開園前、期待に胸を躍らせて

「ん~……っ! なんか、思ってたよりも体がこっちゃってるね。関節がぽきぽき鳴る」


「あはは、座りっぱなしの体勢には慣れてるはずなんだけどね。むしろ普段よりもいい椅子に座ってる上に時間も短いのに、どうしてかな?」


 トントンと音を鳴らしながらバスのステップを降りた有栖が大きく伸びをしながらそんなことを言う。

 彼女の言葉に軽く笑いながら応えた零は、現在位置と地図を確認しながら遊園地の入り口を指差し、口を開いた。


「入り口、あっちみたい。少し体を慣らしたら、早速行こうか。チケットは大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ。ちゃんと持ってるから」


 小さなポシェットの中にしまってあったチケットを取り出し、得意気に零へと見せる有栖。

 そんな彼女の反応に笑みを浮かべつつ、自分もまた福引で当てたチケットを取り出した零は、小柄な有栖に歩幅を合わせて入り口へと向っていった。


「うわ~……まだ開園前なのに、結構人がいるんだね……!」


「平日でこれなんだから、休日はもっとすごいんだろうな。そりゃあ、大盛り上がりになるわけだ」


 チケット売り場に並ぶ大勢の人々の姿を横目にしながらそんな会話を繰り広げる二人は、その横を通って専用の通路へと進んでいく。

 バスの費用が無料になる他にも、こういった入園待ちの人の列に並ばずに悠々と中に入れる特別優待チケットのすごさをしみじみと感じながら、今日の計画を立てるための話し合いで開園までの時間を潰していった。


「有栖さん、乗りたいアトラクションとかある? 希望があったら、開園後即乗りに行くか、ファストパスを取っておこうよ」


「えっとね……蒸気機関車と、射的ゲームができるアトラクションに乗ってみたいかな。前にコマーシャルで見て、気になってたの」


「オッケー! どっちも人気アトラクションだけど機関車の方は昼過ぎからの稼働らしいから、そっちはファストパスを取るとして、最初はシューティングゲームのアトラクションに乗ろうか!」


「うんっ! 陽彩ちゃんに鍛えてもらった射撃の腕を見せる時だね! 高得点をゲットすると景品が貰えるみたいだし、気合入れてチャレンジしようよ!」


「ははは! FPSと射的とでは色々と違うと思うけどね。でも、不甲斐ない成績を出すわけにもいかないか! ……そうそう、何か食べたいものとかってある? 昼ご飯、何がいい?」


「う~ん……それはぐるっと園内を見て回ってさ、それで美味しそうだって思った物を食べようよ! 逆に零くんは何か食べたい物とかないの?」


「あ~……ランチってわけじゃないけど、屋台で売ってるチュロスは食べたいかな。今、クリスマス仕様の限定版が売ってるらしいし、地味に楽しみにしてる」


「うわ~! それ、美味しそうだね! 私も食べたくなっちゃったから、絶対に買いに行こう!」


 有栖を気遣い、彼女の希望に合わせて遊園地を周ろうとする零と、そんな零の心遣いに甘えつつ、しっかり自分の意見を彼に伝える有栖。

 初めての遊園地デートに際して、期待に胸を膨らませる二人の姿は、周囲から見ても微笑ましいカップルそのものなのだろう。


 自分たちを見つめるゲート前で待機するスタッフたちの目線がどこか優しいものになっていることにも気付かないまま、バスの中にあった地図付きのパンフレットを二人で覗き込んで楽しそうに話を続ける零と有栖は、開園直後のプランを立てた後で少しだけ休憩を取る。

 冬の肌寒い空気を感じながらも、体の内側から湧き上がる興奮によって昂る熱がそれを掻き消してくれていることから自分たちが想像以上に期待を募らせていることを自覚した二人は、少しだけトーンを落とした声で話を再開した。


「私ね、こういうテーマパークで遊んだ記憶ってないんだ。家族とも、友達とも来たことなかったし……だから今、すごく楽しみにしてる」


「俺も似たようなもんだよ。ご存じ、毒家族に俺だけ連れてってもらえなくって、家で留守番してた記憶しかないや」


「そっか……でもさ、そのお陰で私たち、初めて同士で今日を楽しめるわけでしょ? 嫌な思い出かもしれないけど、考え方によってはラッキーなんじゃないかな?」


「うん……いいね、その考え方。確かに有栖さんの言う通りだ。どうせあいつらと一緒に行っても碌な思い出にならなかっただろうし、だったら行かない方がマシだったってのは間違いない」


 ふふっ、と有栖の言葉に笑みをこぼした零が時間を確認すべくスマートフォンの画面を点灯させる。

 開園の時間まであともう僅かであることを見て取った彼は、今度は視線を有栖へと移すと、楽しそうな声で彼女へと言った。


「なら、今日は俺も思い切り楽しませてもらうよ。嫌な思い出をきれいさっぱり忘れられるくらいの一日にするつもりで楽しむ!」


「うんっ! 私も思いっきり楽しむから、一緒に最高の一日にしようね!」


 満面の笑みを浮かべながら自分に応えてくれた有栖の姿に、少しだけ胸をときめかせる零。

 ちょうどそのタイミングでアナウンスが入り、すぐ近くにあるゲートがゆっくりと開いていく。


「さあ、開園したみたいだよ。行こう、有栖さん!」


「うんっ!!」


 賑やかな音楽が聞こえてくる園内へと続くゲートをくぐり、テーマパークに脚を踏み入れる二人。

 眼前に広がる鮮やかな夢の世界の景色に心を躍らせる零と有栖は、続いて入園してくるであろう一般客たちの波に飲み込まれる前に目的を達するべく、目当てのアトラクションへと並んで歩いていくのであった。

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