メグ・ハウンドのデビュー配信、感想会

「……一時はどうなるかと思いましたけど、いい感じに持ち直せましたね。良かった」


「そうね。ありがちなミスだからこそ、新人特有の初々しさとあの子自身のキャラクターに合ってたんだと思うわ」


 メグの配信を見守っていた零たちは、最初のミュート切り忘れを見事にチャンスに変えた彼女のことを賞賛すると共に、一安心して胸をなでおろしていた。

 特に彼女と顔を合わせていた零たちは、メグこと伊織の緊張しいな性格を知っているため、彼女が初手の失敗を引き摺らなかったことを心の底から安堵している。


 リスナーたちの温かい反応が彼女を落ち着かせてくれたのだろうなと思いながら、タグやファンネーム&マークを決めていくメグの配信を見守り続けるメンバーたち。

 ここからは特に問題が起きることもなく、平和な雰囲気の中で配信が続いていることを喜ぶ一同は、不意にこんな会話を始める。


「そういえばだけどさ、メグちゃん……伊織ちゃんが憧れてるVtuberって誰なんだろうね? 【CRE8】の所属タレントっぽいけど、それ以上はわかんないから気になっちゃうな~……」


「凹んだ時に見たって言ってるし、明るいたらばとかなんじゃないの? 沈んだ気分を元気付けてもらったとかさ」


「う~ん……多分、違うと思うさ~。社員寮で会った時、そんな感じじゃあなかったし……」


 伊織が憧れているのはたらばなのではないかという天の意見を、中の人である沙織が否定する。

 それは零も思っていたことで、伊織と初めて顔を合わせた際、彼女は初対面ということで緊張こそしていたがそれ以上の固さはなかったように思えた。


 もしもあの場に彼女が尊敬し、憧れている人物がいたとしたら、もっと緊張の度合いを高めていたのではないだろうか?

 良くも悪くもわかりやすい彼女のことだし、内に抱えている尊敬を隠して自分たちと接していたということはなかったように思える。


 つまりはあの場にいた三人……零、有栖、沙織の中には伊織がVtuberになろうと思ったきっかけを作った人物はいない。

 これで候補は十人にまで絞られたわけだが、それ以上候補を絞り込む情報は存在していなかった。


「ボクと梨子さんは違う気がするな……ボクは人を明るくするような配信をしてるとは思えないし、梨子さんはそもそも配信を滅多にしないしさ」


「じ、地味に辛辣っ! でもひーちゃんの場合は【ペガサスカップ】での優勝とかもありますし、ワンチャンあるんじゃないっすかね?」


「無難にビッグ3の誰かなんじゃないですか? やっぱこの事務所の看板タレントですし、憧れてる人も多いでしょ?」


「むっふっふ……! つまりはおおいぬ座ちゃんの憧れてる人物ってのはこの私か!! よっしゃ! 存分にかわいがってやろうじゃないか! わんちゃんを相手にするんだからしっかり躾けて、飼い主としてあの巨乳を思う存分揉んでや――あべしっ!」


「は~い、緊張しやすい後輩に下手なことを言わないでくださいね~。本人がここにいないからまだこの程度で済ませてますけど、本格的にセクハラを仕掛けたら拳でいきますよ~?」


「わ、わん……! わかりました、ご主人様……」


「……なんていうかさ、零くんが一番躾に慣れてる雰囲気があるよね?」


「う~ん……躾っていうか、あれは……調教?」


 猛(珍)獣乙女を躾ける調教師の如く、彼女をハリセンで張り倒して大事なことを言い聞かせる零の姿を見つめながら陽彩と有栖がそんな会話を繰り広げる。

 乙女があれ過ぎるというのもあるが、事務所の看板タレントを容赦なく引っ叩ける彼は色んな意味で強いなあと二人が思う中、この場を代表して澪がこう言った。


「まあ、誰でもいいんじゃない? あくまでその人がきっかけになったってだけで、【CRE8】の全員を尊敬してくれてるとは思うしさ。むしろこれからの活動の中でメグちゃんから尊敬されるような先輩になれるよう頑張っていこうぜ! ってことで、どうっすかね!?」


「……なんかあれっすね。澪ちゃんがまともなことを言うとすごく違和感があるっす」


「私も澪にはおっぱい! お尻! どかーん! っていうイメージしかないからいいこと言われても、お、おぉう……みたいな気分にしかならないわ」


「……零くん、ちょっとそのハリセン貸して。あのダメ義母悪魔とセクハラ魔人を叩きのめすから」


 言うが早いが、零の手からハリセンを奪い取った澪が機敏な動きで梨子と乙女を引っ叩き始める。

 口は禍の元と言うが、これほどまでにその言葉を体現した人物はこの二人を除いて他にいないだろうな~……と零が思う中、メグ・ハウンドの初配信は無事に終了したようだ。


 途中から騒ぎ始めたせいで最後まできちんと見ることはできなかったが、大きなトラブルもなしに彼女が初配信を終えられたことを喜ぶ零。

 もう少ししたら伊織も紫音と同じようにここに挨拶に来るかもな~……という予想は正しく、それから少しした頃に部屋の扉が開き、配信を終えたばかりの彼女が姿を現した。

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