デートじゃない、はずだけど……

「ぅぇ……っ!?」


 喉の奥から、変な声が出た。

 まるで興奮した祈里がよく絞り出すあの声みたいじゃないかと思いながら、零は再び目の前の有栖の姿を見やる。


 恥ずかしそうに、それでも意を決した表情を浮かべている彼女の小さな左手へと視線を落とした零は、ごほんごほんと咳払いをしてから自分への言い訳を開始した。


(これは人ごみの中ではぐれないようにするための対策であって、イチャつきとかそういうのじゃねえ! 必要に応じてそうしているだけだから、不埒な真似ってわけじゃない……よな?)


 このままでは、大勢の人の波に飲まれて有栖がどこかに流されてしまうだろう。

 そうなれば楽しいお出掛けが台無しになってしまうかもしれないし、合流するのに手間がかかってしまえばその分遊ぶ時間も削られてしまう。

 それは絶対に避けるべき事態で、そのために対策することは決して変な行動ではないはずだ。


 ごくりと、喉を鳴らして唾を飲み込む。心臓の鼓動が早くなってくる。

 自分が確かに緊張していることを悟りながら覚悟を決めた零は、できる限り平然とした態度で有栖の申し出を受けてみせた。


「そうだね。そうした方が良さそうだ。手、繋ごうか」


「う、うん……っ!」


 表面上は平静を装っている零だが、内心ではずっとテンパりっぱなしだ。

 ただ、目の前にいる有栖が自分以上に緊張した姿を見せているお陰で、気持ちを落ち着かせることができている。


 ホラーが苦手な人でも自分よりも怖がっている人が傍にいると落ち着くことができるというのは本当なんだろうなと思いながら、差し出されている有栖の手を取った零は、その瞬間に心臓が一際大きな鼓動を響かせたことを感じた。


 小さくて、ほんのりと温かくて、すべすべとしていて……自分とは圧倒的に大きさが違う、少女の手。

 傷もシミも荒れている様子もない、綺麗で真っ白な有栖の手を優しく握ってみせれば、彼女もまたそれに応えるように零の手を握り返してくれる。


「……大きいね、零くんの手。なんかちょっと、安心する」


「有栖さんの手が小さいからそう感じるだけだよ。それよりもほら、パレードがよく見える位置まで移動しよう」


「うん……」


 強く、強く……手に力を込め、繋いだ零の手を離さないように握り締める有栖。

 そうやって強く繋がるほどにはっきりと伝わってくる彼女の熱や手の感触に何ともいえない高揚感を覚えている零は、唇を真一文字に結んだまま、ただ前を見つめて足を進め続ける。


 少しでも気を抜いたら、変な顔になってしまいそうで……胸に広がる温かい感覚のせいで緩んだ表情を有栖に見られたくない一心で、彼女を引っ張るようにして前を歩く零。

 それでも決して有栖に無理をさせないように歩幅やスピードに気を遣いつつ、彼の側からも繋いだ手を離さないように有栖の手を強く握り締めて、人の波を掻き分けていく。


 前だけを見る彼は気付かない、今、自分の後ろを歩く有栖の顔が真っ赤に染まっていることを。

 熱くなった頬を抑え、嬉しそうに緩んでいる口元を必死に隠している彼女が、自分が振り向く前に早く気持ちを落ち着かせなければと考えていることなど気付く由もない。


 初めての感覚。初めての経験。初めての緊張。

 初めて尽くしの出来事の中で、零もまた自分を落ち着かせることで精一杯になっているのだ。


(デートじゃない。デートじゃない。デートじゃない。デートじゃない……はずだ。その、はずだよな……!?)


 これは必要だからそうしているだけであって、したくてしているわけではない。

 有栖だって気持ちは同じなはずで、これを恋人同士のイチャイチャだとかそういうふうに考えるのは彼女に失礼だ。


 だが、しかし……そろそろもう、無理なのではないだろうか?

 言葉にすることはできないだろうし、それを共通認識として有栖と共有することなんてもっとできないだろうが……これをただのお出掛けと言い張るのは、無理だという気がしてならない。


 認めた方が楽になるだろうし、逆に気を張る必要もなくて助かるのだろうが、「これはデートだよね?」と有栖に直接確認を求めるなんてのは今の零にとってハードルが高過ぎる難題だ。

 今はただ、彼女と顔を合わせぬようにしながら前に進むしかないと……注目すべき対象であるパレードがあってよかったと心の底から思いながらも、零は知らず知らずのうちに右手に掴む有栖の手を強く握り締め続けるのであった。

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