なお、限界アイドルの視点
「はい、カット! このシーンはOKです!」
「次は二つの班に分かれて撮影します! 李衣菜さんと恵梨香ちゃんは蒸気機関車のアトラクションに乗って、そのレビューを。奈々ちゃん羽衣ちゃん祈里ちゃんの三人は土産物屋での撮影をお願いしま~す!」
一方その頃、順調に撮影を続けていた【SunRise】のメンバーは、一つのシーンの撮影を終えて二手に分かれての撮影に移行しようとしていた。
リーダーの李衣菜と恵梨香で一グループ、同い年の三人でもう一グループというまあ妥当なチーム分けには文句はないが、ある部分に不安が残っている。
その不安の元凶というか、諸々の不安要素の塊とでもいうべき存在である祈里に向け、同じチームの羽衣と奈々が声をかけた。
「おい、祈里。わかってるよな? 李衣菜さんと少しだけ離れるけど、だからって暴走するんじゃないぞ?」
「わかってますよ。私をなんだと思ってるんですか」
「Vtuberの限界オタク。あるいは、いつ爆発するかわからない時限爆弾」
「惜しい、くるめい過激派が抜けていますね。そこが入れば完璧です」
ストッパーである李衣菜と離れ離れになった状況で祈里の暴走を止められる自信のない二人が、彼女の返答を聞いて深いため息を吐く。
眼鏡をかけた知的なキャラと見せかけて、自分たちの中で誰よりもヤベー奴である祈里をどうにか操縦しなければならない状況には、ライバル関係である奈々と羽衣もお互いを労わり合うくらいには絶望感を感じているようだ。
「どうすんのよ、こいつ? 私たちだけでなんとかなる?」
「無理じゃねえの? ぶっちゃけ、李衣菜さんでも操縦しきれてねえし……沙織さん、どうやって祈里のことを手懐けてたんだろうなぁ……?」
「今度連絡して、教えてもらいましょう。流石に疲労感が半端ないわ」
沙織と静流がいなくなった穴を埋めるべく努力している【SunRise】だが、祈里の操縦方法だけは未だにわかっていない。
この部分に関してだけは沙織の力を貸してほしくなってしまうな……と、ぶっちゃけたことを言い合う二人に対して、眼鏡のブリッジをクイッと押した祈里が言う。
「安心してください。私もそこまで愚かではありません。くるめいが近くにいるとはいえ、お二人の手を煩わせるような真似はしませんよ」
「いや、さっきレストランで思いっきり煩わされたんだけど」
「お前の言葉、全く信用できないって学習しちまったからなあ……」
全くもって信頼のない祈里の発言にげんなりとした表情を浮かべながら反応する奈々と羽衣。
そんな彼女たちの言葉にも一切動じない祈里は、意気揚々と(無表情ではあるが)次の撮影現場へと向かっていく。
「まあ、見ていてくださいよ。お二人が心配するようなことはなにも――っっ!?」
「……祈里? どうかしたの?」
普通に話していた祈里であったが、その動きが不意にぴたりと止まる。
言葉の途中で息を飲み、完全に停止した彼女の様子を訝しんだ二人が、祈里の視線の先を確認してみると……?
「あれ? 零くんと有栖ちゃんじゃん。またばったり遭遇したわね」
「おいおい。デート中の二人を見て、また固まっちまったのかぁ?」
そこには先ほどレストランで出くわした零と有栖が話をしながら歩いていく姿があった。
また限界勢が発動したのかとうんざりとした表情を浮かべる二人であったが、祈里が注目している点はそこではないようで……?
「ふ、二人の間に子供が挟まっている、だと……!? いつの間にそんな関係に!? 恋人をすっ飛ばして夫婦、家族になっているだなんて……!?」
土産物屋の方向に向かって歩いていく二人の間には、ついさっき保護したばかりの迷子の少年の姿があった。
枢と、芽衣と、謎の男子が三人で仲睦まじく遊園地を行く姿を目にした祈里は、限界勢を通り越した厄介勢としての妄想を繰り広げ始める。
「お、おい、祈里? 普通に考えて、あれは迷子かなんかを保護しただけだと思うぞ? 年齢とかを考えろよ、なあ」
「告白からのお付き合いからのプロポーズからの婚約からの結婚式ヌ゛ッッ!! はぁ、はぁ……からの初夜エッッ!! ぜぇ、はぁ……からの家族が増えてパパママになってからの幸せな家庭構築……!! ヌ゛ッッ!!」
「くそっ、だめだ! 完全にトリップしてる! 戻ってきなさい、祈里! 私たちの話を聞きなさいってば!!」
「ぐふぅ……! 我が生涯に一片の悔い、なし……いややっぱり二人の結婚式に参列してご祝儀を出せなかったのと出産祝いをお渡しできなかった事に関してはめっちゃ悔やんでます……ガクッ」
「「祈里~~っ!?」」
実に……心の底から満足気な表情を浮かべた祈里がそのまま背後へと倒れる。
予期せぬトラブルというか、絶対に起きてはならない事態に遭遇してしまったことに焦りながら、奈々と羽衣は帰ったらまず沙織に連絡を取ってこいつの操り方を教えてもらうんだと固く心に誓いつつ、倒れた祈里を引き摺って次の撮影場所へと向かうのであった。
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