短編・愛 Need 優

姫と騎士の、出会い

「お前に会ってほしい人がいるんだ」


「……なんです? 社長の結婚相手の報告なら、別に僕を通す必要なんてないですよ」


「そんなわけないだろ! だがまあ、結婚相手っていう意味では当たってるかもな。なにせ、お前のパートナーになる奴なんだから」


 その日、狩栖優人は上司であり所属事務所【トランプキングダム】の代表である剣山一聖からそんな話を聞かされていた。

 カタカタとノートパソコンのキーボードを叩いて作業をしていた優人は、そんな上司の言葉に眉をひそめた後で深いため息を漏らす。


「そんなわかりやすく面倒くさそうにするなよ。お前の言いたいことはわかるけどさ」


「社長は逆にこの話を聞いて、葉介や大也みたいにテンションが上がる僕を見たいですか?」


「……いや、見たくない。ちょっと想像したけど、コレジャナイ感がすごかった」


 でしょう? と視線で応えながら、ノートパソコンを折りたたんで話を聞く姿勢になる優人。

 表面上は面倒くさそうにしながらもこうして真面目に対応してくれるのは彼のいいところだよなと思いながら、一聖は話を続ける。


「ウチの初期メンバーに関する話は前にもしただろう? トランプのスートに合わせて、キングとクイーンを一名ずつ……合計八名のメンバーでデビューする予定だって。んで、無事にお前が王様になるハートスートの女王様が決まったから、早速会ってもらおうと思ってさ」


「王様、ねえ……僕はそんな柄じゃないですよ。一兵卒が性に合ってる」


「そう言うなよ。あくまでキャラ付けであって、傍若無人に振る舞えってわけじゃないんだからさ。もう他の面子は顔を合わせて、デビューに向けて少しずつ足並みを揃え始めてるし……お前もそろそろその時期に入るべきだろう?」


 一聖の言うことは尤もだ。優人もこの事務所に所属し、Vtuberとしてデビューすることが決まった時にはもう、そういう売り方をするということを彼の口から聞いていた。

 その時から覚悟はしていたが、やはり着々と外堀が埋まっていくのを見ると複雑な気持ちになってしまう。


「……どういう人なんですか? ハートのクイーンになる人は?」


「うん? それはまあ、実際に会ってからのお楽しみだな!」


 できれば事前に相方となる女性の情報を仕入れておきたかったが、一聖には優人に彼女について話すつもりはなさそうだ。

 こういうサプライズ気質なところはあまり好きではないと思いつつも、そういう部分が事務所の代表兼タレント業に手を出す人間には必要なのだろうなと思いながら、優人は他のスートのキングとクイーンの関係について思いを馳せていく。


 ダイヤの王様である大也に関しては問題ないと思う。ノリが軽い彼は相方となるクイーンとも上手いこと付き合っているように見えた。

 ただ、上手く言葉にできないが、どこか表面上だけの関係性に思えてしまうのは彼のノリが軽過ぎるせいか、あるいは優人自身の猜疑心が深過ぎるからだろうか?


 少なくとも自分のクイーンと関係を構築していない自分がいい感じの初動を見せている大也に何か言うのは間違っているなと思いつつ、今度はクローバーのキングである黒羽葉介について考えていく。


 彼の場合はどうだろうか? 微妙に自身の相方に対して、男性としての欲望を込めた視線を向けているような気がしてならない。

 あまり好きではない人間ではあるが、彼の歌の技術は一流だ。だからこそ、下手にスキャンダルとなる要素を作ってほしくないとも思う。


 クイーンの方も彼を警戒しているのか、あまり深い関係にはなっていないように思えるし……と考えたところで考察を止めた優人は、とりあえず自分のパートナーといい関係を築けるよう、不器用なりに努力しようと決意する。


「大丈夫だよ。気休めかもしれないが、お前はコミュ力も高い。まあ、年齢=彼女いない歴って部分が気になってるんだろうが、心配することはないさ」


「どうも、社長にそう言っていただけて安心しましたよ」


 全く感情の籠っていない声でそう応えれば、流石の一聖も反応に困って苦笑を浮かべるしかない。

 そうしながらも彼は一呼吸置くと、優人へとこう告げてみせた。


「まあ、色々と思うところはあるだろうけどな、俺はお前と相性が良さそうな女の子だと思ったぞ。だから大丈夫さ! 多分な!」


「僕と相性がいい女の子、ねえ……?」


 今まで考えたことはなかったが、自分と相性がいい女の子というのはどんな女性なのだろうか?

 個人的な好みとしては、物静かで落ち着いた大人の女性といった雰囲気の人がいい。それでいて、創作について話ができたら言うことなしだ。


 というよりも、こんな口数の少ない変な男と相性がいいと言われる女性の方はどんな人間なのだろうかと? 話を聞いて相手に興味を持ち始めた優人へと、一聖が信じられないことを言う。


「実はな、もうそろそろここに来ることになってるんだ。初顔合わせ、上手くやってくれよ」


「は……? 来る? ちょっと何言ってるんですか? 唐突が過ぎるでしょ、流石に」


「そこはサプライズってやつだよ、うん! 大丈夫、大丈夫! 俺も立ち会うし、そんな変な空気にはなんねえって!」


 もうハートのクイーンとなる女性はここに向かっていると、そろそろ到着する頃合いだと、急にそんなことを言われた優人が驚きに口の端を吊り上げながら苦言を呈する。

 流石に悪いと思ったのか、一聖が彼に自己弁護めいた言葉を口にした次の瞬間、コンコンというノックの音が部屋に響いた。


「すいませ~ん! 剣山さん、いらっしゃいますか~?」


「おお、来たか! 早速入ってくれ!」


「はいっ! 失礼しや~すっ!!」


 なんの心構えもできない内に来訪者を部屋に招き入れられた優人が一聖を睨む中、呑気で元気な声と共に部屋のドアが勢いよく開く。

 思っていたよりも低い位置にあった顔と、緊張なんて微塵も感じていなさそうな笑顔を目にして固まる優人へと、頭を下げたその少女が弾む声で自己紹介をしてきた。


「はじめまして! この度、オーディションに受かってハートのクイーンとしてデビューすることになりました、須藤澪です! これからどうぞよろしくお願いしま~す!」


「あ、ああ、どうも……ライル・レッドハートを担当することになってます、狩栖優人です。こちらこそ、よろしく……」


 ――それが、この二人が初めて交わした会話だった。

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