オリオン・ベテルギウス、またの名を……

【オリオンの夢はなんですか~!? 教えろくださ~い!!】


『夢、ねえ……ははっ、確かに前の二人も発表してたし、僕だけ教えないっていうのは不自然か。う~ん、そうだなあ……』


 マナ、そしてメグと続いてきた、Vtuberとして叶えたい夢の発表。

 当然のようにそのバトンをリスナーたちから手渡されたオリオンは、苦笑を浮かべた後で少し物思いに耽ってから口を開く。


『……実を言うとね、ここでこうしている時点でもう夢は叶ったようなものなんだけど……それ以外に何か夢があるとしたら、だと思う』


【主役を作る? 主役になる! じゃなくって?】

【舞台とかの脚本を作るってこと?】

【他のVtuberさんをプロデュースする人になるとか?】


『あはは、そうだよね。普通に聞いただけじゃ意味がわからないよね。まあ、うん……僕は、僕自身を含めた周りの人たちの魅力を引き出してみたいと思う。その人が輝く舞台を用意して、その人が夢を叶えるための手助けをしてみたいと思うんだ。今までもそうしてきたけどさ、これからは僕も裏方としてだけじゃなく、舞台に立つ必要があるんじゃないかって思わされたから、今、こうしてここに立ってる……って感じ』


【なるほど……なんかちょっとだけわかった気がした】

【CRE8は魅力的な先輩たちが沢山いるからね。その魅力をオリオンの手でもっともっと引き出してもらえると嬉しい】

【同期もそうだし、後輩たちが増えた時もその人たちのことを活かしてあげてほしいな。もちろん、オリオン自身も輝いた上でさ】


『うん、ありがとう。最大限努力させてもらうよ。でも難しいものだね、自分の夢を言葉として伝えるっていうのはさ』


 抽象的なようで具体的、かと思わせてやはり少しふわっとしている夢ではあるが……オリオンの言いたいことは何となく理解できた。

 【CRE8】という事務所に所属する一つの星座として、最大限まで自分の輝きを高めてみたい。その上で、周囲の星々が更に輝くための手助けをしてみたい……それが簡単に言い換えた彼の夢だ。


 しかし、その言葉の裏には言葉にできない感情や想いがあふれんばかりに込められていることを知っている者たちが声を詰まらせる中、何かを思い出したかのように微笑んだオリオンが言う。


『そうそう、言い忘れてた。いい舞台には、いい観客たちが必要……僕の夢の実現のために、みんなにも力を貸してもらうつもりだから、そのつもりでいてね? そして、もう一つ……舞台を見ている君たちも、もしかしたらスポットライトを浴びる日がくるかもしれない。僕が主役にするのは演者だけじゃない、みんなもそうだよ。そのことを覚えておいてね』


【うぉう……! なんかすごいこと言われてないか?】

【俺たちが主役になる……!? Vtuberにはならんぞ!?】

【そういう企画を立てて実行してくれるってことか。なんか楽しみ】


『まあ、まだまだその日は遠いとは思うけどね。でもさ、人生なんて一瞬で様変わりするんだよ。だったら、明るい方向に変えてみたいじゃない。僕と、みんなで、沢山の物語を作っていこうよ。そして、それをハッピーエンドまで一緒に見届けよう』


【おう! オリオンのハッピーエンドも見届けてやるぜ!】

【今はまだプロローグだもんね! これからのオリオンの物語を楽しみにしてる!】

【終わりなんて来ない方が良いと思うけど、終わりがあるからこそ美しいんだもんね……応援するよ】


『ありがとう。さてさて、思ってた以上に応援してもらっちゃってるみたいで、少し困っちゃうな。でも、本当にありがたいことだよ。みんなからの声援に応えられるよう、頑張っていくね』


 柔和に、されど力強く……これからの躍進をリスナーたちへと誓うオリオン。

 夢に関する話題をそこで打ち切った彼は、別の話題へと移行して雑談を続けていく。


 時間の無駄もなく、場を盛り下げることもなく、かといって過度に爆発させるわけでもない配信の運び方を見せる彼は、本当に安定していた。

 そんなオリオンの配信を見守りながら、どこか面白くなさそうな流子が口を開く。


「け~っ! 男が来やがったよ、男が! また私の【CRE8】ハーレムを邪魔する野郎が現れやがった! ちくしょうめっ!」


「まあまあ、流子ちゃんもそう興奮しないの。自分は坊やにいいお友達ができそうで嬉しいっすよ! 坊やも同性の後輩ができて嬉しいっすよね?」


 零に続いてまた男が事務所に入ってきたことについての悪態を(冗談半分で)吐く流子を窘めた梨子が息子へとそう声をかける。

 これまで事務所の中で唯一の男性という立場のせいで心細い思いをしていただろうが、これでその状況から脱却できることを祝福した梨子は、さぞや零も喜んでいるであろうと思っていたのだが――?


「……あれ、坊や? どうして自分をスルーするんすか? え? なに? また自分、何かやっちゃいました?」


 零は彼女の言葉に反応せず、食い入るようにモニターを見つめ続けていた。

 また彼の地雷を踏んで怒らせたせいで無視されているのではと不安になる梨子であったが、その時に零以外にも様子がおかしいメンバーがいることに気が付く。


「この声、あの見た目……もしかして……!」


「そう、ですよね? やっぱりそうですよね!?」


 オリオンの配信を見ながら、彼の何かについて話し合っていた沙織と有栖が驚きに染まった表情を明るい笑顔に変えながら声を弾ませる。

 残りのメンバーが何がどうなっているのかわからずに困惑する中、今度は零が泣き笑いの表情を浮かべながらぼそりと呟いた。


「……ホント、すげえなあ……! ちゃんと約束を守りに来てくれたんだ……!!」


「ぼ、坊や? さっきからどうしたんすか? 有栖ちゃんと沙織ちゃんもなんか変ですし、自分にはなにがなんだかわからないんすけど……?」


「わ、私もわかんねえ……マジでどうしたの? 社員寮組にしかわからない何かがあるとか、そういう系?」


 梨子も流子も、やはり零たちの反応の意味や意図がわからずに困惑している。

 何かを喜んでいることは何となく理解できたが、何に対してそこまで歓喜しているのかがわからない彼女たちが一同を見回す中、モニターから配信を締めるオリオンの声が聞こえてきた。


『じゃあ、これで配信を終わりにしようと思います。短い時間だったけど、楽しんでもらえたみたいで良かったよ。これから【CRE8】の一員として、どうぞよろしくお願いします。それと、この後すぐに一本歌ってみた動画が公開されるから、良ければそっちもチェックしてみてね。それじゃあ……またね』


 丁寧な挨拶の後で画面を切り替え、用意してあったエンディングを流すオリオン。

 アニメになっているその画面のクオリティにリスナーたちが感心する中、零たちは落ち着かない気分を一層暴れさせていた。


 紫音や伊織がそうであったように、オリオンもこの後に挨拶に来るのだろう。

 それを頭で理解はしていたのだが……やはり彼女は、その瞬間を待つよりも自分から動き出した。


「……っ!!」


「あっ!? ちょっ、澪っ!? 何!? あんたまでどうしたの!?」


 ガタッと音を響かせながら立ち上がった澪が、部屋を飛び出していく。

 大慌てで彼女を追いかけ始めた零は、その目的地がどこであるかも既に理解していた。


 『トライヴェール』の三人が……今の今までオリオンが配信を行っていた、スタッフたちも集まっている部屋。

 澪より少し遅れて、されど他の仲間たちよりは少し早くそこに辿り着いた零は、立ち尽くす澪の背中と……配信部屋のすぐそこで薫子と会話するの姿を見て、息を飲む。


「あ、あ……っ!?」


 声にならない声が、自分の喉から出た。

 その声と、バタバタと慌ただしく響く幾つもの足音を耳にした彼が、こちらへと視線を向けると共に小さく微笑む。


 彼の笑顔も、その姿も、雰囲気も……何一つ、最後に見た時と変わっていなかった。

 彼と別れの挨拶を交わしたのは数か月前のことだが、こうして対面するとそれがもうずっと前のことにように思えてしまう。


 澪と、零と、そしてようやく二人に追いついたメンバーたちへと向き直った彼は、丁寧に頭を下げると共に静かな声で先輩たちへと挨拶をする。


「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。本日から三期生、オリオン・ベテルギウスとして活動させていただくことになりました――」


 下げていた頭を上げ、再び零たちを見つめる。

 優しく、温かく、微笑みを浮かべながら……帰ってきた男は、自分の名を待ってくれていた人々へと告げた。


「――狩栖優人です。以後、よろしくお願いいたします」

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