続々集結、一期生

 牛尾おせろ……人間のように見えるが、実は異世界からやって来たエルフ。

 普段はメイド喫茶で働いており、とてものんびりとした性格と抜群の包容力からファンを多く抱えた人気メイドとして名が知れ渡っている。


 ……という設定を持つVtuberの中の人を担当している人物、後田太鳳と初めて顔を合わせた零は、色んな意味で緊張していた。

 にこにこと笑いながら自分たちのすぐ近くの椅子に座った彼女は、とても楽しそうな声で話しかけてくる。


「ねえ、みんなが集まるまで、私とお話しましょう! かわいいかわいい後輩ちゃんたちのこと、いっぱい知りたいの!」


「う、うっす……!」


 積極的にコミュニケーションを取ろうとしてくれる太鳳に感謝しつつも、やはり緊張が拭い去れずにいる零。

 そんな彼の動揺を感じ取った有栖が、若干の黒羊モードを発動させながら脇腹をつねる。


「あだだだだだだだだだ……っ!?」


「零くん? さっきからどこを見てるのかな?」


「ど、どこって、その……」


 あの大きな胸です、とは口が裂けても言えない零が冷や汗を流しながら視線を泳がせる。

 嫉妬でぷくっと頬を膨らませた有栖がジト目で彼を睨む中、そんな二人のやり取りを微笑ましそうに見守っていた太鳳が楽しそうな声で話しかけてきた。


「あなた、入江有栖ちゃんね。本当に零くんと仲がいいのねぇ……! 陽彩ちゃんとも仲良くしてくれてありがとう。女の人が苦手だって聞いてるけど、私とも仲良くしてくれると嬉しいわ~!」


「ぴえっ!? は、はひ……っ! 善処、します……!」


 びくっ、と苦手な女性に声をかけられたことに体を震わせながらも、懸命に挨拶する有栖。

 そんな彼女へと優しく微笑みかけた後、太鳳は残る沙織と天へと視線を向ける。


「そっちのあなたが秤屋天ちゃんで、あなたが喜屋武沙織ちゃんね。うわあ、本当にお胸が大きいのね~! これが噂のたらばのたわわなたらば、なのね!」


「後田先輩の方こそ、それはそれは立派なおっぱいしてるさ~! これは負けを認めざるを得ないかもしれんよ~!」


 同じ特徴を持つ太鳳と沙織が超高速で打ち解け、それをネタにした会話を繰り広げる様を見つめる持たざる者たち。

 そんな微妙な空気の中で思い切って口を開いた零が太鳳へと質問を投げかける。


「あの……後田先輩、俺たちの名前をどこで知ったんですか?」


「ああ、玲央ちゃんからちょっとね。面白い子たちだって、そう言ってたわよ。私も会うのを楽しみにしてたから、こうしてご挨拶できてとっても嬉しいわ!」


 のんびりとした、やや間延びした口調でそう語った太鳳がふふふと笑う。

 彼女と自分たちとの懸け橋になってくれた玲央へと心の中で零が感謝を述べる中、席に座る太鳳の背後からにょきっと手が伸びてきて、彼女の立派な胸を揉みしだき始めた。


「うっひょ~っ! いつ揉んでもデカくて柔らかくて立派ですな! 流石は【CRE8】の最胸さいきょうママ!!」


「ひゃあんっ! もう、澪ちゃんったら、おいたはめっ! ですよ~!」


 もみもみと大きな胸を無遠慮に揉む小さな手の持ち主がひょっこりと太鳳の背後から顔を覗かせ、にししといたずらっぽく笑う。

 須藤澪……牛尾おせろと同じ一期生の左右田紗理奈の中の人を務める彼女の登場に驚く零たちであったが、セクハラを仕掛けられた当の本人は結構冷静だ。


 いたずらっ子を叱るように太鳳が澪を注意する中、また別の人物が零質の前に姿を現す。


「おろろ~ん! ママー! ママーっ! 仕事ばっかりでお疲れモードの自分を慰めて~! よちよちからのバブバブでオギャらせて~!」


「ふふふ……! 梨子ちゃんはしょうがない子ね~! よちよ~ち! ママの腕の中でのんびり甘えちゃっていいのよ~……!」


「おぎゃ~! ママ~っ! ママ~っ! ほんぎゃああっ!!」


「……何やってるんだろうな、この人は」


 突然登場したかと思えばいきなり女性の胸に飛び込んで赤子のように泣き始めた義理の母親……もとい、加峰梨子の姿を冷ややかに見つめる零が呟く。

 【CRE8】随一のママ味を持つ太鳳の甘やかしによって完全にオギャりきっている梨子の姿を見ていられなくなった零は、彼女から澪へと視線を向けると口を開いた。


「どうも、須藤先輩。元気そうで安心しましたよ」


「ん~? まあね~! いつまでもうじうじしてたら優人に笑われちゃうし、立ち直れないまま引退なんてしたらそれこそ元も子もないでしょ? 完全に吹っ切れたとは言えないけどさ……まあ、尻軽ビッチらしく切り替えることはできたと思うよ、にししっ!」


 つい先日、自分と同じ理由で凹んでいた澪が見せる元気な姿に安堵した零が僅かに笑みを浮かべる。

 彼女の言う通り、完全に優人との別れを吹っ切ったわけではないのだろうが、それでも澪が前に向かって歩いていこうとしている姿が見れて良かったと、そう心の底から思えた。


 会議室に一期生たちが続々と集まり、段々と賑やかになっていく中、自分に抱き着いてくる梨子の頭を撫でる太鳳が零たちに向かって言う。


「ええっと……ここにいる人間が八人で、二期生のスイちゃんと一期生のふたご座の子が地方民で今日来れないって話だから、その子たちを含めて考えると、この場にいないのは――」


「――ビッグ3のお三方、ってことになりますね」


 自分の言葉を継いだ零の発言に、ふわりと笑みを浮かべる太鳳。

 そうした後、彼の顔を真っ直ぐに見つめた彼女は、笑顔のままこう続ける。


「ごめんなさいね、零くん。本当はもっとあなたと色んなことを話してみたいんだけれど……時間がないみたい。なにせ、今からから」


「え……?」


 突拍子のない太鳳の発言の意味がわからず、困惑する零。

 嵐が来る、というのはどういう意味だ……? と彼が首を傾げたその瞬間、地の底から響くような恐ろしい声が会議室の外から聞こえてきた。


「くんくん……匂う、匂うぞ……!! 今までよりも濃厚でハートフルな、きゃわいい女の子の匂いがするっ!!」


 バァン! とけたたましい音を響かせながら会議室のドアが開く。

 何かが飛び込んできたと零が思った時には、既にそれは己の欲望を満たすための行動を終えていた。


「ひゃんっ!」


「きゃあっ!?」


「あんっ、もぅ……!」


「うひいっ!?」


 順番に響く、四つの悲鳴。

 それが謎の存在に胸を揉まれた三巨乳とだらしない腹を突かれた梨子の声だと理解した零の前で、声の主が満足気に拳を握り締める。


「くっは~っ! ママ巨乳に褐色巨乳にロリ巨乳、ついでに触り心地のいいぷよ腹まで揃ってるだなんて、やっぱこの事務所サイコーッ! ふへへへへ! ではでは、お次はデザートにちっぱいでも触らせていただきましょうかねぇ……!!」


「ひっ、ひいいいっ!?」


 会議室に飛び込んできたのは、本当に綺麗な女性だった。

 美しいブロンドの髪をなびかせ、整った清楚な顔立ちをしている彼女は、普通にしていれば本当に美人だという感想しか出てこないだろう。


 だが、今の彼女はその美貌を台無しにするニチャア、とした笑みを浮かべており、何かを揉むように両手をわきわきと動かすその姿は、どこからどう見ても変質者にしか見えない。


 恐ろしさのあまり、咄嗟に零の背後に隠れた有栖が体を縮こまながら悲鳴を上げる。

 そんな彼女へといやらしい中年男性のような眼差しを向ける女性の姿を目にした零は、猛烈に嫌な予感を覚えていた。


「あ、あの……後田先輩? もしかしてなんですけど、この人って……?」


「そうそう、そうなのよ。流子ちゃん、後輩ちゃんたちにセクハラする前に、自己紹介してあげて」


「わっほい! 太鳳ママにそう言われちゃあしょうがないな! えへん、えへん……そんじゃあ二期生のひよっこども、よ~く聞いて、見て、私の存在を焼きつけろ!!」


 ば~んっ! と擬音を響かせるようなポーズを取りながら、会議室の机の上に飛び乗る女性。

 もう何がなんだかわからないといった表情を浮かべる零たちに向け、彼女は堂々と悪いことをしながらその名を名乗る。


「私の名前は馬場流子ばば りゅうこ! この事務所のNO.3タレントである清川乙女きよかわ おとめの中の人じゃいっ! ……自己紹介終わりっ! さあ、乳揉ませろ~っ!!」


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