後輩のために、動き出そう

「どう考えてもマズいっすよね。一人で負債を背負っちゃってる感じだ」


「そうね。言っちゃなんだけど、貧乏くじを引いた感がすごいわ」


 元々が本人の迂闊な行動が原因だったとはいえ、この状況は伊織にとって厳し過ぎる。

 自分一人だけが落ちていく感覚というのは恐ろしいものだと、共に同期たちに置いてきぼりにされた経験がある零と天はその苦しみを知っているからこその心配を彼女に向けていた。


「……どうにかしてあげるべき、ですよね?」


「この状況で動かなきゃ先輩じゃあないでしょ。と言うより、この私たち以上の適任なんていなくない?」


 間違いない、と苦笑しながら天の意見に同意する零。

 炎上に慣れていて、同期との関係に悩んだ経験がある二人だからこそ、伊織にしてあげられることがあるはずだ。


 しかし……問題は彼女一人が抱えているわけではない。

 そして、その伊織が抱えている問題に関しても、そう単純な話ではなかった。


「……念のために聞いておくけど、あんたもわよね?」


「ええ、まあ。確証があるわけじゃあないですけど、これでなんで」


「ならいいわ。それじゃあまあ、順当に振り分けますか」


 何か意味深な会話を交わした後、軽い口調でお互いの役目を分配していく零と天は、それぞれがどちらの後輩のケアを担当するかを話し始める。

 とは言っても、ほとんどそれも決まっているので、話し合いというほどのことをする様子ではなかった。


「さっきも話したけど、狩栖さんに関しては心配ないと思うからノータッチでいきましょう。最悪、須藤先輩がなんとかしてくれるでしょ」


「そっすね。んじゃ、秤屋さんは臼井さんのことをよろしくお願いします。憧れの先輩として、しっかり話を聞いた上で励ましてあげてくださいよ」


「うっさいわねぇ。地味にプレッシャーをかけるんじゃないわよ……!」


 今現在、伊織は一人部屋に引きこもって塞ぎ込んでいる状態だ。

 その殻を強引にこじ開けられる人間がいるとしたら……それは彼女が憧れている存在である天以外にいない。


 自分の失敗で同期に迷惑をかけてしまったこと、同期たちの中で一番の不人気タレントの烙印を捺されてしまったこと、その両方共に天には経験がある。

 だからこそ、今の伊織の気持ちに共感すると共に、彼女に前を向かせることができるはずだと……そう信じる零に対して、天が言う。


「んで、あんたはこいぬ座の子を担当するってわけね。ああいう不思議な子は一筋縄じゃいかないわよ?」


「わかってますよ。でも……だからこそ、轟さんのことをよく知るべきだと思うんです。断片的ですけど、あの人が何を考えているかは何となく理解できます。その上で、俺は轟さんが何をどう思っているのかを知りたい。それに――」


「……それに?」


「……いえ、これは大したことじゃあないんで、忘れてください」


 何よそれ、という天の不満を聞き流しつつ、零は紫音のことを思う。

 自分の考えが正しければ、彼女は……ただの天然や不思議ちゃんというわけではないはずだ。


 彼女の行動を一つ一つを振り返っていくと、見えてくるものがある。

 それが意味するものはなんなのか? 零にはわずかではあるがその答えらしきものが見えていた。


 紫音とはしっかり話をするべきだ。彼女の考えていること、抱えているものを彼女の口から聞かせてもらわなくてはならない。

 それに……そう考えているのは自分だけではないようで、紫音と話がしたいという要望を出している者もいる。

 その人物も加えて、自分の考えや想いを彼女に伝えるべきだと考えた零は、静かに息を吐くと天へと言った。


「……今、すぐには動けないですけど、早めに動かなきゃいけないことですよね。お互い、準備が整ったら始めましょうか」


「そうね……一年前、Vtuberとしてデビューした時には後輩のことでこんなに悩む日がくるだなんて思いもしなかったわ。なんか、妙な気分」


「いいことじゃないですか。自分のことのように他人の悩みや苦しみを共有できるようになったってことなんですから」


「……そうかもね。こんな私のことを尊敬してくれる後輩ができたってことも踏まえて考えると、素晴らしいことかもね~」


 少しおどけたようにそう言った後、気恥ずかしそうに咳払いをする天。

 慣れていないことをしたせいか照れているんだろうなと思いながら、零は彼女へと言う。


「任せましたよ、秤屋さん。臼井さんをどうにかできるのはあなただけなんですから、気合入れてくださいね?」


「だから、地味にプレッシャーかけんじゃないわよ! ったく、どいつもこいつも……!!」


 責任は重大。下手をすればアニメの主役として演技をすることになったのと同じかそれ以上の重圧を感じる天が、PCの前で顔をバシバシと叩く。

 零に言われた通りに気合を入れた彼女は、ふぅと息を吐いてから堂々と言ってのけた。


「わかったわよ、やってやろうじゃない。私が頼りになる先輩だってところを見せてやるわよ!」

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