リスクもあるけど、祝いたい

「できるわけないだろうが! もう一年もこの状況が続いたら、流石の私もメンタルが崩壊するぞ!!」


「人んちにやって来て、飯食いながら唐突に叫ばないでくれませんかね? あと、本人たちを目の前にしながらそういう話をしないでもらえません?」


 というわけで夜、零の家にやって来た薫子は優人と澪からの報告を彼へと伝えると共に、妙なことを叫んでいた。

 この場には有栖も同席しており、件の会話の内容に苦笑を浮かべている。


 本日の晩御飯ことバターチキンカレーをバクバクと食べる薫子の姿はやけ食いをしているようにしか見えなくて、零は深いため息を吐いてから彼女へと忠告じみた言葉を投げかけた。


「薫子さん、気持ちはわかりますけどめでたいことなんですから嫉妬は良くないですよ、マジで」


「だ~れが嫉妬してるってぇ!? そこまで落ちぶれちゃいないっての! っていうかお前ら二人のイチャつきを胃を痛めながら見守ってる私が今さら嫉妬なんかするわけないだろうが!」


「い、イチャつき……別にそんなんじゃないですよ……」


「さらっと男の家に上がり込んで夕食を世話になってる時点で距離感がおかしいんだって! お前らのそれはもう同棲カップルの域に到達してるんだって!」


「夕食のお裾分けなんてご近所さんなら誰でもやるじゃないですか。轟さんも結構な頻度で丼持ってねだりに来ますよ?」


「それとこれとはシチュエーションが違う! っていうか紫音は最終手段を乱用し過ぎだ! 次に会った時に注意してやる!!」


 祝福はしているのだろうがそれはそれとして別のベクトルで怒っているであろう薫子へと、苦笑を向ける零と有栖。

 このままこの話題を続けるのは危険だと判断した二人は、とりあえず適当に話を流すべく会話を始める。


「でも本当に良かったよね、狩栖さんと須藤先輩がお付き合いすることになってさ」


「そうだね。長い間、離れ離れになってた二人だけど、お互いに両想いだったわけだし……これで収まるところに収まったみたいな雰囲気があるよ」


「狩栖くんを採用した時からそうなるだろうなとは思ってたしね。むしろ、これでモチベーションが上がってくれるなら万々歳ではあるんだが……」


 薫子が、というちょっと意味深な言葉を口にした理由は零たちにもわかっている。

 Vtuberとはいえ、タレントとして活動している人間が恋人を作るというのはリスクがあるし、それが同じ事務所の同僚ならば危険度は更に増すわけだ。


 付き合っている間は火種が常に存在していることになるわけだし、上手くいっている間はいいが喧嘩なんかしたらモチベーションが下がる可能性もある。

 タレントにとって恋愛というのはリスクにしかならないと言う人間もいる通り、優人と澪の交際は零たちにとってはめでたいことではあるが、危険な爆弾でもあるのだ。


「でもまあ、なかなかバレることなんてないと思いますよ? 付き合ってるのがバレる=魂の情報が知れ渡る、みたいな感じですし……」


「私もあの二人がそんなヘマするとは思ってないけどね。リスクはリスクとして考えておくべきだろう?」


「でも、上手くいけばみたいにファンのみんなに受け入れてもらえる可能性もあるんじゃないですか?」


「その可能性もある。だが、そういう男女の関係が火種になることはお前たちも身を以て理解しているだろう?」


 Vtuber同士のCPというのはてぇてぇを生み出すものとして多くのファンたちから歓迎されてはいるが、逆にそれが地雷だというファンも少なからず存在している。

 逆にCPを応援し過ぎる厄介ファンもいれば、推しに異性と関わってほしくないガチ恋勢というのもいるわけで、そういった面倒なファンたちのせいで零も有栖も地味にダメージを受けたことはあった。


「……それでも俺は、あの二人のことを祝福しますし、応援もしますよ。本人たちが幸せなら、それでいいじゃないですか」


「零くん……」


 ただやはり、そういった事情を加味しても優人と澪のこれまでを知っている零からすれば、二人の交際を咎めたり危険だと思いたくはなかった。

 素直に二人のことを祝福したいという彼の言葉に、薫子は小さく笑みをこぼしながら口を開く。


「まあ、そうだね。それが一番さ。あの二人ならファンたちにああだこうだと言われるような事態は作らないだろうし、そもそもその可能性もそうなってから考えればいいだけの話だものね」


 今は三期生もデビューしたばかり。二人の交際を抜きにしても、不安定な要素は山ほどある。

 だったら今はそのことで悩むよりも素直に祝福した方がいいだろうと、そう結論付けた薫子はこう言葉を続けた。


「三期生同士のコラボに関してもきっちり打ち合わせをして、話をしてくれてる。決して優等生揃いとは言えないだろうが……三人とも十分によくやってくれてるよ」


「少なくとも、私たちの時よりはずっとマシですよね。同期でコラボするのに何か月もかかっちゃいましたし」


「そうそう! どこぞの大炎上野郎と違ってチャンネル登録者もすごいペースで伸びてるし、問題ないって!」


 自虐的なネタを明るく話して笑いを取った零に釣られて、有栖と薫子もついつい噴き出してしまう。

 今は不安がっても仕方がない。喜ばしいニュースが沢山あるのだから、そちらに目を向けて笑っていこう。


 先輩として、同僚として……三期生の順風満帆なスタートを喜びながら、零は有栖たちと後輩たちの明るい未来を祝うように、食事を続けるのであった。

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