時は流れ、クリスマスイブ

 ……時間というのは、割とあっという間に過ぎるものである。

 同僚やリスナーたちに盛大に祝ってもらったあの誕生日配信からおよそ二週間、零は今度はクリスマス配信に向けての準備でてんやわんやの日々を送っていた。


 配信の段取りを決め、飲み物や料理の材料を購入し、地元からこちらに出てきてくれるスイを迎える準備を整え、それを正確に実行していく。

 今回は一人ではなく五人で協力できるお陰で負担はそれほどでもないし、何より配信するとはいえ仲のいい友人たちと楽しくパーティーをしてクリスマスを過ごすということで、零だけでなく二期生全員がやや浮足立ち気味である。


 ファンたちもそれは同じで、クリスマスシーズンの雰囲気と久々の二期生オフコラボへの期待の呟きがSNS上でかなり見受けられていた。

 【明日の二期生クリパ楽しみにしてる!】【久々に全員集合するし、明日は色んなてぇてぇが期待できそう!】というその内容が表す通り、本日は十二月二十四日、クリスマスイブだ。


 世の中が恋人と過ごす美しい聖夜だの、明日にはサンタさんが来てくれるだの、そんなふうに賑わいを見せる中、この男が何をやっているかというと……?


「ふふふ……! ふふふふふふふ……っ!!」


 じゅうじゅうという肉が焼ける音と共に響く、実に不気味な笑い声。

 もうもうと立ち上る煙の中で怪しい笑みを浮かべていた零の背後から、おそるおそるといった様子の有栖が声をかける。


「あ、あの……零くん? なに、してるの……?」

 

「ん? ああ、有栖さん。ごめんごめん、ちょっとこいつの相手に夢中になっちゃっててさ」


 声をかけられて初めて有栖の存在に気が付いたといった様子の零が、浮かべていた笑みをにこやかなものに変えると共に彼女の方へと振り向く。

 右手にトングを、左手にフライパンを持った彼は、現在進行形で調理している大きな肉の塊を有栖へと見せつけながら、丁寧にそれに焼き色をつけていった。


「うわ、おっきい……!! それに、すっごくいい匂いだね……!!」


「肉を焼く時の匂いはいつ嗅いでもテンションが上がるんだ。しかも、こんなにデカい肉だと尚更だよね」


「でも、もう焼いちゃっていいの? パーティーは明日だよ?」


「うん、大丈夫。こいつはローストビーフにして、冷蔵庫の中で一日休ませるから……そっちの方が出来立てよりもしっとりしてていい感じになるんだよね。だからまあ、今日中に作っておこうと思ってさ」


 フライパンを火から外し、少しずつ温度を下げながら有栖へと解説する零。

 煙が出なくなってきたタイミングで肉を返し、別の面に焼き色をつけ始めた彼の料理姿を見ながら頷いた有栖は、キッチンに置かれている他の材料を目にするとまた別の質問を口にする。


「これ、玉ねぎだよね? どうするの? これも一緒に焼いて、付け合わせにするとか?」


「いや、これは後で肉の中に火を入れる時に使うんだ。ネットで見たレシピに、焼いた肉を輪切りにした玉ねぎの上に乗せて酒蒸しにするってやつがあってさ、面白そうだしやってみようかなって」


「へぇ~……! 焼くだけで終わりじゃないんだ。手間がかかって大変そうだね」


「まあね。でも、折角三瓶さんがこっちに来てくれる数少ない機会だしさ……一年の一回のクリスマスだもの、どうせなら最高に美味しい料理を食べてほしいじゃない」


 そう言いながら、また肉をひっくり返す零。

 その横顔はとても楽し気で、肉の塊を調理しているテンションの上がりだけではなく、明日のパーティーで同僚たちがこれを美味しそうに食べることを期待しているのだとすぐにわかった。


 普段は結構冷静な彼をここまで浮足立たせるだなんて、恐るべし、クリスマス……と有栖が思う中、鼻歌まじりに調理をしながら今度は零が彼女へと質問を投げかける。


「それで? あっちのみんなはどうしてるの?」


「えっと、秤屋さんは車で三瓶さんを迎えに行って、喜屋武さんは明日の料理の仕込みの仕上げに入ったところかな。それで、零くんに何か手伝ってほしいことがないか聞いてきなよって言われて、こっちに来てみた」


「そっか、もう三瓶さんが到着する時間か……!! ヤバいな、急がないと」


 そう言いながらも、零は慌てる様子を見せない。

 正確には待ちの時間が大半を占めるローストビーフの調理中に慌ててもどうしようもないからそうしているのだが、有栖にはその姿がとても余裕あり気に見えた。


「……すごいなあ。こんなに立派なごちそうを作れるだなんて、零くんって本当に料理上手だよね。喜屋武さんもそうだけど、やっぱりそういうのって憧れちゃうや」


「まあ、必要に応じてってのもあるけど、好きで勉強したところもあるからね。その気になれば有栖さんだってこのくらいは簡単にできるようになるよ」


 全面に焼き色をつけた肉を取り出し、フライパンの焦げ目を掃除する零が言う。

 何もすることがなく暇していた有栖は近くの椅子にちょこんと座ると、落ち着かない様子で脚をパタパタと動かしながら彼と会話をしていった。

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