大きな夢、人生を変えるきっかけ

「事務所……っすか。その、なんていうか……デカい夢、ですね……!!」


 早矢の口から語られた、彼女の夢。

 Vtuberに限らず、配信者全般を集めた事務所を作りたいという壮大なスケールの夢を聞いた枢は、その大きさに驚きつつも感想を述べていく。


「その、これまで俺が聞いてきた【CRE8】所属タレントの夢っていうのは、声優になりたいとか、武道館でライブがしたいとか、そういう話だったんですけど……夢川先輩はその中でも特にデカい夢を持ってるんですね」


「最早夢っていうよりかは野望だと思うよな? でも、こいつはマジだよ」


 楽し気に喉を鳴らしたマコトは、枢の反応を面白がっているようだ。

 早矢の方は堂々と言い切った後で恥ずかしさを覚えてきたのか、少しだけもじもじとしながら自身の夢についてこう補足していく。


「えっとね、配信活動ってどんなに頑張ってもいつか終わりがくるじゃない? 卒業とか引退とか、色々言い方はあるけど……みんなの前に出られなくなって、普通の生活を送る日々は必ずやってくる。でも、だからといって全てが終わるわけじゃない。それまで紡いできた思い出とか、みんなと共有してきた感動とか、そういうのは永遠に残ると思うんだ。私は、そんなふうにみんなの心に残る配信をしたい、って思う人たちが集まれる場所を作りたい。今は右も左もわからない未熟な人間だけど、Vtuberとしての活動を通じて、色んなことを勉強していこうと思ってるんだ」


「……素敵だと思います。お世辞とか抜きに、本当にすごい夢だと思いますよ」


「ありがとう! あはは、なんか改めてこういう話をするのって恥ずかしいね! 顔、あっついや」


 まだ配信活動を始めて一年にも満たない枢であったが、早矢が言いたいことはなんとなく理解できる。

 Vtuberとしてデビューしてから今日まで過ごしてきた日々は、間違いなくこれまでの二十年近い人生の中で最も濃密な毎日だった。

 理不尽な不幸に見舞われ、配信者ならではの苦悩にも直面し続けた日々だったが、自分が得たものはそんな負の要素だけではない。


 大切だと思えるような人たちとの出会い、楽しく笑って、泣いて、そんなふうに心から感情を剥き出しにして過ごせる日々。

 そして何より、こんな自分のことを応援し続けてくれるファンたちのこともかけがえのないものだと思えるようになった枢は、間違いなく今の自分は幸せだと言い切ることができた。


 あの日、あの夜、あの車の中で、薫子から誘いを受けなかったらこんな日々を送ることはなかったのだろう。

 人生を変えるきっかけなんてものは、意外とそこら中に転がっていることを枢は知っている。


 早矢が作りたいのは配信者を集め、彼らが思うがままに活動できる場所であり、そのきっかけなのだ。

 大変なこともある、面倒なことだって山ほど転がっている。だけど、決してそれだけではないからこそ、自分たちはVtuberとして活動し続けている。


 一歩踏み出す勇気を持った人たちを迎え入れ、配信者とファンが一体になった時の感動を一人でも多くの人たちに伝えたいと願う早矢の夢は、純粋で美しいものだと枢は思った。


「……応援しますよ、俺。夢川先輩ならきっと、思い描いた夢を叶えられるって信じてます」


「えへへ……ありがとう! 私も信じてるよ。枢くんなら、この世界で自分自身の居場所を見つけられるって!」


 デビュー時の大炎上を乗り越えた際に語った夢を応援された枢は、気恥ずかしさに苦笑を浮かべた。

 きっと早矢も自分と同じ気持ちなのだろうと、お互いの夢にエールを送り合った二人が少し甘酸っぱい空気を醸し出していると……?


「おいおいおい! なんだこのエモい空気は!? 枢、お前、まさか早矢を攻略するつもりじゃないだろうな!? やらせはせん! やらせはせんぞ! 早矢は私のもんなんだからな~っ!!」


「……お前は本当に黙ってるってことができないんだな。そこがお前のいいところだってのは知ってるんだけどさ」


 全ての空気をぶち壊す乙女の発言に、呆れた口調でツッコミを入れるマコト。

 枢と早矢も彼女の発言についつい噴き出してしまう中、乙女がぐずった様子で甘え始める。


「早~矢~! お前はあんなぽっと出の男に寝取られたりしないよな~!? 私たち、運命共同体だよね~!?」


「はいはい、わかってるよ。乙女ちゃんは私の事務所に入って、一生配信者として活動するんだもんね? それが乙女ちゃんの夢だもんね?」


「そうだよ~! だから捨てないで~! 悪い男に寝取られないで~! そんなことされたら脳が破壊される~!!」


「……なんだろう。すごい既視感のある泣き方だなぁ……」


 どこか自分の義母を思い出してしまう乙女の狂乱っぷりを目の当たりにした枢がぼそりと呟けば、マコトもまた苦笑を浮かべながらうんうんと頷いてみせた。

 地味にだが、一生配信者として活動するという乙女の夢を聞くことができたことに、枢は少しだけ嬉しそうにしながら言う。


「事務所を作りたい、武道館でソロライブがしたい、一生配信者として活動したい……それぞれ方向性は違うけど、全員がスケールのデカい夢を持ってるってことがわかって嬉しかったです。事務所の大先輩であるお三方の夢を教えていただけたこと自体が、すごい誕生日プレゼントなんじゃないかなって思いました」


