狩人と蠍からの、ご報告
「うん、なんだい?」
ここまでの話し合いの中でも見せなかった深刻な表情を浮かべながらの優人の発言に反応する薫子。
まあ、昨日の出来事や紫音や伊織がいる前では話せない内容であることを踏まえて考えると、もう一つしか可能性はないよな~という彼女の予想の正しさを強めるように、コンコンというノックの後で部屋のドアが開き、とある人物が姿を現した。
「し、失礼しま~す……!」
そう、緊張した雰囲気を醸し出しながら部屋に入ってきたのは澪だ。
いつもの明るく無邪気な言動を引っ込めた彼女もまた、優人と同じように緊張した表情を浮かべている。
普段のパンク調なファッションから打って変わった、落ち着いたタートルネックのセーターを着ている彼女は少し気まずそうに部屋の入り口で立ち止まった後、小走りで優人の傍まで駆け寄ってから口を開いた。
「あの、すいません。ちょっと前から待機してて、三期生の二人が出ていったから入ってきたんですけど……」
「澪をここに呼んだのは僕です。同席してもらうべきかなと思いまして……」
「はいはい。少しは落ち着きなよ、お二人さん。リラックスしな、リラックス」
どこか慌てている雰囲気の二人へと、苦笑を浮かべながら薫子が言う。
その言葉を受けた優人と澪が深呼吸を行う様子を見守りながら、彼女もまた覚悟を決めていく。
ややあって、二人が落ち着きを取り戻したと判断したところで、薫子は改めて話を切り出した。
「仲直りできたみたいで良かったよ。昨日、あんなことになってたからね。心配はしてなかったけど、気にはしていたからさ」
「仲直りに関してはもう、これ以上ないってくらいしました! もう、うん、はい……! いっぱい、仲直りしました……!」
どこか熱を帯びている様子で、段々と羞恥を込み上げさせながらそう述べる澪。
その隣でため息を吐いた優人は、薫子の顔を真っ直ぐに見つめながら口を開く。
「……なんと言いますか、こういうことに関しては筋を通すべきだと思って、ご報告、させていただくのですが――」
本当に……彼にとっては珍しいことに、その声にはわかりやすいくらいの緊張が浮かび上がっている。
どんな時でも冷静な優人がここまでガチガチになるだなんて、相当に重大なことなんだろうなと思いながら、薫子は予想通りの報告を彼の口から聞かされることとなった。
「――澪と、付き合うことになりました。その、恋人として、です」
そう言った後、頭を下げて謝罪の意を示す優人。
薫子が見守る前で、彼は早口でこう続ける。
「星野社長に拾っていただいた身でありながら、デビュー直後にこういった火種といいますか、爆弾にも近しいものを抱えてしまうことになってしまい、申し訳ありません。ですが、真剣に考えての決断で、決して遊び半分でこういう関係性になったつもりは――」
「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。怒ってもないし、マズいとも思ってない。予想通りの展開だし、むしろ祝福してるからさ」
落ち着かない雰囲気の優人へとそう言葉を送りつつ、澪へと視線を向ける薫子。
そうすれば、彼女も恥ずかしそうに微笑みながら小さく頭を下げ、感謝を伝えてきてくれた。
二年前から続く関係性に加え、昨日のキスだ。あれで二人の関係が発展しないだなんてことがあったら、それこそびっくりである。
優人を事務所に迎え入れると決断した時点で、こうなることは予想していた。だから、別に薫子にはそれを咎めるつもりもないし、本当に心の底から二人の交際を祝福している。
ただまあ、本人が言う通り、同じ事務所に所属しているタレント同士の交際というのはそこそこに大きな爆弾ではあるよな……と思いもしたが、そこはこの二人が上手くやってくれるだろうと楽観的に考えることにしたようだ。
「しっかり報告してくれて嬉しいよ。月並みな言葉だが、末永くお幸せにな」
「ありがとうございます……ですがその、その言葉って結婚する男女に言うべきことであって、僕たちはそこまで関係が進んでいるわけじゃないっていうか、なんというか……」
「え? 結婚までいかないの? あたしが嫌になるまで傍にいるって、そう約束したのに?」
「そういう意味じゃないって。ただ、現時点ではまだそういう関係じゃないってだけで、僕だってその可能性を考えてないわけじゃ……」
そこまで言ったところでしまったというような表情を浮かべた優人が口を閉じる。
彼の言葉にどこか満足気な澪を見つめながら、独身女性には結構効く発言だったなと考える薫子は、咳払いをした後にこ二人へと言った。
「まあ、他の連中にもおいおい報告してやってくれ。特に零の奴は気にしてるだろうし、早めに頼むよ。なんだったらこの後で会う予定があるから、私の方から先に言っておこうか?」
「そう、ですね……昨日はあんな感じでしたし、阿久津くんも気にしていると思うので、そうしていただけると助かります」
決まりだな、というように手を叩いた薫子が大きく頷く。
そうした後で改めて二人を見た彼女は、少しいたずらっぽく……されど、多分な本気を感じさせる声でこう言う。
「なあ、お前たちの力でどうにか零と有栖をくっつけさせられないか? いい加減にじれったくってさあ……! もう一年だぞ、一年。そろそろ何か進展があってもいいと思わないか?」
部下と甥のプライベートに関して、めでたくくっついた優人と澪に相談する薫子。
その問いに顔を見合わせた二人は苦笑を浮かべながら、こう答えるのであった。
「あ~……残念だけど、あたしたちはお役に立てないかな~って……」
「なにせ僕たち、ここまでくるのに二年かかってるんで……むしろ僕たちに任せたらもう一年我慢することになりますけど、大丈夫ですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます