てんびん座、語る

「私、本当に何をやってもダメだなぁ……今も昔も周りの人たちに迷惑かけてばっかりで、嫌になっちゃいます……」


「な~に~? 酒が入ってから泣くまで早過ぎるでしょ~? もしかして泣き上戸か~?」


 ビールを飲んだ伊織の第一声を聞いた天がどこか能天気な声でそう応える。

 愚痴のような、泣き言のような……心の内に抱えていた薄暗い感情を吐露した伊織は、ビール缶を傾けながら堰を切ったように悲しみと情けなさを吐き出していった。


「前職の頃からこんなのばっかりで、誰かにフォローしてもらいっぱなしで……Vtuberとしてデビューするんだから、そんな情けない自分を卒業しなくちゃって思ってたのに、結局は何も変わらなくって、ダメダメなままで……本当に涙が出ますよ……」


「あんたね~、そんなんじゃダメよ~! 誰かの心を明るくするのが夢なんでしょ~? だったらまずは自分自身が明るく笑顔でいなくちゃ! 笑いなさいよ、ほら! 笑え!!」


 ややテンションが迷子状態な天に脅され気味にそう言われた伊織が半泣きの顔を歪めて笑顔もどきの表情を浮かべる。

 しかし、すぐに首を振って元の泣き顔に戻ってしまった彼女は、俯きながらぼそりと呟いた。


「……やっぱりダメです。どうしたって、上手くできません。本当に自分が情けないです……」


「……まあ、気持ちはわかるわよ。炎上するわ、同期との不仲説が出るわ、自分一人だけ周囲から置いてきぼりになるわ……そんな感じで色々と嫌なことが重なると、どうしたって気が滅入っちゃうわよね。全部経験があるから本気でわかる」


 私はそこに裏垢への誤爆もプラスしてるけど、とどこか他人事のように自分が経験した出来事を語りながら伊織の気持ちに理解を示す天。

 そんな彼女の言葉にも伊織は反応を示さずに俯いたままでいるが、構わずに天は話を続ける。


「人生の転機、ここで私は生まれ変わるんだ! ……って意気込んで、曲がりなりにもいい感じにデビューして、活動を続けて……ふと気が付いたら壁にぶち当たってた。色々悩んで、試行錯誤しても上手くいかなくて、焦ってる間に周りの連中、それも年下の子たちはどんどん先に進んで行っちゃってさ、そのせいでもっと焦っちゃうのよね。……で、結局自分は変われないのかって、空回りしてばっかりなのかって、落ち込み過ぎて自己嫌悪に陥る。その気持ち全部わかるわよ」


 プルタブを押し開け、二本目のビールを飲みながらの天の言葉は、これまでと違ってどこかしんみりとした雰囲気があった。

 ふぅ、とため息を吐いた彼女は伊織の方を見ないまま、過去の自分への呆れを滲ませる声で語りを続ける。


「……焦って悩んで戸惑って、周りの人たちから心配されても不満とか悩みを誰にも打ち明けられなくって、馬鹿みたいに泣き叫んだ結果があの大炎上。本気で寄り添おうとしてくれた同期が倒れるきっかけも作って、事務所にも迷惑をかけることになって……あの時は本当に死ぬほど情けなかったなって今でも思う。自分自身が嫌で嫌で仕方がなかった」


「……それでも、秤屋先輩は立ち上がってみせたじゃないですか。それからも頑張って、今の地位を作り上げた。強い人だと思います。私は、そんなあなたの姿に憧れたんです」


「強くなんかないよ、私は。自分で立ち上がったんじゃなくって、同期が手を差し伸べてくれたから今の私があるの。ぶっ倒れても、思うところがあっても、気まずくっても……それでもみんな、こんな私に寄り添ってくれた。それで立ち上がれなかったら……本当に情けなさ過ぎるじゃない」


 伊織の言葉に対する謙遜は、天の本音でもあった。

 こんな情けない自分に手を差し伸べてくれた同期たちの温かさを心の底から感謝している彼女は、そのまま続けて気落ちしている後輩へと言う。


「……同期たちの中で自分が一番年上なんだからって気負う気持ちも、年下の子たちに尻拭いしてもらって凹む気持ちもわかる。でも、同期ってそういうものなんだから、それでいいのよ。いつか二人が何かやらかした時、今度はあんたが手を差し伸べてあげられるようになればそれでいいの」


「………」


 今の言葉は、自分たちが炎上した時に優人が言っていたのと全く同じだ。

 同期とは助け合うもので、今回は伊織と紫音が炎上してしまったが、もし次に優人が燃えた時には二人に助けてもらいたいと……そう言っていた彼のことを思い出しながらも、伊織は左右に首を振って口を開く。


「……励ましのお言葉、本当にありがとうございます。でも、私は――」


「年下の子に庇われて、負うべき責任を代わりに背負わせてる自分自身が情けなくって仕方がない……ってとこ?」


「えっ……?」


 その言葉に思わず顔を上げた伊織が、こちらへと視線を向ける天の顔を見る。

 全てを見透かしたようなその表情に息を飲んだ伊織は、無言のままこちらを見つめる彼女へと観念したような口調で言う。


「……誰かから話を聞いたんですか? それとも――」


「普通に気付くわよ。まあ、騙されたまんまの奴もいるけどね」


 はぁ、と小さくため息を吐く。

 そうしてから伊織の方を改めて向いた天が、彼女へと確認するようにこう言った。


「……二人だけのコラボ配信を企画して、提案したのは……本当は紫音じゃなくて、あんたなんでしょ?」

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