「そんな大したことはしてないと思うけどね。でも、枢くんが喜んでくれたのならよかった!」


「頑張んなよ、枢。一つ歳を取って、また新しい一年が始まる。これからも続いていく活動の中で夢を叶えられるかどうかは、あんた次第なんだからね」


「これ以上ハーレムを広げるな。後輩ちゃんたちが入ってきてもまずは私に会わせろ、わかったな!?」


【う~ん、心温まる応援メッセージだったなあ……()】

【なんか最後の奴だけ邪魔じゃねえか?】

【エモい空気をぶち壊す女、清川乙女!!】

【ん……? 後輩ちゃん……?】


 忙しいスケジュールの合間を縫ってわざわざ凸しに来てくれた三人も、そろそろ行かなくてはいけない時間だ。

 締めに向かいつつも、誰かさんのせいで全くエモい雰囲気にならない空気の中、感謝の言葉を述べる枢へとその誰かさんがやはり爆弾を放り投げてくる。


「まあ、ここはお前に花を持たせてやらあ! じゃあな、枢! あとついでに言っておくが、私はC寄りのDだ!!」


「ああ、そういう流れだったんだっけ? んじゃ、アタシも……Eだよ、覚えときな」


「ぐふっ!? ちょっ、やっぱ言う流れなんですか!? 皆さんにそれを言わせると、後で洒落にならない炎上が待ってる気しかしないんですけど!?」


「まあまあ、一年に一回の機会なんだし、大丈夫でしょ! ……あ、私はCね! 物足りなくてごめんね、枢くん!」


「むっひょ~っ!! マコぱいと早矢ぱいのサイズ、いただきました~っ! ゴチになります、うっす!!」


「ちょっと、清川先輩!? まさかとは思いますけど、お二人のバストカップを知るために自分から進んで情報を開示したんじゃないっすよね!?」


「ふっふっふ……何かを変えることのできる人間がいるとすれば、大事なものを捨てることができる人だ……私の推しキャラの台詞です。じゃあな、枢! お前は私の夢を叶えるための犠牲になったのだ~! ふははははは~!!」


「おい、あんた! ありったけの火種をばら撒くだけばら撒いて逃げるんじゃねえ! この恨みは忘れないからな!! 事務所のNo.3だからって反撃しないと思ったら大間違いだってことを覚えとけよ!!」


【くるるんwwwまたプロレス相手が増えたなwww】

【これは正当な反撃の理由になるのでヨシ!!】

【No.3にも恐れず反抗するその心意気は買うぜ! それはそれとして火炎瓶な!!】

【早矢ちゃんとマコト姐さんのバストサイズを教えてくれてありがとう……これ、お礼です¥5000】『欲望に正直な人さん、から』


 ビッグ3の登場からの推し同士の対話、そしてお決まりのバストカップ報告の流れで大いに盛り上がるコメント欄。

 少しだけ不穏な空気……もとい、いつも通りのあれやこれやが繰り広げられるそこを見てため息を吐いた枢は、そうした後で時間を確認してからぼそりと呟く。


「もうこれで七組? 八組くらいは凸してもらったのか。沢山の人たちにお祝いしてもらえて本当に嬉しいけど、そろそろ時間だし……次が最後になるかな?」


【ここまで結構話し続けてきたもんね。そろそろ二時間くらいになるのか】

【全然そんな時間が経った気がしないや。気が付いたら時間が流れてた感じ】

【楽しい時間は早く過ぎるもんだからなあ……次がラスト、了解!!】


 短いようで長く続いた誕生日配信もそろそろ終わりを迎えようとしている。

 次がラスト……その宣言を聞いたリスナーは、トリを務めるであろうの登場を期待して胸を躍らせていた。


「さてさて、最後の凸者は……うん、準備ができたみたいだ。じゃあ、お呼びしましょう! この方です!!」


 そうして、リスナーたちがPCの画面を食い入るように見つめる中、彼らの期待に応えるかのようにその人物が姿を現す。


「……あ、あ~……聞こえてる、よね? 大丈夫?」


「うん、平気だよ。ちゃんと聞こえてる」


「よかったぁ……! じゃあ、改めまして……お誕生日おめでとう、枢くん。お祝いに来たよ」

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