かれないよう、侵入地点をさがすよりも一般市民の操る馬車が通り過ぎるのを待つほうが緊張する。


 空間感知で調べた限り、地下道の類は見つからなかった。

 大きな都市にある城だが、本当に支城と言った感じで防衛設備なども充実はしていない。


「よしっ! 行くぞっ!」


 俺の号令一下、全員が走り出した。

 

 強い雨の降りしきる中、見た目にも怪しい一団が城壁に向かって走る。

 お互いにとって幸いなことに、目撃者はいない。


 白アリが真っ先に城壁の向こう側へ空間転移をする。これに黒アリスちゃんが続く。それぞれ、アイリスの娘を二人ずつ引き連れての転移だ。さすが、俺に次ぐ空間魔法レベル3だけある。

 白アリの方が転移するのが早かったのは思いっきりの良さからだろう。


 これに続いて、テリーがティナとローザリア、レーナとボギーさんを連れて転移する。

 さらに聖女が単独で転移をする。


 念のため、白アリたちが出現したであろう場所の周囲を空間感知で確認しながら、メロディに転移をうながす。

 メロディがアイリスの娘を二人とロビン、そしてジェロームを連れて転移をした。

 本当に便利だよな、無断借用って。

 メロディの転移を確認し、残りの六名の女性奴隷とマリエルを引き連れて転移をした。


「全員無事よ。周囲も私の空間感知には何も引っ掛からないわ」


 俺の到着と同時に白アリが駆け寄り、小声で伝えてきた。


「ありがとう。俺の感知範囲だと南側からきている巡回の兵をとらえた。予定通りこのまま東へ向かって食糧庫から侵入しよう」


 俺の言葉が終わらぬうちに全員が走り出していた。

 先頭を走るのはジェロームを担いだテリー、最後尾を俺が走る。


 空間感知で食糧庫の様子を探る。何も変化はない。

 先ほどの要領で次々と食糧庫へ向けて転移を開始した。


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        お知らせ

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


本作のコミカライズが決定いたしました。

詳細については追ってお知らせさせて頂きます。


引き続き応援をよろしくお願いいたします。

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