波乱一つなく、完成だ!

「まず最初に野菜から切るんだったよな? 肉の後にやると食中毒の元になるって、ずぼラブリーがケツを引っ叩かれながら注意されてたの、知ってるぞ」


「おっ! 獅子堂先輩、この番組を見ててくれたんですね!?」


「かわいい後輩の晴れ舞台だからな。一応、これまでの放送は全部見させてもらってるよ」


 愛鈴のゲスト回にて、肉を野菜の前に切るなという彼女が尻の痛みと引き換えにして教訓を得る様を見ていたマコトが早速それを活かしてみせる。

 好物の肉よりも先にネギを手にした彼女は、それをまな板の上に置くと、枢の指示通りにそれをカットしていった。


「ネギは普通に三センチくらいに切っていってください。大体、人差し指の第二関節くらいの長さです」


「オーケー。それだったら初心者のアタシでもできそうだ」


 左手を緩く握ったネコの手を作りながら、言われた通りにネギを切るマコト。

 しし座の彼女がネコの手を作っていることにちょっとした面白さを感じる枢の前で、彼女は見事な包丁さばきを披露していく。


「普通に上手じゃないですか。獅子堂先輩、センスありますよ」


「ははっ! ありがとな。でもまあ、このくらいは誰だってできるだろ?」


「愛鈴はできません。あと、しゃぼん義母さんもきっとできないと思います」


「……自分で言っておいてなんだけど、乙女の奴も多分できないな」


 実際にこの目で見た壊滅的な料理スキルの持ち主と、それに引けを取らないであろう人物たちの名前を出した二人の顔がわかりやすく暗くなった。

 マコトがそこそこ料理上手なのも理由ではあるが、彼女たちとの才能の差を考えると本当にあの三人って人間なのかな……? とスタッフも含めたスタジオの全員が思う中、ネギを切り終えたマコトが口を開く。


「よし、これで終わりだな。んで、鶏肉はどうするんだ? この状態のまま調理するって言ってたけど、何もしないでいいのか?」


「いえ、筋切りをしてもらいます。大体この、肉の中心から左とちょい下の部分に白い筋があるんですよ。これを取るといい感じの仕上がりになるんで、今回はそれをやってみてください。他にも下処理はいっぱいあるんですけど、今日はこれを勉強するってことで」


 鶏肉についている白い筋を指差しながら、その内の一つを包丁で削ぐようにして切り取った枢がマコトへと言う。

 こちらは普通に切るのではなく、ちょっと特殊な包丁の使い方をしているために多少苦戦はしたものの、マコトもお手本に倣って無事に筋を取ることができたようだ。


「お~、思ったより綺麗にできた。珍しく緊張したわ」


「上手いっすよ、先輩。筋は肉の中に埋まってる時があるんで、その場合は軽く切れ目を入れて取るといいです。女性が好きなササミなんかは筋を取らないとかなり邪魔になるんで、取っといた方がいいと思いますよ」


 食べれないことはないんですけどね、と一応の補足をする枢。

 ただまあ、取った方が料理の出来もいいものになることは間違いないと更に付け加えた彼は、油を敷いたフライパンを火にかけながらマコトへと筋取りをしたばかりの鶏肉とカットしたネギを乗せたバットをその傍に持ってきてもらうと、本格的な調理に取り掛かった。


「まず先に、鶏肉を乗せてください。皮目を下にしてくださいね。あと、火は中火でお願いします」


「オーケー、オーケー。中火で熱したフライパンの上に、皮を下にして鶏肉を入れる……こうだな?」


 言われた通り、温まったフライパンへと鶏肉を置くマコト。

 指示通りに問題なく生徒が動いてくれることに感動しながら、枢は彼女にフライ返しを渡す。


「そうしたら、暫くこれで肉を抑えながら焼き続けてください。そんなぎゅ~っと押し付ける必要はないんで、軽く押す感じでやってください」


「お~! 皮がパリパリになりそうな焼き方だな! ……っていうかあれだな。厳つい見た目してるアタシたちがこういうことすると、なんか拷問してるみたいになるな」


「……奴隷の背中に焼き印を押してる、みたいな感じですか?」


「あ~! それそれ!! オラ、鶏肉! 焼き入れてやるから大人しくしときな!!」


「ははっ! 今度、マフィア衣装でも作ってみますか? 左右田先輩に頼んで、それ用の台本も作ってもらったりするのも面白そうですよね」


 ジュゥゥゥゥ……という肉が焼ける音を聞き、香ばしい匂いを嗅ぎながら枢とマコトが話し合う。

 確かにこの二人が黒スーツを着たら、見た目的にはマフィアかもしれないなとスタッフたちが思う中、枢は肉に焼きを入れていたマコトへと次なる指示を出した。


「オーケー。大体三分くらい経ったら、キッチンペーパーで出た油を拭き取ってください。で、鶏肉をひっくり返して、切ったネギも入れたら、また三分くらい焼いて、肉に火を通しましょう」


「了解だ、肉をひっくり返して……っと。おお、いい感じに焼き色が付いてる。アタシの教育の賜物だな」


「……なんか言い方がマズい気がするんで、ここまでにしません? 嫌な予感がするんだよなぁ……!」


 じっくりと焼いた鶏肉の皮に綺麗な茶色の焦げ目がついていることを見て取ったマコトが嬉しそうに言う。

 それはいいのだが、発言の内容が若干不穏なことを気にする零が微妙に怯える中、肉を両面焼きして火を通したマコトが彼へと指示を求めた。


「いいんじゃないか? それで、この後はどうすればいい?」


「混ぜ合わせたタレを投入しちゃってください! 強火で煮詰めて、汁が飛んだら火から下ろす感じでお願いします!」


 言われるがまま、最初に作った照り焼きのタレを投入するマコト。

 火にかけられたタレが甘じょっぱいいい匂いを醸し出し、それが段々と鶏肉に絡み、艶っぽい光沢を作り出していく様子を見た枢は、いい感じに照りが入ったところで火を止め、鶏肉をまな板の上へと取り出した。


「いいっすね~! じゃあ最後に、食べやすい大きさに切ってください。熱いんで気を付けてくださいね?」


「任せろ。この時期に肉を触って火傷したとか、笑い話にもならないからな」


 丁寧に、注意しながら、マコトが焼き上がった鶏肉に包丁を入れていく。

 本当にすんなりと、問題一つ起こさずに全ての調理工程を終えた彼女は、切り終えた鶏肉とネギを皿の上に盛り付けると、心配そうに枢へと尋ねる。


「……なあ、これでいいのか? なんか、波乱もなく終わっちゃったけど……?」


「いいんです! もうこれが最高なんです! 愛鈴の回みたいなのが特殊なんです! さあさ、席についてください! 料理が冷めない内に食べちゃいましょう! ご飯と味噌汁も用意してあるんで、先輩が作った鶏の照り焼きを存分に堪能しましょう!!」


 盛り上がり的にどうなんだというマコトの不安を力強く払拭した枢が彼女をテーブルへと促す。

 本当に問題なく調理を終えてくれた彼女に枢が感謝する姿を映した後、場面は二人が作った料理を食べるシーンへと飛んでいった。

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