約束を、守りに来た男
狩栖優人……数か月前まで、【トランプキングダム】というVtuber事務所にて、ライル・レッドハートという名義のタレントとして活動していた人物。
所属事務所である【トランプキングダム】が相次ぐ不祥事とスキャンダルによって信用を失い、解散することになったことで、彼もまたVtuberとして引退しなくてはならなくなってしまった。
その彼が、優人が、またこの世界に帰ってきた。しかも、自分たちの後輩として、だ。
どういった経緯があったのかはわからないが……夢のような出来事だと零は思った。
本当に夢なのではないかと、そう疑いながらも喜びの感情を抑え切れなかった彼は、震える声で優人へと話しかける。
「狩栖、さん……? 本当に狩栖さん、なんですよね……?」
「……久しぶり、阿久津くん。随分と時間がかかってしまったけど……ようやく、君たちとの約束を果たすことができた。待たせてごめんね」
苦笑混じりにそう言ってくれた優人の話を聞いた零は、これが夢でもドッキリでもないことを理解すると共に改めて胸の内で歓喜の感情を爆発させる。
しかし、同時にどうしてここまでこのことを教えてくれなかったのだという不満を抱いた彼へと、優人と話していた薫子が言った。
「仕方がないだろう? 狩栖くんが
「薫子さん、その……」
「言っておくけど、コネとか縁故で採用したってわけじゃあないよ。蛇道枢の後に続く【CRE8】二人目の男性タレントとして相応しい能力を持っている人物として、オーディションを受けに来た狩栖くんをデビューさせるって決めたんだ。この子のスキルはお前たちも十分理解してるだろ?」
零たちの反応を予想していた薫子は、そう理由を説明した後で同情や憐憫で優人を引き取ったわけではないということも同時に告げた。
各種イラストや声劇の台本作成、歌のMIXから配信に必要な素材の製作など、優人が持つスキルは本当に多岐にわたっているし、それが事務所の役に立つことは間違いない。
純粋に、彼の実力を評価しての採用であると薫子から説明された零は、優人が本当に自身の力で自分たちとの約束を守りにきてくれたことを知り、感動の笑みを浮かべた。
「いや~、にしても本当に助かるよ! どこぞの怠けものと違って、狩栖くんはきっちり仕事を仕上げてくれるしさ! オリオン・ベテルギウスのデザインにも参加してもらったし、この後に控えてるバレンタイン企画にも色々と手を貸してもらえたしね!」
「あれ? なんか自分、感動的な空気の中で流れ弾食らってない? 何かがおかしいと思うのは自分だけっすかね!?」
「え、え~っと……? いまいち状況が飲み込めないけど、あの狩栖って奴は零の知り合いで、他の事務所からの転生っぽくて……あとなんか知っとくべきこととかってある?」
「あ、えっと、何よりも大切な情報が一つありまして……その、狩栖さんの知り合いは零くんだけじゃないっていうか、零くんよりも関係が深い方がいらっしゃるっていうか……」
最初はちんぷんかんぷんだった梨子たちも、零の反応や薫子の説明を受けて段々と状況を理解し始めたようだ。
混乱しつつも得た情報を整理する流子へと、何よりも大切なことを教えようとした有栖であったが、それよりも早くに優人が反応を見せる。
「……遅くなってごめん、澪。本当に長い間、君のことを待たせてしまった。許してほしいだなんて言えないけどさ……こうして君と顔を合わせることができて、本当に嬉しいって思ってる。だから――」
「優、人……」
きっと、多分、絶対……誰よりも優人との再会を喜んでいるのは澪だ。
彼との別れを誰よりも悲しんだからこそ、こうして再び……いや、三度彼と再会できた喜びを、誰よりも噛みしめていると思う。
二度も彼女の手を離してしまったことを、悲しむ彼女を長い間独りぼっちにしてしまったことを、頭を下げて謝罪する優人。
そんな彼の名前を呼んだ澪は、僅かに体を震わせた後で彼の下へと駆け出す。
「優人――っ!!」
瞳に涙を浮かべながら、か細い声で彼の名を呼びながら、廊下を掛ける澪。
同僚や事務所の代表たちが見守る中、泣きそうになりながらも笑っている優人の下へと駆け寄った彼女は、最後の一歩を大きく踏み込むと――!
「澪ちゃん、パ~ンチッ!!」
「ぐっふぅっ……!」
――勢いをつけた拳を、彼の腹部へと叩き込んでみせた。
「え、ええ~っ!?」
その場面を目撃してしまった零たちの驚愕と困惑の叫びが廊下にこだまする。
てっきり、感動の再会を祝して澪が優人の胸に飛び込むとばかり思っていた一同は、背後に燃えるサソリの幻影を浮かばせながらの強烈な澪の一発に、文字取り不意打ちを食らったような表情を浮かべ、唖然としていた。
優人もまた予想だにしていなかった彼女からの一撃を受けてその場に崩れ落ちる中、そんな彼の前に仁王立ち澪が涙目の、されど怒りを露わにした表情を浮かべながら言う。
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