閑話・とある警察官の話

「源田~。お前、クリスマスになんか予定入れてるのか?」


「ええ、まあ、はい」


「……もしかして女か? デートでもすんのかよ、おい」


「そんなんじゃあありませんよ。でもまあ……似たようなものですかね」


「おお……っ!!」


 とある日の警察署、上司である中島と会話を繰り広げてる源田界人ことPマンニキは、さらりと彼の質問に答えながら書類作業を進めていた。

 彼の余裕のある態度というか、落ち着き払っていながらもどこか意味深なその様子に、中島は少なからず驚きを露わにしているようだ。


(こいつ、いつの間にそんな相手を見つけやがったんだ? いや、前からちょくちょく予定があるって言って誘いを断ってはいたが、まさかな……)


 界人もそこそこいい大人、彼女の一人や二人くらいいてもおかしくない、結婚適齢期というやつだ。

 そんな彼がクリスマスに休暇を取るというのだから、やはり周囲としては恋人とデートでもするのではないかと疑ってしまう。


 そういったプライベートに踏み込むのは野暮というものだし、機会があれば向こうから報告してくるだろうから、中島としてはわざわざ問い質すつもりはないが……でもやっぱり、かわいい部下の恋愛事情は彼にも気になるものだった。


「……中島さんはイブに休暇を取るんですよね? やっぱりご家族と過ごすんですか?」


「まあな。娘はクリスマスに予定が入ってるとか言ってたからそわそわしてたんだが、それが好きな配信者のクリスマスパーティーを見るって話でよ……前に話しただろ? あのラブリーとかいうバーチャルなんちゃらって子。その子の配信を見るのが予定だって言われて、安心するやらそれでいいのかってなるやらで、複雑な気持ちだよ」


「あはは、いいじゃないですか。ぶっちゃけ、彼氏とお泊りデートするだなんて言われたら、中島さんも気が気じゃないでしょう? そこは娘さんの推しである愛鈴に感謝しないと」


「そうだなあ……! 前にクリアファイルを渡した時もなんだかんだで喜んでくれたし、娘の安全を守ってくれてるってことで感謝しとくか」


 そう他愛もない話を繰り広げつつ、椅子に深く座る中島。

 界人はこういう話に詳しいよなとサブカル関連に造詣が深い彼の知識に感心した彼は、肩凝り解消グッズを使ってマッサージをしながら話題を変えていった。


「にしても……十二月の後半から年越しまでは嫌になっちまうな。飲み会が多くなる分、酔っ払いが起こす事件も増える。人が集まるところにはトラブルが付きものだし、世間が楽しむ中、俺たちは仕事仕事で参っちまうよ」


「そうですね……それは俺も思います。でもまあ、それが俺たちの仕事ですから」


 十二月の二十四、二十五。そして大晦日から三が日にかけては、酒飲み関連のトラブルが頻発する時期だ。

 警察はその解決に追われるし、面倒な事件が多々起きる、本当に面倒な時期なのである。


 ただ、そういったトラブルを解決するために動く自分たちがいるからこそ、市民たちが安全で平和なクリスマスや年末年始を楽しめるのだと考えれば、どこか誇らしい気持ちになることも確かだ。

 警察官としての誇りを胸に、一生懸命に人々に奉仕し、その安全を守る使命を果たそうと考えているのは、界人や中島だけではないだろう。


「お前、年末年始はどうするんだ? 休みでも取ってどっか旅行とか行くのか?」


「流石にクリスマスも年末年始も休みをもらうってのは悪いですよ。色々落ち着いたら何日か休みをもらいはするでしょうけど、それも実家に帰省してのんびりして終わりですかね」


「ふ~ん、そうか……」


 恋人を連れて双方の両親に挨拶しに行く気配はなし。ということは、まだ結婚の気配はないと考えていい。

 付き合って間もないのか、あるいはそこまで話が進んでいないのかはわからないが、元旦という絶好の機会を活かそうとしないところから見るに、まだまだ界人が所帯を持つことはなさそうだ。


(まあ、焦ることもないだろうしな。警察官ってのは危険で面倒な仕事ってイメージもあるし、相手さんもその辺のことを気にしてるかもしれないし……)


 自分も結婚する際には、義両親の説得に苦労したものだ。

 心の中で部下に頑張れよ、とエールを送りながら、頭の中で妻の父親に殴られたり暴言を吐かれたりしながらも認めてもらうために頑張ったことを思い返し、遠い目になる中島であったが……当の界人には、そんな彼からの気遣いは全く届いていない。


 皆さんならば予想できている……というか、ご存じではあろうが、彼のクリスマスの予定なんて一つしかないではないか。


(いや~、中島さんの娘さんも二期生のクリパオフコラボ配信を見るのか~! 世間が狭いのか、枢たちの人気がすごいのか、どっちなんだろうな~?)


 クリスマスの日、界人は恋人とデートなんかしない。先の中島の質問に対しての濁した回答も、彼女ではないがそれに近しい相手と過ごすという意味では一緒だからああ答えたまでだ。

 愛する枢と芽衣とたらばと愛鈴とリアが楽しくパーティーをする様子を買ってきたケーキやオードブルを食しながら、酒を煽りながら見守る……【CRE8】の箱推しファンとして、これ以上に楽しいクリスマスの過ごし方があるだろうか? いや、ない。(断言)


 年末年始の配信をリアタイ視聴できない分、クリスマスパーティーでは愛を伝え、スパチャを投げなくては……と、思いつつ、それはそれとしてくるめいのクリスマスてぇてぇはあるんだろうかと限界勢らしい期待を抱く彼は、その日に備えてバリバリと仕事を進めていく。


(待ってろよ、枢~っ! クリスマスは一緒に最高の夜を過ごそうな!!)


(源田の奴、頑張ってるな。まあ、恋人と聖夜を過ごすんだから当たり前か……当日は急に事件が起きても連絡しないよう、他の連中に言っておくか)


 やる気を漲らせて仕事をこなしていく界人が考えていることを、中島は知らない。

 上司に誤解を与えつつある界人であったが、彼もまた中島から寄せられる温かな気遣いに全く気付くことなく、二期生のクリスマスパーティーのことだけで頭をいっぱいにしながら、十二月二十五日の訪れを今か今かと楽しみにし続けるのであった。

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