数日前、年末年始の会議にて

 ……この配信の数日前、【CRE8】本社会議室。

 その扉を開いて中に入った零は、既に着席していた友人たちの姿を見つけるとそちらへと歩み寄っていく。

 彼女たちもまた枢の存在に気が付くと、手を上げて挨拶をすると共に話をし始めた。


「おはようございます。皆さん、早いっすね」


「零くんも十分早いよ。私たちはほら、面談があったから事務所にいただけだし……」


「そういう事情を抜きにしたメンバーでいうなら、零くんが一番じゃないかな? 流石は真面目な零くんさ~!」


「寮住まいですからね。家からここまで結構近いですし、一番乗りも当然っちゃ当然でしょ」


 挨拶に応えてくれた有栖と笑顔を浮かべながら褒めてくれた沙織に応えながら、空いている椅子に座る零。

 滅多に使わない会議室の空気にプレッシャーを感じている彼は、同じく落ち着かない様子の陽彩に声をかけられて彼女の方を見やる。


「き、緊張するなあ……! 今日、大事な話をするんだろうし……!」


「一期生二期生がほぼ全員揃っての会議だなんて初めてよね? ヤバい、私も全身ガクブルよ……!」


 十二月の到来を目前としたこの日、【CRE8】では所属タレントを集めての会議が行われようとしていた。

 議題は当然、年末年始のイベントについて。事務所が主導して行う配信の日付やその内容について薫子が話をしようとしていることは全員がわかっていた。


 プレッシャーの主な要因は地方住みであるスイのような人間を除いて所属タレントのほぼ全員がこの場に揃うということにあって、初対面の先輩たちと会うことに人見知りな有栖や天は大いに緊張しているようだ。

 沙織や零は比較的軽めではあるが、それでも何も重圧を感じていないわけではなかった。


「……揃うんだね、ビッグ3。どんな人たちなのかな?」


「来栖先輩とは何度も顔を合わせてますけど、残りの二人がどんな人かはわからないですからね……俺もちょっと怖いです」


 そんな会話を沙織と繰り広げながら、深く息を吐く零。

 彼が最も気にしている部分はそこで、この場に出揃う【CRE8】のトップタレントたちとの邂逅に対して、期待と不安が入り混じった感情を抱いている。


 ビッグ3……それは、【CRE8】が誇る大人気タレントたち三人の総称。

 チャンネル登録者数百万人を目前とした、Vtuber界隈においてもかなり有名な人物であるその三人が、今日、この場にやって来る。


 No.2である獅子堂マコトこと来栖玲央とは何度か話したことがあるが、残りの二人とは顔も名前も知らない完全なる初対面だ。

 どんな人物なのか? 上手くコミュニケーションを取れるだろうかと心配する零の横で、有栖が陽彩へと質問を投げかける。


「陽彩ちゃん、ビッグ3の人たちってどんな人なの? 陽彩ちゃんなら同期だし、知ってるでしょ?」


「あっ、え~っと……その、なんだろうな……と、とにかくすごい人っていうのは間違いないんだけど、三人が三人ともベクトルが違うすごい人で……その、説明が難しいっていうか、そもそもボクはコミュ障だからあんまり関わってこなかったっていうか、なんていうか……ごめんなさい!!」


「あ、謝らないでいいよ。そんな気にしないで……」


「ううう……ボクは役立たずのゴミカス人間なんだ~……! もう少しコミュ力さえあれば、役に立てたのにぃ……」


 自分たちの中で唯一の一期生であり、ビッグ3についても知っているであろう陽彩の話に耳を傾ける零たちであったが、残念ながら彼女もあまり詳しくは知らないようだ。

 一人凹む陽彩を有栖と共に必死に慰める零が、事務所の大先輩たちの性格がどんなものなのかと想像を巡らせていると――


「失礼しま~す。時間、まだ大丈夫ですよね~?」


 ガチャリと音を響かせながら開いたドアの向こう側から、女性の声が聞こえてくる。

 のんびりと間延びしたその声に反応して振り向いた一同の目に映ったのは、ゆるふわな雰囲気の女性の姿だった。


「あら? あらあらあら? あらあらあらあら!!」


 同じく、零たちの方へと視線を向けたその女性は、驚いたように口元に開いた手を当てると、ぱっちりと目を開いて五人のことをその瞳の中に映す。

 嬉しそうに、楽しそうに笑った彼女は、そのままのんびりとしていながらも興奮していることがわかる雰囲気を見せながらこちらへと歩み寄ってきた。


「うっ……!?」


「ぴえっ!?」


「わっ……!?」


「おほっ……!?」


 上から順に、零、有栖、沙織、天の呻き声。

 四人の驚く表情を目にした陽彩が、うんうんとその反応に理解を示すように頷きながら口を開く。


「うん、わかるよ。ボクも最初そうだったから」


 零たちを驚かせたもの、それは近付いてくる女性の姿……というより、体の一部。

 染めているようには見えない、やや赤みがかった茶髪のロングヘアを揺らしながら、柔和で穏やかでお茶目な笑みを浮かべながら、のんびり、ゆっくりと歩み寄ってくる彼女の胸は……


 季節は冬、寒さが厳しいこの時期には、自然と厚着するようになる。

 目の前の女性も当然ながらそうしているのだが、セーターを押し上げる二つの膨らみは冗談抜きにしてかなり大きい。


 沙織の巨乳に慣れた二期生たちですら驚かせるような、彼女と同等かそれ以上の大きさの山脈を胸に備える女性はにこにこと笑みを浮かべながら零たちが座っている席のすぐ近くまでやってくると、優しく手を叩きながら口を開く。


「はじめまして~! あなたたち、二期生の後輩さんたちであってるかしら?」


「あ、はい。はじめまして、二期生の蛇道枢を担当してます、阿久津零です」


「あらあら、丁寧に挨拶してくれてありがとうね。零くん、いい子いい子……!」


 一同を代表して零が女性に挨拶をしてみれば、嬉しそうに笑った彼女から頭を撫でられてしまった。

 この時点でかなり独特な性格をしていることを感じ取った零が気恥ずかしそうにしながら会釈をする中、ふふふと笑った女性が初対面の二期生たちの顔を見まわしてから自己紹介を行う。


「挨拶が遅れてごめんなさいね~。私は後田太鳳うしろだ たお、一期生の牛尾おせろを担当してる、あなたたちの先輩……ってことになるのかしら? これからどうぞ、よろしくね~!」


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