こいぬ座、轟紫音
「引っ越しのご挨拶にきました。あと、ご飯を食べさせてください」
「はい……?」
その日の昼過ぎ、阿久津零は自宅を訪れた人物が顔を合わせるなり唐突に口走った言葉を聞いて、困惑していた。
いや、その言葉もそうなのだが、見ず知らずの少女がどんぶりを手にして無表情で食事をねだる姿だけでも状況に戸惑わせるには十分だ。
何か悪い夢でも見ているのかなと思いつつ頬を抓る零であったが、残念ながらしっかりと痛みを感じる。
つまりこれは現実なのだなと思うと共に気を取り直した彼は、突然の来客に対して当然の質問を投げかけた。
「すいません。あなたはどちら様ですか? お名前を教えていただけます?」
「申し遅れました。私は
「う、う~ん……?」
とりあえず彼女の名前と目的はわかったが、性格面に関しては謎が増えた。
挨拶をしに来たはずなのに昼食をねだるだなんて、丁寧なんだか図々しいだかわからないな……と考えながらもお人好しの零は、ぐぎゅるると腹の虫の音を鳴らす紫音へと言う。
「まあ、いいですけど……大した物は作れませんよ、マジで」
「いきなりやって来てご飯を食べさせてもらう身なので、我がままは言いません。むしろ本当に食べさせてくれてありがとうございますの気持ちでいっぱいです。はい」
無表情のまま、そう返事をする紫音を連れてリビングへ。
そこで彼女を待機させた零は、冷蔵庫の中から余ったご飯と常備菜を取り出すとそれを温め、テーブルの上に並べてやる。
想像以上に早く、そして美味しそうな昼食が出てきたことに心なしか目を輝かせた紫音は、両手を合わせて感謝してからそれを食べ始めた。
「まむまむ、実にヤミー。阿久津先輩には本当に感謝です。これからもちょくちょくお世話になる予定なので、どうぞよろしくお願いいたします」
「いや、普通に自分で食事の支度くらいはできるようになった方がいいですよ」
「なんという正論。言われたので努力はします。でもあまりにも美味しいご飯なのでまた食べたいです。お礼もしますから、お願いプリーズでございます」
……なんというか、実にペースが崩れる。
無表情でこんな奇妙なことを言う紫音には、流石の零もどう接するのが正解なのかがわからずにいた。
とりあえず、悪い人間ではなさそうだが……彼女に関してはわからないことの方が多い。
その辺のことも気になるが、ここまで紫音の話を聞いていた零には他に気になったことがあったため、そちらを優先して質問することにした。
「あの、轟さん? ちょっと質問があるんですけど、答えてもらえますか?」
「年齢は十八歳。好きな男性のタイプは特になし。バストカップはB。今日履いているパンツの色は――」
「ストップ! ストーップ! 何を言い出すんですか、あなたは!?」
「男の人が聞いてきそうな質問の答えを先んじて言ってみたんですが、違いましたか?」
「違います! 俺が聞きたいのはそんなことじゃなくって、あなたが今度デビューする三期生の中の人なんじゃないかってことですよ!」
「ああ、なるほど。そうでしたか」
いきなりセンシティブなことを言い出した紫音へと大慌てでツッコミを入れる零。
配信をしているわけではないが、普通にいきなり聞かされても困る内容を話し始める彼女へと本来の質問を投げかければ、紫音は箸を置いてから大きく頷き、こう答えてみせた。
「はい、その通りです。私はあなたの後輩となる、【CRE8】の三期生……『トライヴェール』の一人、マナ・ハウンドの中の人です。わんわん」
特徴的な語尾は置いておくとして、やはりそうだったかと紫音の答えを聞いた零が軽く息を吐く。
前々から聞かされていたが、ほんの少し前になってようやく情報が公開された三期生の一人が唐突に自分を訪ねてきたことに驚きながら、零はその情報を頭の中で振り返っていった。
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