悲報・ウチの部下、めんどくさい

 これは本当に大切な質問だ。この答えによって、今後の二人への接し方が変わってくる。

 二人が所属する事務所の代表として、零の保護者として、二人の関係性を正しく把握することは自分の責務だ。


 有栖との関係性は、どこまで発展したのか?

 遊園地から帰ってきて、もう少しだけ一緒にいようと話した後の延長戦で何をしたのかを確認せねばと考えた薫子は、じっと零の顔を見つめながら彼の答えを待つ。


 とある伝手(現在寝込んでいる天)からの情報では、既にハグまでは経験済みとのこと。

 そこに今回手を繋ぐという一歩前の段階も経験したとくれば、そこから一跳びに関係性が発展していてもおかしくない。


 告白、からの了承。晴れて恋人同士になってからの、キス。

 一応は同じ屋根の下で暮らしているといえる二人の関係がそこから更に発展し、俗にいうエッッ! な展開になっていてもなんら変なことはないと思いながら、緊張を高めつつ零の返答を待つ薫子。


 ややあって、気恥ずかしそうに鼻を鳴らした彼は、叔母の方を見ずにこう答えてみせる。


「どこまでって、近所のファミレスですよ。薫子さんも行ったことあるでしょ? 駅近くにある、あの店です」


「いやいや、そういうのいいから。もっと、ほら……な? ちゃんと叔母さんに話してみろ? なっ?」


「いやいやいやいや、ちゃんと話してみろって言われても、夜遅くまで開いてる店なんてこの辺じゃあそこしかないでしょう? 別に嘘なんてついてませんって」


「うん……? ん? んん~……?」


 どこまでいった? という質問に対して、そのままの意味の答えを返す零。

 てっきり彼が照れ隠しでややズレているその回答を口にしたのだと考えていた薫子であったが、そこから続く彼の反応を見ている間に、何かがおかしいことに気が付く。


 なんというか、今の零には恥ずかしがっている様子はあっても嘘をついているふうには見えない。

 隠し事とせずにありのままあったことを話しているように見える邪気のない彼の表情を目にした薫子は、込み上げてくる嫌な予感を覚えながら、震える声で次なる質問を投げかける。


「な、なあ、零? その、お前……もっと一緒にいたいって有栖に言った後、何をしてたんだ? その、具体的に教えてくれないか?」


「え? いや、別に普通ですよ。ファミレスに行って、ドリンクバー頼んで、遅くまでずっとお喋りして……今日は楽しかったね~とか、買ってきたお土産を薫子さんたちが気に入ってくれるといいね~とか、そんなことを話してましたけど?」


「そ、それで、その後は……?」


「その後? 普通に帰りましたよ? 夜も遅かったですし、俺たちも遊んで疲れてましたから、今度こそタクシー使って寮まで帰ってきました」


「は、はあああああああああああっ!?」


 予想外の零の回答に、薫子は思わず大声を出してしまった。

 叔母の突然の豹変にびっくりする彼に対して、薫子は鼻息を荒げながら詰め寄る。


「お前、そこまでいっておいて何もしなかったのか!? 有栖の奴、なんか変な反応してなかったか!?」


「え……? 有栖さん、めっちゃニコニコでしたけど? 今日は本当に楽しかったね、零くん! って、最後の最後まで楽しそうにしてくれてましたけど、なにか問題が?」


「おおお、おまっ、お前らっ! ばばば、馬鹿かっ!? いや、馬鹿だっ!? そこまでいったらこう、なにかあるだろ!? キスとか、セックスとかさぁ!!」


「セッッ!? 何言ってるんですか、薫子さん! そんなことするわけないじゃないですか! 俺たち、デートはしましたけど……別に恋人でも何でもない、普通の同僚兼友達なんですから!」


「はぁぁぁぁぁぁぁ……ッッ!?」


 立ち上がり、大声で零を叱責していた薫子が彼のその発言に力なく崩れ落ちる。

 まさか、まさかとは思っていたが……未だにそこで認識がストップしているなどとは思っていなかった彼女は、先ほどまでの期待をまるっと裏切られた絶望に声にならない悲鳴を上げた。


 最低限、告白まではいっていると思っていた。あるいは、そこまで決定的な何かこそなくともお互いがそういう関係性に近付いている認識くらいはあるだろうと想定していた。

 だが……この奥手で鈍感にもほどがある部下二人は、自分たちの関係をデートはするけど別にそれ以上は何もない友人という形で認識しており、恋人というもう目の前にある低い低いハードルを超えずに立ち止まっている。


 嘘だろう、と叫びたくなる。冗談は止してくれ、と泣きたくなる。

 何よりも厄介なのは完全にそれっぽいことをしていないわけではなく、深夜まで二人きりでお喋りというそこそこ甘ったるいことをしている部分で、なんでそこまでいっておきながらもう一歩を踏み出せないのだと、零にも有栖にもツッコんでしまいたい気分で薫子の心の中はいっぱいだった。


「おま、えらっ! 本当に、お前ら、お前らぁ……!!」


 心臓が痛い。まだこのお預けを食らう羽目になるのだと考えると意識が遠くなる。

 自己評価が低いというか、自分たちの行動を恋愛に繋げる能力が無さ過ぎるというか、馬鹿というか……そんなふうに色々と考える薫子の心の中に湧いてきたのは、今、彼女の目の前にいる零がよく叫ぶ、あのおなじみの言葉だった。


「本っ当に、死ぬほど……めんどくせええええええっ!!」


 社長室にこだまする、薫子の魂の叫び。

 関係性が発展しそうでギリギリのところで寸止めされる苦しみに悶える彼女の咆哮を目の当たりにした零は、その意味がわからずにきょとんとした表情を浮かべてその叫びを聞いたそうな。






 ……なお、その後やっぱり花咲たらばがうっかり零と有栖がデートをしたことを配信で話してしまった結果、蛇道枢の下には冷やかしの言葉と共に火炎瓶が投げ込まれ、羊坂芽衣のところには温かい言葉とデートの話を聞きたがる限界勢(黄瀬祈里含む)が押し寄せ、このもどかしい感覚がつらくて堪らないと涙ながらに語る魚住しずくの言葉にリスナーたちが深い共感を抱き、この話を元に薄い本(R18)を描こうとした柳生しゃぼんは炎上し、無事に体調を回復させた愛鈴は配信に復帰し、またしても何も知らないリア・アクエリアスさん(十八歳)が誕生した。


 結論・【CRE8】は今日も平和(一部を除く)。



――――――――――――――


今回も短編を読んでくださってありがとうございました!

短くなると言っておきながらなんだかんだでここまで続けてしまって申し訳ない……この話のオチもこれで良かったのかと悩み中です。


これで今回の短編は終わり。明日からは第六部【年末年始ってめんどくせえ!】が始まります!

普段は活動報告等でご報告するのですが、最近は仕事が忙しくってそれどころじゃないのでこちらで失礼をば……。


六部は今までのような炎上事件発生! という感じではなく、枢の誕生日配信やクリスマス、年末年始のイベントの諸々を短編として繋げるようなお話になると思います。

今までのようなドラマ性はないかもしれませんが、代わりにここまで登場しなかった先輩たちが一気に登場する予定です。


彼女らと零(枢)との出会いやそこからの絡みを楽しんでいただけるよう、頑張って書いていこうと思います!


では、次回の更新を楽しみに待っていてください!

これからも【Vtuberってめんどくせえ!】をよろしくお願いいたします!


PS.感想返信ができなくてごめんなさい! 仕事が落ち着いたら再会しますので、もう少しお待ちを!



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