姫と騎士、合流

「ゆーくん、おっまたせ~!」


「ぐっ、うぐ……っ!」


 澪の声を聞いた優人が二度、呻く。

 一度目は気持ちを落ち着ける前に彼女が待ち合わせ場所に来てしまったことに対して、二度目は目にした彼女が自分の想像を超えてかわいかったことに対しての呻きだ。


 どこかゴスロリの雰囲気を漂わせている白と黒のワンピースを纏った澪は、普段の活動的な印象が薄れるほどに清楚な出で立ちで優人の前に現れた。

 清楚とはいっても小柄な体格に相反する大きな胸だったり、そこを強調するわけでもないが広めに開いている首から胸元にかけての服のデザインだったり、あるいは肩から下げたポーチの紐が谷間に挟まっていることで生まれる扇情的な光景だったりと、目のやり場に困ってしまうようなところがあるのも彼の動揺を誘っている。


 普段のバンギャめいた服装ではなく、男受けが良さそうなお出掛けコーデに身を包んだ澪は、そんな優人の反応ににししと笑うと小首を傾げながら彼へと問いかけた。


「ど~お? 今日の澪ちゃんのデートコーデの感想は?」


「似合ってる……と思うよ。いつもと雰囲気が違って意外だったけど、かわいいと思う」


「おおっ!? ゆーくんがあたしのことをかわいいって言った! むっふっふ~! 好きそうな服を着てきた甲斐がありましたな~!」


「別に、僕は君のことをかわいくないなんて思ったことはないよ」


 ただ、普段の行動があまりにもだからそういう印象が薄れているのであって……と続けて言おうとした優人であったが、嬉しそうに笑う澪を見て、その言葉を飲み込んだ。

 珍しく素直に褒められたことを喜んでいる彼女の笑顔はとても幸せそうで、余計なことを言ってそこに水を差したくないと思ってしまう。


 それに……澪は自分の好みに合わせて、今日、着る服を選んでくれたようだ。

 清楚な女の子っぽい、大人しい雰囲気の服装でデートに臨んでくれたのも、自分のことを喜ばせようと思ってのことなのだろう。


 そう思うと、どうしてだか心が弾むと共に温かくなった。

 一人の女の子が、自分を喜ばせることを考え、それを実行してくれたということを心の奥で喜んでしまう。


 ……いや、きっと正確には一人の女の子ではなく、澪が、なのだろう。

 彼女が自分のことを考えてくれたことが嬉しいのだと、そう理解して羞恥を覚えた優人はそれをごまかすように咳払いをすると、心の揺らめきを必死に隠しながら普段通りに澪へと接する。


「じゃあ、行こうか。映画館まですぐだし、そんなに歩かなくていいと思うよ」


「オッケー! 楽しみですな!」


 本日のデートは無難オブ無難ともいえる映画鑑賞をすることになっていた。

 ただ、何を見るかは決めていないため、その辺のことも二人で決めなくてはならない。


 まあ、お話を作ることが趣味である自分たちならば、何を見てもその糧にできるだろうと思いながら歩く優人は、スマートフォンを操作してこれから自分たちが向かう映画館の上映スケジュールを確認する。


「時間帯がちょうどいいお陰か、僕たちが着く頃に上映が始まる映画が何本かあるね。何が見たい? ドニャーもんの映画でも僕は構わないけど」


「ん~、ちょっと見せて!」


 軽口を叩きながら、澪にどの映画を見るかの意見を求めるべく横を向く優人。

 彼女にスマートフォンを渡し、少し歩く速度を緩めたところで……はたとあることに気が付いた彼がバツの悪い表情を浮かべながら呟く。


「……ごめん」


「ん~? どうしたの?」


「いや、君の歩くペースのことを考えてなかったなって。普段通りのペースで歩いてた」


「おっ!? 気が付きましたな! このタイミングで気付けるだなんて、なかなかやるじゃん!」


 そう、自分のことを褒めた澪が楽しそうに笑みを浮かべる。

 彼女とは対照的に申し訳なさそうな表情をしている優人は、小さく息を吐くと自分がまだ浮ついた気分のままでいることに少しだけ苛立ちを覚えた。


(ダメだな、本当に。自分のことでいっぱいいっぱいじゃあないか)


 澪と自分とでは体格が違う。体格が違えば歩幅も違うし、歩幅が違えば歩く速度が変わってくる。

 自分の一歩は澪にとっての数歩で、何も考えずに普通に歩いてしまっていては彼女は自分に速足でついてこなくてはならなくなるのだということを、澪がせわしなく脚を動かしている姿を見てようやく気が付いた自分自身の鈍さを、優人は恥じていた。


 彼女は自分のことを考えてくれているというのに、自分の方はこの様だ。

 こういうところに女性経験の浅さ……というより皆無さが出ているなと思いながら歩く速度を緩めた優人へと、それでも楽しそうな澪が言う。


「そんなに気にしないでよ。あたしもわかってて黙ってたところがあるし、むしろこんなに早く気付けてすごいって思ってるしさ! そんなに凹んでないで初めてのデートを楽しもう! それが一番大事なことだよ!」


「……ああ、そうだね。君の言う通りだ。汚名返上ってわけじゃないが、このやらかしは今日の内に挽回させてもらうよ」


「そうそう、その意気! じゃあ、あたしもゆーくんのエスコートに期待しちゃうからね? どんなふうに楽しませてくれるのか、楽しみですにゃ~!」


「うぐぅ……」


 名誉挽回をしようとは思っているが、そこまで自分のエスコートに期待はしないでほしい。

 ただ、そんな弱気なことを彼女に言いたくなかった優人は小さく呻いた後で気持ちを切り替えた。


 澪が自分に今日という日を楽しんでほしいと思っているように、自分もまた彼女にこの時間を楽しんでほしいと思っている。

 脚本作りのための取材が目的ではあるが、その目的よりも澪を笑顔にしたいと思う自分が存在していることに驚きながら、優人は彼女の歩幅に合わせてゆっくりと映画館へと向かっていった。

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