嗅ぎつけた、過激派アイドル

「……なんだぁ? めっちゃ人がいるなあ……?」


 一方、そんな有栖の気持ちなど欠片も知る由もない零は、トイレで頭を冷やした後で店内が騒がしいことに気が付いた。

 店の中央付近に人が多く集まっているし、よくよく考えてみれば自分たちは結構奥まった席に通されたななどと思いながらそちらの様子を窺った彼の耳に、なんだか聞き覚えのある声が響く。


「こちらのレストラン【ザ・クリスタルキッチン】では、クリスマス限定の特別メニューが大好評発売中だそうです! 私たちも早速、食べてみたいと思います!」


「うん……?」


 カメラマンや音響、照明スタッフがいることから察するに、どうやら店の中でテレビ番組の撮影が行われているようだ。

 このレストランの料理のリポートしているであろう女性の声に聞き覚えがあった零が、どこの誰が来ているのだろうなと考える中、また別の……しかしやはり聞き覚えのある女性たちの声が次々と聞こえてくる。


「うわ~……っ! 見てください、このローストビーフ! こんなに大きくて分厚いもの、初めて見ました!」


「食べ応えありそうだね! 男の人でもこのプレート一つで満足できるんじゃないかな?」


「うん! お肉は大きいけど、ソースのお陰でさっぱりしててすごく食べやすいです! これなら女性もぺろっと食べきれちゃいそう!」


「本当ね。このソース、とっても美味しいわ。香りもとても素敵で、食欲がそそられちゃう!」


「ええ、本当に……とてもとても、いい匂いがしますねえ……!!」


「あ、あれ……?」


 次々と聞こえてくる女性たちの声、その最後の発言者の声を聞いた瞬間、零の背筋を嫌な汗が伝った。

 まさか……と思いながら人ごみを掻き分け、撮影をしているテーブルがよく見える位置に移動した彼は、カメラの前で食事を取る五人組の女性たちの姿を目にしてびくりと体を震わせる。


「本当にいい匂いですねえ……! このレストラン中を満たしてくれるような、素敵な香りですよ……!!」


「な、なんであの人がここに……!?」


 ちょうど自分の真正面、そこに座る女性はテーブルの上の料理を見ていなかった。

 明らかにこちらを、零を見つめながら発言した彼女は、トレードマークの眼鏡を光らせると実にいい笑顔を見せつつ、口を開く。


「この後がすごく楽しみになりますね。色々と、話を聞かせてもらいたいですし……!!」


「ひえっ……!?」


 捕捉された、というのは今更な話なのだろう。

 おそらく彼女は、この店に入った時点で零たちの存在を把握していた可能性が高い。


 どうしてだかわからないが、これが限界勢の成せる技なのだろうなと納得した零の前で、撮影の責任者と思わしき男性が大声で合図を出す。


「カット! はい、いい画をいただきました! じゃあ、少し休憩を挟んでから次の撮影場所に移動するんで、【SunRise】の皆さんも食事をどうぞ!」


「はい、ありがとうございます! お言葉に甘えて、ここでランチを……ってあら? あの子、どこに……!?」


 カットがかかった瞬間、撮影の緊張から解放されたアイドルたちが思い思いの反応を見せながら休憩タイムに突入していく。

 その中でも特に素早い動きを見せた少女……黄瀬祈里は、瞬間移動の如く零の隣に姿を現すと共に、いい笑顔を浮かべながら彼へと言った。


「どうも阿久津さん、お久しぶりですね……! こんなところで顔を合わせるだなんて、本当に驚きましたよ」


「あ、あはは……! 本当ですねえ。その、黄瀬さんは撮影で来てる感じですか……?」


「ええ、まあ。折角の機会ですし、人目につかない奥の席で一緒に食事でもどうですか? お連れの方もご一緒して大丈夫ですよ」


「あ、あの……どうして俺に連れがいると?」


「阿久津さんが一人で遊園地に来るような寂しい趣味を持つ男性だとは思いませんので。それに……」


「……それに?」


「この店の中にてぇてぇのフレグランスが満ち満ちています。居るんでしょう、芽衣ちゃんが? 二人で来ているんですよね!? ねえっ!?」


「ひえぇ……!!」


 誰が見ても狂気じみていると評するであろう笑みを浮かべながら、零へと詰め寄る祈里。

 零が本気で有栖の存在を信じて疑っていない彼女の索敵(?)能力に恐怖する中、再びアイドルスマイルを浮かべた祈里が普段通りの淡々とした口調で言う。


「まあ、過激派オタクとしての発言はこちらに置いておくとして、滅多にない機会です、近況報告も兼ねて、食事をしながら談笑をしましょう。今、李衣菜さんたちにも報告してきますので、席で待っていてください」


「ああ、はい……」


 真面目な話をすれば、ここで【SunRise】のメンバーと話ができるのはありがたいことだった。

 祈里の言う通り、近況報告もしたいし、何より先のトラブルで変な感じになった空気を払拭できる。


 ここに沙織がいたらそれはそれは楽しいことになっただろうなと考え、でもそうなったら間違いなく面倒なことになるんだろうなと苦笑した零であったが……そんな彼の方へと振り向いた祈里が、何かどす黒いオーラを発しながら口を開く。


「ああ、そうだ……無量大数に一つもあり得ないことだとは思いますが、もしもあなたと一緒にいる人物が芽衣ちゃんではなかった場合、あなたと憤死した私の二つ分の死体が生まれることになりますので、そのことをご理解下さいね」


「う、うおぉ……! 言ってることがやべえ……!!」


 どう考えてもそれはアイドルの発言じゃないだろうと、軽くツッコミを入れる零。

 そんな彼に対してふわりと得意気に微笑んでみせた祈里は、どこか楽し気にこう呟いた。


「当然です。私、くるめい過激派なんで」

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