気付けなかったことへの、後悔

「そ、そんなことないですよ。狩栖さんが凹む必要なんて、どこにも――」


 自分を卑下する優人をフォローしようとした伊織であったが、他ならぬ彼が首を振ってその言葉を遮った。

 顔を上げた彼は、視線をやや下に向けながら悔しそうな声で言う。


「阿久津くんも秤屋さんも、まだ二人と出会って間もない。少なくとも僕の方が君たちとは付き合いが長いはずだし、話もしていたはずだ。それなのに……僕は轟さんと臼井さんが抱えているものや隠していることに気付けなかった。情けないよ、本当に」


「……狩栖さんは、私たちが起こした騒動への対策を講じてくださっていました。それも、ご自身も炎上に巻き込まれた状態で、です。一歩引いた位置で私たちのことを見守ってくださっていた先輩たちとは視点も状況も違うわけですから、気付かなかったとしてもおかしくないと、私は思います」


「いいや、違うさ。僕は気が付かなくちゃいけなかったんだ。前世で失敗して、それを反省して、今度こそ同期と向き合って、正しく信頼関係を構築すると決めたはずだった。でも……また僕は、それができていなかった。今回の騒動でも、僕は二人よりも別の方向を見てしまっていたんだよ」


 【トランプキングダム】では同期と向き合わなかったことで事務所の崩壊を招き、沢山の人たちに被害を及ぼす騒動を引き起こしてしまった。

 その状況を招くだけの過去があったとはいえ、どこかでわだかまりを解消するために同期たちと向き合っていたら、彼らが手を染めていた悪事にも気付けたかもしれないし、そもそも同期が欲望のままに動くこともなかったかもしれない。


 その失敗を反省し、今度こそそうならないようにしようと決めたはずだった。同期と向き合って、信頼関係を結ぶんだと誓ったはずだった。

 しかし、自分はまた同期たちのことを見ていなかったのだと、二人から事件の真相を聞かされた優人はその事実を受け止めると共に自分の情けなさに気付き、呻く。


「騒動の解決や事態の鎮静化なんて、事務所に任せるべきだったんだ。僕がまずすべきだったのは、動揺している轟さんと臼井さんを気遣うことだった。騒動に際して、僕が目を向けていたのは……二人じゃなくて、燃えている炎の方だったんだ。自分に視線を向けない奴のことを信用できる人間なんていない。同期の信頼を勝ち取れなかったのも、当たり前だよ」


「か、狩栖さんが私たちのことを想って、事態の対応策を講じてくださったことはわかってます! 狩栖さんは、私たちのことを見てなかったわけじゃないことも、わかってますから!」


「ありがとう。でも……僕は最初から、二人よりも別の人間たちのことを見てたような気がする。この場所に戻ってくることばかりを考えていたんじゃないかなって、今は思うんだ。それに――」


 ライル・レッドハートとして引退する際に交わした約束、必ずこの場所に戻ってくる……その約束は優人の心の支えになっていたし、こうしてVtuber界隈に戻ってこれたのもその約束のお陰だ。

 だが、それ故にその約束を交わした相手を同期より優先していたのかもしれないと、こうして自分の行動を振り返ってみるとそう思ってしまう。


 それに……言葉には出さなかったが、自分はどこかで信頼した相手に裏切られることを怖がっているのかもしれない。

 【トランプキングダム】でかわいがり、信頼していた後輩である古屋恋に裏切られたあのショックが、完全に抜けきっていないのかもしれなくて……そのせいで知らず知らずのうちに同期でありながらもVtuberとしては後輩である紫音と伊織から目を背けていたのかもしれないと、そう思った。


「情けないよ、本当に。この事務所では僕の方が後輩だけど、Vtuberとしての活動期間で考えると僕の方が阿久津くんや秤屋さんより先輩だ。それに、阿久津くんに至っては僕より年下の男の子で……そんな二人に僕がすべきだったことを代わりにしてもらったってことにも、申し訳なさを感じる」


 昔のように、なんでもかんでも自分がやろうという抱え込み体質とでもいうべき性格は澪のお陰で多少は改善された。

 しかし、同期のメンタルケアやフォローといった、本来自分が果たすべきだった役目を零たちに任せてしまったことには申し訳なさが募る。


 一目でわかるくらいに本気で凹んでいる優人の姿を目の当たりにした紫音と伊織は、これまで完璧超人としての彼しか見ていなかったが故の驚きを抱くと共に、ついその思いを言葉にしてしまった。


「……狩栖さんも凹むことってあるんですね。すごく、意外です」


「し、紫音ちゃん!!」


 ぽろりと本音をこぼしてしまった紫音に対して、顔を青くした伊織が叫ぶ。

 しまった、と自身の悪癖が発露してしまったことと、今の心無い発言のせいで優人が傷付いてしまったであろうことに大いに焦る紫音であったが、彼は小さく噴き出すと逆に明るい口調でこう問いかけてきた。


「そんなに意外だったかな? 僕がこんなふうに凹むのって?」


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