デザート、二つ

「なんだかんだ全部食べ切っちゃったね。追加のお肉も含めて完食しちゃうくらい美味しかったってことかな?」


「私も自分が思っていた以上に食べちゃったもん。本当に美味しかったね」


 それから数十分が経って、鍋の中の具材がなくなった頃、二人は膨れたお腹を擦りながら完食した料理の感想を言い合っていた。

 男性である零はまあこのくらい食べても普通ではあるのだろうが、小柄で小食な有栖までもが普段の食事量からは想像もできないくらいの健啖家っぷりを見せるとは、流石は鍋といったところだろうか。


 ドニャーもんを見ながら食休みをして、楽しく笑い合った零は、少し落ち着いてきた頃にデザートについて有栖に話を切り出す。


「どうする? 持ってきたデザート、食べられそう? 無理そうだったら明日にでも食べてもらえればいいけど……」


「大丈夫、食べられるよ。折角の機会だもん、零くんと一緒に食べたいからさ」


 そう答えた有栖へと、そっかと言いながら笑みを見せる零。

 有栖が真っ直ぐに自分と一緒に食べたいと言ってくれたことを喜びながら、彼は冷蔵庫にしまっていた箱を手にこたつテーブルへと戻ってくる。


 その箱を開け、中身を取り出せば……ガラス製の容器に入っているデザートがお目見えになった。

 それがなんであるかに気が付いた有栖は、嬉しそうに笑いながら零へと言う。


「うわぁ……! プリンだ! これ、零くんが作ったの!?」


「ああ、うん。まあね。とはいっても、そんな凝ったものじゃあないけどさ」


「手作りしてる時点で十分凝ってるって! それにしても……ふふっ! プリンかあ……!!」


 カラメルソースがかかった黄色いオーソドックスなプリンを見つめた有栖が喜びをにじませた声を漏らす。

 単純にこのデザートが美味しそうだというのもあるのだろうが、それ以上に零がプリンを作ってきたことが嬉しいのだろう。


 家族からの仕打ちによってプリンに苦手意識を持っていた彼が、自らそれを手作りするようになった。

 過去を吹っ切ったというか、苦手意識を克服できた理由に自分たちの存在があることを理解している有栖が嬉しそうに笑う中、ぽりぽりと頬を掻いた零が口を開く。


「……まあ、ね。色んな意味での感謝を込めて、作ってきました。うん、本当に有栖さんたちには感謝してるよ」


「ふふふ……! なんだか喜屋武さんたちに申し訳ないな。私一人だけ、先にお礼してもらっちゃってさ」


「今度、みんなが揃った時にまた作ってくるよ。今日はほら、その時のための試作品を味見してもらう……ってことで」


 緩く笑みを浮かべた零の言葉に頷いた有栖が、手にしたスプーンでプリンを掬う。

 少し硬めのそれをじっと見つめた後で口に含んだ彼女は、頬を抑えながら満面の笑みを浮かべて零へと言った。


「美味し~っ! 甘さとほろ苦さが絶妙だよ! やっぱり零くん、料理上手だね!」


「……良かった。そう言ってもらえてほっとしたよ」


「これもレシピ本に入れないとね! 着々と料理が揃ってきてるし、なんだか話が現実味を帯びてきたんじゃない?」


 一口、二口とプリンを口に運ぶ有栖を見つめながら、零もまた自分の分のデザートを頬張る。

 プリンの甘さとカラメルのほろ苦さのちょうど良さに笑みを浮かべた彼は、初めて作ったにしては上手にできているデザートの出来栄えに満足気に頷いた。


「うん、美味しい。上手くできてる」


「良かったね! でも、ここから色々改良していくつもりなんでしょ?」


 まあね、と答えつつまたプリンを一口。

 甘さと心地良さを味わいながら微笑んだ零は、一息ついた後で有栖へと言う。


「……ありがとう、有栖さん。本当に感謝してるよ。昔のこととかを吹っ切れたのは、有栖さんたちが俺に寄り添ってくれたお陰だと思うから……心の底から、感謝してる」


 この場にはいない沙織たちにもありがとうと思っているが、有栖には特に強い感謝の気持ちを抱いている。

 自分が新しい一歩を踏み出すきっかけを作ってくれたのは彼女だから、自分の中の熱を自覚させてくれた存在である有栖のことを特別に思ってしまうんだろうなと思う零に対して、有栖もまた笑みを浮かべながら口を開いた。


「それは私も同じだよ。零くんが私の弱さに寄り添ってくれて、私の夢を守るために戦ってくれたから、今の私がいる。先に手を差し伸べてくれたのは、あなたの方なんだよ」


 長きに渡って受け続けてきたいじめ。母親との確執。女性恐怖症という秘密。

 そういった弱さを抱えていた自分に寄り添い、自分と共に歩き続けてくれた零は、有栖にとってもまた特別な存在だった。


 沙織や天、スイに梨子といった女性の友人ができたのも、彼女たちと普通に話せるようになったのも、零が傍にいてくれたお陰だ。

 親友となった陽彩と引き合わせてくれたのも彼だし、いくら感謝してもし足りないくらいだと有栖は思っている。


「……思えば、もうあれから一年になるんだね。まだ少し、気が早いかもしれないけどさ」


「そうだねえ……時が過ぎるのは早いもんだ。俺たちもデビューしてから一年かあ……」


 初手、大炎上のデビューからもう少しで一年。あと一か月もすれば後輩が誕生して、自分たちも先輩になる。

 有栖の言う通り、まだ少しだけ気が早いかもしれないが……こうして温かいものを食べて、甘いデザートを堪能していると、なんだか過去を懐かしむ気持ちになってしまう。


 一つ一つの出来事を頭の中で振り返りながら、二人はこれまでの思い出を語り始めた。


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