輝くもの、それはきっと――

「わあ……っ!! すっごい……!!」


 岸壁に輝く、色とりどりの光。

 赤、青、黄、緑、桃……様々な色に輝くそれの正体を目を細めて確かめた零が、大きく頷きながら呟く。


「これ、宝石か。壁に宝石が埋まってるんだ……!」


 洞窟の壁で輝く光の正体、それは岩壁から顔を覗かせる宝石たちだ。

 天井からぶら下がっているランタンの明かりを受けて眩い輝きを放つそれらを見つめる乗客たちは、先ほどまで広がっていた暗黒の不安感も忘れて感激の表情を浮かべている。


『皆さんがご覧の通り、この洞窟では宝石の原石が多く採掘できます。西部時代のゴールドラッシュならぬ、ジュエルラッシュというやつですね。ここ一帯の岸壁に埋まっている原石はドリームライナーの観光名所とするために敢えて手付かずの状態にしています。どうです? とても綺麗で、幻想的な光景でしょう?』


 そんなアナウンスの言葉には、乗客の誰もが頷くしかなかった。

 ほのかな明かりを反射し、暗い洞窟の中でそれぞれの色の輝きを放つ宝石の原石たちが作り出す光景は、息を飲むほどに美しい。

 決して華美になり過ぎず、豪華過ぎて下品になっているということもなく……優しく美しい光を放つそれは、夜空に浮かぶ星々のようだと零は思う。


 岩壁に作り出されたプラネタリウム。あるいは、手の届く近さに存在する色鮮やかな夜空。

 彼と共にその光景を目の当たりにしている有栖も感嘆のため息を漏らしており、その瞳に美しい輝きを見止めている。


「綺麗だね、零くん……! もっとゆっくり見ていたいなあ……!!」


「俺もそう思うよ。もう一回くらいこのアトラクションに乗りたくなっちゃったな」


 暗闇に怯えていた子供も、その親も、他の乗客たちも……今はもう、すっかりこの美しい光景に夢中になっていた。

 ロマンチックというにはやや暗過ぎるし狭い場所な気がするし、周囲に人が多過ぎるような気がしなくもないが、それでも零と有栖は一緒にこの感動を分かち合えていることを心の底から喜んでいる。


 機関車から身を乗り出すようにして岩壁を見つめている有栖と、そんな彼女の背中を静かに見守る零。

 今、有栖はどんな顔をしているのだろうかと思いながら、彼は心の中でこんなことを思う。


(しまったな。席、前後にしてもらえばよかったかも)


 隣の席からでは、外を見つめる有栖の背中しか見ることができない。

 後ろの席に座っていれば、今、ああやって美しい光景に夢中になっている有栖の表情を見ることができたかもしれないなと思いながら、そんなことを考えている自分がおかしくなった零が小さく鼻を鳴らしてから苦笑を浮かべる。


 最前列に座っている彼の目には、線路の先にある洞窟の終わりが外から差し込む光と共に見えていた。

 ゆっくり、ゆっくりとカロライナ号は洞窟を進み、名所である洞窟とその中の景色を乗客たちの記憶と心にしっかりと刻ませたところで再び外界へと戻ってくる。


 幻想的な空間からは抜け出してしまったが、洞窟の外に広がっているのもまた夢の国。

 少しずつ旅の終わりが近付いてくる中、壮年の男性によるアナウンスが乗客たちの耳に響いた。


『さあ、そろそろこの旅も終わりです。もしも先ほどの洞窟で見た宝石が気になりましたら、駅に着いた後で近くの土産物屋を覗いてみてください。本物の宝石……は流石にありませんが、よくできたレプリカが売っていますから。この旅の思い出に、今日という日の記念に、お一ついかがでしょう? 恋人への贈り物としても最適ですよ』


「……だってさ。どうする、有栖さん?」


「えっ!? あ、その……ちょっとだけ欲しい、かも……」


「そっか。じゃあ、後で見に行こうよ。俺も欲しくなってたところだからさ」


「う、うんっ!!」


 最後の最後で商売っ気を出してきたアナウンスに苦笑した零が有栖へとそう問いかけてみれば、彼女は恥ずかしそうに答えを返してきた。

 大きく頷き、土産物屋を覗いていくことを約束する彼の返事に、有栖もまたぱあっと明るく輝く笑みを浮かべて嬉しそうに頷いてみせる。


(今の有栖さんの笑顔の方が、さっきの光景よりも綺麗だな)


 そんな気障で馬鹿らしいことを自然と思ってしまう自分の馬鹿らしさに、ついつい自嘲の笑みが浮かんでしまう。

 まだ浮ついた気持ちが残っているというか、どこまでも今日は落ち着かないでいるなと、普段とは全く違う自分の状態に呆れながらも、今日くらいは構わないかと思い直す零。


 折角遊園地に遊びに来ているのだ、今日くらいは浮ついた気分でいてもいいじゃないか。

 馬鹿みたいに弾ける必要はないだろうが、それと同じくらいに普段のテンションを維持し続ける必要もないだろうと、そう考えながらもやはり苦笑が治まることはなかった。


 仮に浮ついていたとしても、ついさっき思い浮かべた言葉を有栖に伝えられるわけがない。

 あんな時代遅れの口説き文句を贈ったりなんかしたら、困惑される以前に爆笑されてしまうだろう。


(君の笑顔はダイヤモンド、ってか? いや、完全に馬鹿が言う台詞だろ)


 そんな気障を通り越してギャグとしか思えない台詞を口にしている自分の姿を思い浮かべた零は、あり得ないと思いつつもちょっとだけ気に入ったそれをいつか声劇の台本として採用しようかなだなんて考えながら、有栖と共に土産物屋へと向かっていった。

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