El Vestido De Dama Y El Mosquete ~令嬢ドレスとマスケット銃~
平中なごん
Ⅰ 跡取りのご令嬢 (1)
聖暦1580年代末。遥か海の彼方に未知の大陸〝新天地〟を発見し、世界屈指の大帝国となったエルドラニア……。
そのエルドラニアが最初に入植した〝エルドラーニャ島〟の北方に浮かぶ小島〝トリニティーガー〟には、支配層のエルドラニア人に追いやられたアングラント王国やフランクル王国などの出身者がいつの頃からか住みつき始め、今やエルドラニアですらも手出しができぬ海賊達の巣窟と化していた。
そんなトリニィーガー島の、よく晴れたある日の朝の出来事である……。
「――はぁ……今日もいいお天気ですわあ」
白く塗られた観音開きの窓を大きく開き、少女は感嘆の吐息を吐くと、うっとりとした眼差しで独りその絶景に呟く。
二階にあるその自室からは、椰子の木が並ぶ真っ白な砂浜の向こう側、穏やかな
その南洋の景色を
「小鳥さん、おはようございます……天にまします我らが神よ。今日も一日、生きとし生けるものに祝福のあらんことを……」
そして、ピチチ…と歌声を披露しながら飛んでゆく極彩色のインコ達に朝の挨拶を口にし、窓辺で暖かな朝日の光を浴びながら、寝巻き姿の彼女は手を胸の前に組んで天に祈りを捧げる。
「おはようございます。フォンテーヌお嬢さま。お支度のお手伝いに参りました」
と、そこへ、コン! コン! コン! とドアを叩く軽快なノック音が響き渡り、部屋の入り口のドアの向こうからそんな女性の声が聞こえてくる。
「はーい! お入りになって」
その声に金色の髪をなびかせながら、くるりと振り返ってフォンテーヌが答えると、髪をアップにして眼鏡をかけた、暗いエンジのドレスの女性が入ってきた。
その、整った顔立ちだがややツンとした感じを受けるクールビューティーはマユリィ・サンドルジュ。フォンテーヌの世話係兼教育係的な使用人である。
「――お嬢さま、お上品で良いとは思いますが、やはりお立場を考えますと、もう少し当家の家風にあったお召し物になさった方が……」
いつものように寝巻きを脱ぎ、姿見の前に立ったフォンテーヌの色白な身体に、コール(※コルセットの原型)を巻いてその背中の紐を締めながら、マユリィはおそるおそる苦言を呈する。
「あら、
だが、フォンテーヌはどこ吹く風という朗らかな笑みを鏡面に映して、その鏡越しに前を向いたままそう答える。
「それはまあ、そうなのですが……」
「はうっ…!」
そう言われては返す言葉もなく、困惑の表情を浮かべるマユリィであったが、その時、コールを締めすぎたのか? フォンテーヌが眉をしかめて可愛らしい悲鳴を小さくあげた。
「ハッ! も、申し訳ありません! 苦しかったですか!?」
「いえ、大丈夫ですわ。あなたはわたくしのためにしてくださっているんですもの、このくらいのこと、きっと堪えてみせますわ」
それを見て、慌てて謝る血相を変えたマユリィに、やはりフォンテーヌは微笑みを湛えたまま、健気にもコールの息苦しさを堪えながらそう宣言をする。
「お嬢さま……」
その鏡に映るなんとも癒される笑顔と温かな心遣いに、マユリィは思わず頬をピンク色に染めると、ぽー…っと天にも登る心持ちになってしまう。
無理もない。天使が如き彼女の笑顔と優しさに触れた者は皆、誰彼かまわずこうなってしまう……これもまた、いつものことである。
「……? マユリィ? 如何なさったのですか?」
作業の手を止め、夢見心地で佇むマユリィに、怪訝な顔で小首を傾げるとフォンテーヌは鏡越しに尋ねる。
「……ハッ! あ、あああ、す、すみません! さ、早くお支度をして下へ参りましょう。朝食が冷めてしまいます」
その声で我に返ったマユリィは、再び慌てて頭を下げると、彼女の着替えの手伝いを急いだ――。
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