冬の大三角は、少しずつ近付く
「えっと……」
「大丈夫だよ、怒っても傷付いてもないからさ。むしろ、自分の印象について聞きたいと思ってたところだし、ちょうどいい機会なんだ。良ければ教えてほしいな」
戸惑う紫音に対して優人がそう付け加えた上で先の質問の答えを促せば、彼女は若干迷った後でこくりと頷いてみせた。
その答えに苦笑を浮かべながら、優人は自嘲気味にこう呟く。
「やっぱりそうか……あれかな? 僕ってやっぱり、人間味のない奴だと思われてる?」
「そういうわけではない、と思います。どんな時でも冷静で、問題に対して的確な対処をして、あまり感情を表に出さないように努めている方だと、そんな印象を抱いていたので……」
その評価を大雑把にいってしまえば優人の言った通りの人間味がない奴になってしまうのだろうが、彼は敢えてそれをツッコんだりしなかった。
紫音には悪気はないし、彼女には彼女なりの考えがあって、決して優人のことをマシンや何かだとは思っていないのだろうとわかっていたからだ。
そこから二の句が継げないでいる紫音をフォローするように、伊織もまた優人に対する自身の印象を彼へと伝え始める。
「私は……狩栖さんはすごく有能で、私たちなんかよりずっとすごい人だと思ってましたし、今もそう思っています。いつでもしっかりしていて、悩みとか劣等感とは無縁の人なんだろうなって思っていたから、そうやって自分のことを情けないって言う姿は意外でもありました」
「あはは、そうかなぁ? 僕は有能でもなんでもないよ。もしそうだったとしたら、前に所属していた事務所を立て直せてたはずだしね。いつでも悩んでるし、迷ってる。僕はそれを必死に取り繕って隠してるだけの、弱い人間だ」
その言葉には嘘はないのだろう。優人は自分自身が強い人間だともすごい人間だとも思ったことはない。今も昔も、無力感に苛まれ続けている。
自分がすごければ澪と離れ離れになることもなかった。【トランプキングダム】を崩壊させることもなかったし、今も同期二人のことを救うことができたはずだと、常に自分のできなかったことばかりに目を向ける、普通の人間だ。
そういった弱い部分を表に出さないメンタルの強さもある、技術も知識も持っている。だが、だからといって彼が万能で完璧な人間というわけではないのだ。
そんな優人の姿を目の当たりにした伊織は、暫し押し黙った後で俯きながらこんな話を始める。
「……前職に就いていた頃、私は本当にダメダメで……沢山の人たちに迷惑をかけていました。上司からも馬鹿にされて、セクハラも受けて、新人の方がまだ使えるぞって毎日毎日言われ続けて、その子たちにも色々言われて……心のどこかで、年下の男性ですごく仕事ができる狩栖さんにコンプレックスを抱いてたんだと思います。言い訳にも何もならないけど、私だって狩栖さんのことをきちんと見ていなかったんです。あなただけが、同期のことを見ていなかったわけじゃない。私だって同罪です」
「二人のことをきちんと見ていなかったという部分では、私も同じです。今みたいに思ったことをすぐに口に出して、相手のことも考えずに行動していましたから。そのくせ、自分のことは上手くはぐらかして、煙に巻いて、本心を悟らせないようにする。こんな怖がりの子犬のことを理解しろっていう方が無茶で、狩栖さんは悪くありませんよ」
優人は自分たちのことを見ていなかったと言ったが、そんなことはないと二人は思っている。
どちらかといえば、自分たちが彼の視線から逃れていた気がしてならない。
優人の有能さにコンプレックスを抱いて、彼に頼ろうとしなかったのは自分の責任であると伊織は思った。
紫音もまた、相手の気持ちを考えずに行動し、自分の本音を曝け出すことを恐れて逃げ回っていたことを反省している。
優人が一人で責任を感じる必要はない。それを言うならば自分たちだって同罪だし、責任がある。
そのことを彼へと伝えた二人に対して、優人は僅かに笑みを浮かべながら口を開いた。
「じゃあさ……今度こそ、本当の意味で同期になろうか? ただの仕事仲間ってだけじゃなくて、同じタイミングで同じ事務所に入った人間同士ってわけじゃなくって……お互いに協力して、自分たちの夢を叶えるために手を取り合える友達になってみたいって、僕は思うよ」
「お互いに協力して、夢を叶える……」
「仕事仲間で終わらない、本当の意味での同期、友達……」
優人のその言葉は、伊織と紫音の脳裏に昨日の先輩との会話を思い出させた。
自分はすごくなんかないと、同期が寄り添ってくれたから今の自分があると、天は言っていた。
自分は一人で戦っているわけではなく、零たちと手を取り合って前に進んでいるのだと、そんな彼女の言葉を思い出した伊織が小さく息を飲む。
自分たちは本当の意味での友達に、それ以上の絆を持つ家族になれると零は言ってくれた。
そのために必要な自分の全てを曝け出す時は今なのだろうと、彼の言っていた言葉の意味を真に理解した紫音もまた、息を飲むと共に顔を上げる。
今までが悪かったわけではない。これまで三人で過ごしてきた時間が無駄だったわけでもない。
ただ、そこから一歩前に進む時がきたのだと……そのことを理解した紫音が、まず口を開いた。
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