三人目、オリオン・ベテルギウス
「言えない……? えっと、それってどういう……?」
「き、気分を害してしまったら申し訳ありません! でも、薫子さんからオリオンさんについてはあまり話すなと口止めされているんです」
やや意味不明な紫音の返答を補足するようにそう言った伊織が零たちへと頭を下げる。
予想外の答えに驚いた三人もまた顔を見合わせる中、彼女はこう続けて言った。
「本当にすいません。でもやっぱり、Vtuberの中の人の情報って特に重要な情報ですし、誰にまでならいいとかの線引きをするくらいなら、実際に顔を合わせるまで誰にも言わない方がいいんじゃないかって薫子さんも仰ってまして……」
「ご存じの通り、私は口が軽い上にリップクリームを塗りたての唇かってくらいにぬるぬる滑ります。なので、下手に喋るとオリオンさんにご迷惑がかかるかもという配慮を含めての薫子さんの判断なのではないでしょうか?」
「なる、ほど……」
紫音に炎上させられた身としては、これ以上なく納得できる意見だと頷く零。
残る一人、オリオンの正体については一週間後の初配信の日まで秘密だというその話を聞いた沙織がむぅと唸ってから言う。
「そんなことを言われると余計に気になっちゃうよ~! ねえ、ちょっとだけでいいから教えてもらえない? お礼にお姉さんのおっぱい揉ませてあげるからさ~!」
「わお、それは実に魅力的な取引ですね。仕方がありません。人は誰しもおっぱいが持つ魔力には抗えないのです。ちょこっとだけ情報を公開しましょう」
「し、紫音ちゃん!? 色々問題があると思うよ!?」
「ですがもう揉んでしまいましたし……うお、でっけ。これが阿久津先輩が普段から揉んでいるたらばのたわわなたらばですか。一言で表すならば、ヤバいですね。重くてデカくて柔らかくて張りも抜群とか、ヤバい以外の言葉が出てこないです。柔らかさは伊織ちゃんの方が上だとは思いますけど……」
「そういうこと言わなくていいですから! あと、普段から揉んでませんからね? それをSNSとか配信で言われたらまた俺が燃えるんで、本気で止めてくださいよ!?」
トップシークレット扱いとはなんだったのかというレベルであっさりと情報を売り渡すことを決めた紫音は、早速とばかりに沙織の胸を揉み、その感触を楽しんでいる。
今までで一番声に感情が乗っているじゃないかとツッコミながら、ぶっちゃけその興奮はわかると考えていた零は、無言で脇腹を掴んできた有栖からの折檻を受けてその不躾な思考を慌てて中断した。
「さて、おっぱいをタダ揉みするわけにはいかないので、話しても良さげな情報を一つ、二つ開示しましょう……性格に関しては、とてもしっかりした方です。私たちのまとめ役はオリオンさんが担ってくれています。流石は狩人、猟犬の扱いはお手の物ということですね。わんわん」
「ふむふむ、なるほど……! 他は他は~!?」
「……良い人だと、私は思います。タイプの違う私と伊織ちゃんとも距離を測って話してくれますし、悪い人という印象がありません。というより、欠点が見当たりません」
「おお~っ! なんかすごそうな人が来るんだね~!」
「これ以上は話せません。しかし、生おっぱいを揉ませてくれるなら話は別です」
「う~ん、仕方がない! お姉さん、文字通り一肌脱いじゃおうかな!!」
「ストップ! 喜屋武さん、流石にそれ以上はマズいですよ! ここには零くんもいるってことを忘れてません!?」
「え? 覚えてるけど? 別に問題ないんじゃない?」
「わお、流石は揉まれ慣れてるだけのことはありますね」
「揉んだことないですから。本当に、もう……!」
有栖の制止すらも気にしない沙織と、その発言からよろしくない想像を働かせる紫音のコンビネーションにうんざりとしながら零がため息を吐く。
もしかしなくとも、この二人って混ぜるな危険な組み合わせなんじゃないかと思いながら、これからこのコンビが自分のご近所さんになったらどれだけの爆炎が自分を襲うのだろうと戦々恐々とする彼へと、右往左往していた伊織が言う。
「あ、あの、これ以上は色んな意味でマズそうなので私たちはこの辺りでお暇しますね。今日は本当にご迷惑をおかけしてすいませんでした。それと、何度目かわからないですけど、これからもよろしくお願いします」
「あ、はい。臼井さんも大変だとは思いますけど、頑張ってください。応援してます」
常識人である彼女が作ってくれた引きのタイミングで会話を終わらせ、別れの挨拶を口にする零。
玄関から見送る際、出て行く寸前でこちらへと振り向いた紫音は、先輩たちに向けてこう言う。
「では、一週間後のデビュー配信をお楽しみに。三期生、かみんぐすーん……です。ばいなら」
そう言い残して、彼女は伊織と共に零の家を出ていった。
最後までつかみどころのない子だったなと苦笑ながら、零は有栖と沙織と彼女たちについて話をしていく。
「紫音ちゃん、面白い子だったね~! あれは配信でも活きるんじゃないかな~!?」
「私は臼井さんにシンパシー感じちゃったな。似た者同士だって、そんな気がする」
「なんにせよ、デビュー配信が楽しみですね。当日は希望者が事務所に集まって配信を見守ることもできるみたいですし、俺たちもリスナーの気分になって楽しみましょうよ」
色々と癖が強いキャラはしているが、Vtuberになるのならあのくらいがちょうどいいのだろう。
不安がないといえば嘘にはなってしまうが……それ以上に初配信が楽しみだという気持ちが上回っている。
「楽しみっすね、『トライヴェール』の初配信……!」
一週間後のデビューとそこで彼女たちと対面したリスナーたちの反応に期待を高めながら、零たちは初めてできた後輩たちの初配信が上手くいくようにと、先輩らしいことを思うのであった。
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