弱さの中にある、強さ
「楽しいね、ゲーム。うん、すっごく楽しい」
「陽彩さんのセンスがいいお陰だよ。っていうか、知識が深いから、初見でも盛り上がれるゲームを選んで――」
「あ、ううん。そういう意味じゃないの。こんなふうに誰かの家で、一緒に並んでゲームするのが楽しいねって、そう言いたかったんだ」
「え……?」
プレイしているゲームが楽しいのではなく、こうして零の家で彼と一緒にゲームをしていること自体が楽しいと、有栖が言う。
わかるようでわからない彼女の言葉に零がきょとんとする中、有栖は少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべながらこう続けた。
「前に話したでしょ? 私、いじめられっ子だったって……それにお母さんもあんまり誰かと遊ぶことをよく思わない人だったからさ、友達の家で一緒に遊んだ記憶なんてないんだ。だから、こうして友達と一緒に遊べて、すごく楽しいの」
ずっと昔、有栖と出会った頃に聞いた彼女の過去。
友人たちからのいじめと、自分の理想だけを押し付けてきた母親に苦しめられ続けたことによって女性恐怖症を患った有栖は、同時にその年齢で経験するはずだった思い出も得られずにいた。
普通に友達と遊んで、普通に誰かの家にお邪魔して、そこでこんなふうに一緒にゲームをして、笑い合う。
子供の頃に経験するそんな楽しさを今更になって味わっている有栖は、それを噛み締めるような声で零へと言った。
「オンラインでなら二期生のみんなや陽彩ちゃんともやってるけどさ、こうして友達の家に上がって一緒にゲームするのは多分初めてだと思う。うん、楽しい。今までやれなかったこと、できなかったこと、こういうふうにできるようになって、嬉しいって思う」
「………」
やはり、どうにも眩しい。今の零の目には、そう自分の心境を語る有栖の姿が輝いて見える。
自分の過去を、弱さを、平然と晒しながらもそれを乗り越えていく彼女を見ていると、弱さの中に確かに存在している強さを感じてしまう。
真逆だな、と……零は思った。
そして同時に、有栖は自分のためにこんな話をしてくれているのだろうなとも思う。
有栖だって馬鹿ではない、零が自分に何かを話そうとしていることは気付いているだろう。彼がその踏ん切りを見つけられずにいることもだ。
強引に聞けば話す流れになるだろうが、それはそれで零の心を傷付ける。だからこそ、有栖は彼が自分から話をする切っ掛けを作るためにこんな話をしてくれた。
自分が弱さを見せたのだから、零だって弱さを見せてもいいんだよ……と、そう、有栖は言ってくれている。
それを理解し、彼女の気遣いと優しさを感じ取った零は、小さく微笑むと暫し心の中で考えごとを続けた。
(逆なんだよなあ、本当に。有栖さんと俺の場合、色々逆だわ……)
同じ弱さでも、有栖と自分ではその中身が大きく違う。
有栖の場合、弱さは弱さでもその中には彼女自身の強さがキラリと光っていて、同時に強さを感じられるものだ。
だが、零の弱さは普段彼が隠していたり、気付いていなかったりする部分にある弱さ。つまりは強さの中にある弱さなのである。
弱いけど強い有栖と、強いけど弱い零。二人は本当に真逆の存在で、だからこそ理解し合える関係でもある。
あの日、病院で彼女の過去を聞き、自分の弱さをさらけ出した時からそのことに気付いていた零は、小さく息を吐くと手にしていたコントローラーをそっと床の上に置いた。
ちょうどいい機会だ、話させてもらおう。有栖の気遣いを無駄にはしたくないし、本当にいい流れだから。
纏う雰囲気が変わったことに気が付いた有栖が無言のままこちらを見ていることを理解しながら、少しだけ不安そうな彼女の視線を感じながら、零は真っ直ぐに前だけを見つめ、胡坐をかいた状態で膝に肘をつく。
そのまま、ぼんやりとした表情を浮かべていた彼は……有栖へと気の抜けた声で話をし始めた。
「さっきさあ……映画を観てる時、急に変なことしてごめんね。ちょっと、思っちゃったんだよ」
「……何を?」
言葉少なに、零の話を促すべく質問を投げかける有栖。
そんな彼女の言葉を受け、一拍の間を空けた零は……ぼそりと、その答えを口にしてみせた。
「大切なものを失う時って、こんな感じなんだな……って、そう思った」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます