これは、デートじゃない

「たまたま福引でチケットが当たったから、だから私を誘ったんだね。それ以上でもそれ以下でもないんだ?」


「はぇ……?」


 レストランでの食事を終え、昼のパレードを見に行く道すがら、有栖から不意にそんなことを言われた零が間抜けな声を出しながら彼女のことを見やる。

 ちらりとこちらを見た有栖は拗ねた表情を浮かべると、ぷくっと頬を膨らませながらこれまた拗ねた様子でこんなことを言い始めた。


「さっき小泉さんたちに言ってたでしょ? 別にこれはデートじゃなくって、福引でチケットが当たったから遊びに来ただけだって……零くんの発言を聞き返しただけだよ?」


「いや、確かにそう言ったけどさ。あれは本当のことを説明すると長くなるし、根掘り葉掘り聞かれても困るからああ言っただけであって、決して本心じゃあないっていうか……」


 しまった、と心の中で思いながら必死に有栖へと言い訳をする零。

 別段、彼女のことを軽んじていたわけではないのだが、ものの言い方によっては悪い意味で捉えられかねないと、自分の発言の不用意さに焦りを募らせた彼が珍しく慌てた姿を見せる。


 そんな彼の反応をくすくすと笑った有栖は、あっけらかんとした明るい声でネタバラシをしてやった。


「ふふふ……! 冗談だよ。あの場面だったらあの反応が正しいだろうし、間違ったことも言ってないしね。ちょっと零くんをからかいたくって、ふざけてみただけ!」


「な、なんだ……! 脅かさないでよ、有栖さん……」


「ごめんね。ちょっとだけ面倒くさい女の子ムーブしてみたくなっちゃったんだ。少しだけ須藤先輩の影響があったりしてね、ふふふっ!」


 どこか小悪魔じみたそのムーブは、確かに澪っぽいと言われればそうかもしれない。

 あんな部分を真似しないでくれと思いつつ、こういうちょっと面倒くさい反応を見せる女の子もそれはそれで悪くはないというか、かわいく思えるなと考えた零は、ほんのちょっとばかり兄貴分の気持ちが理解できたような気がした。


(狩栖さん、なんだかんだで須藤先輩のこういうところが好きだったんだろうなぁ……)


 これを天がやったらビンタの一発でも食らわせてしまうかもしれないが、有栖のような距離の近しい女の子にやられると少しばかりではあるが心が踊ってしまうことも確かだ。

 色々と澪の世話を焼いていた優人には大きな負担がかかっているように見えたが、彼はそれを楽しんでやっていたんだろうなと理解して頷く零の隣で、有栖がしみじみと言う。(なお、この時点で四回目のくしゃみをした天は自分が風邪をひいたことを確信し、SNSに本日の配信を休む旨を書き込んでいた)


「……これ、デートじゃないもんね。私が零くんにお礼をしてもらってるだけで、友達同士で遊んでるだけだもんね」


「ああ、うん……」


 確かにそう、その通りだ。自分も李衣菜たちにそう言ったし、デートではないと自分に言い聞かせている節はある。

 だから有栖の言葉に同意した零であったが、同時に頷いてもいいのかという迷いが胸の中によぎってもいた。


 有栖の言う通り、自分たちの関係はただの友人であり、同じ事務所に所属している同期以上のなにものでもない。

 このお出掛けも恋愛感情を持って遊んでいるわけではなく、世話になったことへの感謝を示すためのものだ。


 男女二人だけで遊びに来てはいるけど、恋人同士ではないし恋愛感情もないのだからデートではない。

 完全にプライベートでのお出掛けではあるけれども、お礼をするという名目があるのだからやっぱりデートではない。


 ……そのはずなのだが、心のどこかではやっぱりその定義づけに無理があるのではないかと思ってしまうことも確かだ。

 相談を持ち掛けた薫子にも、遊んでいる自分たちの姿を実際に目にした李衣菜にもデートだと言われてしまったし……傍から見ればそう思われるだけの何かがあるのだろう。

 若い男女が二人きりで出掛けている様をからかうためにそう言っている可能性もあるだろうが、それ以外の感情が彼女たちの態度から感じ取れたのもまた事実だ。


(でも、有栖さんがデートじゃないって言ってるしなあ……俺がこれをデートだって言ったりなんかしたら、逆に引かれちまう可能性もあるし……)


 零の中では徐々にこのお出掛けに対する認識が揺らいではいるが、有栖がこれをただの恩返し的な意味合いのお出掛けと捉えているのだからその意見を覆したくはない。

 むしろ男の自分がこれはただの友人同士のお出掛けじゃなくてデートだなんて言ったら、彼女を困らせてしまう可能性があるではないか。


 そんなことを考えながら、これはデートじゃないんだと自分に言い聞かせつつ歩き続けていた零は、パレードの観覧場である広場に近付くほどにどんどん人口密度が高くなっていることに気が付いた。

 そりゃあ、イベントがあるんだったら来場者全員が見に来て当然かと考え直した彼は、少し歩みを緩めて有栖へと声をかける。


「有栖さん、大丈夫? 人が多くなってきたから、はぐれないようにね」


「う、うん……! でも本当に沢山の人たちが集まってるね……」


 平日の昼間だというのに、テーマパークには思っていた以上の人々が遊びに来ているようだ。

 そのほぼ全員が一か所に集まるとなると、やはり相当な人だかりができてしまう。


「わ、わわわ……っ!?」


「あっ! 有栖さん!!」


 どんっ、と誰かとぶつかる度に、ふらついた有栖の小さな体が人の波に飲まれそうになる。

 このままではマズいと判断した零は咄嗟に手を伸ばすと、有栖の腕を取って自分の方へと引き寄せた。


「あ、ありがと、零くん……」


「どういたしまして。でも思ってた以上に人が多いな。このままじゃ、先に進むのも大変だ」


 零一人ならば人ごみを掻き分けるのなんて簡単だが、小柄な有栖には無理な話だろう。

 それよりも、後からやってくるであろう人々に挟まれてはぐれる危険性について考えた方がいいなと危惧した零が難しい表情を浮かべる中、前を見つめていた有栖がぼそりと小さな声で彼へと囁く。


「……あの、さ……このままだと、はぐれちゃったりして大変……だよね? それは避けなきゃいけない、よね……?」


「え? あ、ああ、うん。そうだね」


「じゃあさ、えっと、その……」


 恥ずかしそうに俯いた有栖が、おずおずと零に左手を伸ばす。

 その手と、赤く染まった彼女の顔を交互に見てぽかんとしている零へと、有栖はか細い声でこんな提案をしてみせた。


、繋ご?」

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