やっぱり、意識してるんじゃないか
「あっ、ママだ! ママーっ!!」
人通りの多いアトラクションと土産物屋の周囲まで戻ってきた途端、ぱあっと明るい表情を浮かべた子供が有栖の手を振り払って駆け出す。
その先にはおろおろとした様子で我が子を探す母親の姿があり、自分へと向かって走ってくる子供の声を聞いた瞬間、その表情が一気に安心感に染まっていく様が零と有栖の目に映った。
「琢磨! もう、どこに行ってたの!? あれだけお店の外には出ちゃだめだって言ったでしょ!」
「ごめんなさい……プーキーが歩いてるのが見えたから、つい……」
「お母さん、すごい心配したんだからね! もう一人でどこかに行っちゃだめよ? わかった?」
「うん、わかった!」
言いつけを破って一人でどこかに行ってしまった我が子を叱りつつ、その体を強く抱き締めて無事を喜ぶ母親へと、その子供が元気よく返事をする。
そうした後、安堵している母親に向け、子供が背後を指差しながら大声で言った。
「あのね! あのお兄ちゃんとお姉ちゃんが僕をここまで連れてきてくれたの! あの人たちに助けてもらったんだ!」
「そうなの? いい人に会えてよかったわね……!!」
その言葉を受けて二人の存在に気が付いた母親が、はっと顔を上げると同時に立ち上がり、零たちへと視線を向ける。
小さく会釈する零と有栖へと向き直り、深々と頭を下げた彼女は、自分の子供を助けてもらったことへの感謝の言葉を述べていった。
「本当にありがとうございます! あなたたちがいなかったら、うちの子ももっと心細い思いをしていたと思います。自分の子供から目を離してしまった母親の不始末の尻拭いをさせてしまい、申し訳ありません」
「いえ、別に気にする必要ないですよ。人として当然のことをしたまでですし」
女性恐怖症であり、初対面の女性に対して若干の気後れを抱いている有栖に代わって、柔和な態度で返事をする零。
我が子を助けてもらった恩を深々と胸に刻んでいる彼女は、再び頭を下げると共に今度は謝罪がメインの言葉を口にする。
「本当にすいませんでした。私たちのせいで、余計な手間をかけさせてしまって……折角のデートでしょうに、本当にご迷惑をお掛けして……」
「い、いや、あの、そういうんじゃないで、本当に気にしないでください。別に大丈夫ですから、はい」
深々と頭を下げる母親の口から飛び出したデートという言葉に多少の焦りを見せつつも、零は彼女を一生懸命にフォローした。
別にお礼を期待していたわけでもなく、普通に困っている子供を助けただけな二人は、何度も頭を下げる母親と出会った時の泣き顔が嘘であるかのような明るい笑顔を見せる子供に手を振って、親子を見送る。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう! デート、楽しんでね~!」
「コラ、琢磨! 余計なことを言わないの!」
「あはははは、子供は純粋だねえ。っていうか、迷子になって泣きべそをかく子供にしては随分とませてるような……?」
照れが半分、ごまかしがもう半分といった言葉を口にしながら、有栖の反応を窺う零。
優しい笑みを浮かべながら親子を見送っていた彼女は、二人の姿が見えなくなると同時に小さく息を吐くと、ぼそりと呟くようにして言った。
「やっぱり、そう見えるのかな? お母さんもあの子も、そう言ってたし……」
「ま、まあ、そうなのかもね。男女が二人で出掛けてるんだし、そう思われるのも自然っちゃ自然なのかもね! あははははは……!」
薫子や李衣菜、祈里からも言われていたことだが、初対面の女性からも同じことを言われるとなるとやはり周囲からはそういうふうに見えているということを認めざるを得ない。
あくまで周りの人間はそう見えるだけだという体で有栖の言葉に同意しつつ、それを笑い飛ばすようにやや不自然な笑い声を出した零へと、視線をわずかに向けた彼女がか細い声で言う。
「……デートしてるっていうより、恋人に見えるのかなって意味だったんだけど……零くんはどう思う?」
「う゛え゛っ……!?」
唐突な、完全なる不意を突いたその質問に対して、素っ頓狂な声を漏らして硬直する零。
ここはどう答えるのが正解なのか、有栖がどんな答えを望んでいるのかを必死に考える彼であったが、その間に我に返った有栖がはっとすると共に顔を真っ赤にしながら否定の言葉を口にし始める。
「ごっ、ごめんね! 変なこと聞いちゃった! い、今のなし! 忘れて!!」
「あっ!? 有栖さん!?」
ばたばたと慌ただしく一気にそう言った後、今度こそといった様子でコインロッカーがある方向へと小走りで駆け出す有栖を見つめる零が手を伸ばす。
今のは対応としては最悪だったのではないかと、強く肯定か笑って否定するかのどちらかの反応を見せておけば、有栖に恥をかかせることもなかったのではないかと後悔しながら、深いため息を吐く。
……だがしかし、同時に少しこんなことを思っていたりもした。
あんな問いかけが飛び出してくるということは、有栖も多少は自分のことを意識してくれているのではないか、と……。
(うおっ! ダメだ俺! 調子乗んな俺! そういう妄想、良くない!!)
一瞬だけ思い浮かんだその考えを意地になって否定しつつ、大慌てで有栖を追って駆け出す零。
しかし、頭の中に浮かんだ思いは想いとなって心に移動しており、完全にその疑念を払拭することはできずにいる。
妙な期待を抱くのは失礼だが、逆に期待し過ぎないのもそれはそれで失礼なのでは……? と思い始めた彼の中では、少しずつ変化が起きつつある。
ただ、それをどう表せばいいのかがわからずにいる彼は、悶々とした感情を抱えたまま、有栖とのお出掛けを再開するのであった。
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