もう少しだけ、甘えさせてほしい

「あの時のことを思うと、これも今更かって思っちゃうよね。いや、バレたらマズいんだろうけどさ」


「炎上間違いなしだよね、お互いに」


 プリクラの件もそうだが、自宅で二人きりになって密着状態で映画を鑑賞しているだなんてことがファンにバレたらとんでもないことになる。

 逆に言えば、二人きりだからこそこういうことができるわけで、ここまでのことを許すこと自体が零と有栖がお互いに深い信頼を寄せていることを表していた。


「ほんと小っちゃいなあ、有栖さん。抱き締めるのにちょうどいい大きさだ」


「零くんが大きいっていうのもあるよ。寄っかかるとすっぽり収まっちゃうもん」


 ぎゅっと、零が回している腕を少しだけ締めて有栖を抱き締める。ふわりと微笑んだ有栖がそんな彼の体に背中を預けてもたれかかる。

 自分たちの体格差にちょっとした面白さを感じながら、こうして後ろから抱き締め、抱き締められて座るのにちょうどいいサイズ感だなと思いながら、二人は話を続けていく。


「零くん、本当は抱き締めてほしい派じゃないの? 背中に喜屋武さんの胸を押し当ててもらいながら……みたいにさ」


「それはそれでいい目に遭ってるのかもしれないけど、映画に集中できなくなっちゃうでしょ?」


「あ~っ! ってことは、私の場合は別にドキドキしないってことだ。む~っ、どうせ私は貧乳ですよ~、だ」


「そういう意味じゃないよ。有栖さんの場合は……こうしてると、落ち着くんだ」


 腕に力を込め、有栖をまた強く抱き寄せた零が感情を乗せた声で言う。

 そんな彼の言葉を受けて顔を上げた有栖は、小さく微笑みを浮かべた優しい上目遣いで零のことを見つめながら口を開いた。


「初めて会った時には、零くんとこんなふうになるとは思ってなかったな。少し怖かったし、嫌われたり迷惑に思われたらどうしようって、そんなことばっかり考えてた」


「俺も似たようなもんだよ。炎上しまくってたし、仲良くしたせいで有栖さんも一緒に燃えたりしちゃったし、本当にどうしようかなって……でも、今ではすごく大切な存在だよ。うん、大切だ」


 噛み締めるようにそう呟いた零が、じっと自分を見つめる有栖を見つめ返す。

 小さく弱々しい、だけどその内側に強さを秘めた少女のの瞳を見つめ、その中に灯る自分への信頼の燈火ともしびを見て取った零は、何かを言おうと口を開こうとしたのだが――


「っっ……!!」


 びくりと、その体が震えると共に半開きになった口が動きを止める。

 妙なその反応に有栖が驚いた表情を浮かべる中、暫し固まっていた零は少しずつ腕に力を込めると、まるで縋るように彼女を抱き締め、顔を俯かせた。


「零くん……? どうかしたの?」


「……大丈夫、大丈夫だよ。ただ、少しだけ……こうさせてほしいんだ」


 急に弱々しく、か細い声でそう言った零の横顔をじっと見つめる有栖。

 何か思うところがあったのだろうと……そう判断した彼女は、クッションを膝の上に置くと優しく彼の頭を撫で始める。


「うん、いいよ。大丈夫だからね……」


 今はまだ、必要以上に踏み込むことはない。こうして零が自分に弱さを見せ、甘えてくれるだけで十分だ。

 きっと、彼はこの行動の理由を教えてくれる。何を思ってこんなことをしたのかを自分に聞かせてくれるはずだ。

 だから今は敢えて聞かないでおこう。ただ彼を受け止め、その心を包み込んであげればそれでいい。


「零くん、きちんとつらい時につらいって言えて偉いね。大変な時は、私にもたれかかっていいからね……」


 さらさらとした彼の黒い髪を指で梳かしながら、柔らかな動きで頭を撫でながら、零へと語り掛ける。

 小さく呻くように声を漏らす彼が確かに反応してくれていることを感じ取る有栖は、ただただ静かに零の弱さを受け止め、心の傷を癒し続けるのであった。

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