腕の中に、嫁
大胆にも自分と密着した状態で映画を鑑賞すると言い出した有栖の言葉に、零が動揺を覚えないはずもなかった。
明らかに普段とは違う大胆な振る舞いを見せる彼女の姿に困惑した零であったが、先の自分の行動を振り返ると共に有栖の真意を察する。
食事中、本音をこぼしてしまった零はそれに応えてくれた有栖のことを結構長い間抱き締め続けてしまった。
かなり心地良く、安心できる時間だったためについついやり過ぎてしまったわけだが……正直な話、それで満足したとは言い難い。
有栖が皿洗いをしている最中も何度か甘えたい欲が込み上げてきていたし、後ろからこっそり抱き締めてしまいたいと考えもした。
ただ、それで彼女をびっくりさせて皿を落とさせてしまったり、そのせいで怪我をさせたりしたくなかったため、あくまで考えるまでで押し留めていたわけだ。
だが……多分、そういった零の甘えたい欲を有栖も感じ取っていたのだろう。
わかりやすいというか、馬鹿正直というか、凹んでいる時もそうだが今の零は周囲から見れば何を考えているかが一目でわかる状態になっている。
だからこそ、有栖はこうして彼にその機会を与えてくれたのだと思う。
どうぞ思う存分、自分のことを抱き締めなさいと……そう、彼女は言っているのだ。
「……有栖さんが構わないなら俺はいいよ。むしろ、嬉しい」
「そっか。じゃあ、そうさせてもらうね」
お互いにかなり大胆なことをしている自覚はあるのだが、その声には思っていた以上の緊張は感じられない。
双方が双方にこの行為を容認していたりとか、相手に対して信頼を抱いていることがその原因なのだろう。
零から許可を得た有栖はゆっくりと体を倒して体重を彼に預け始め、零もまた彼女を支えながら左腕を回していく。
緩く、そっと……有栖の体を抱き締める零。
もう片方の腕でリモコンを操作して再生ボタンを押した彼は、床にそれを置くと共に左腕と同じく右腕もまた有栖へと伸ばす。
左腕を右手で掴み、まるでチャイルドシートのベルトを締めるような感覚で有栖を抱き締めた零は、腕の中にすっぽりと収まってしまう彼女の体の小ささに目を細める。
先ほどとは違って、自分が一方的に彼女のことを抱き締めている状況に少しだけ愉悦を感じながら、有栖もまた自分に体重を預けることで信頼を表してくれていることに喜びを感じながら、二人で映画鑑賞を楽しんでいく。
驚いた時にびくりと震えたり、緊張のシーンでは強くクッションを抱き締めたり、のめり込むシーンでは零の体から背中を離して前に重心を移動させたり……と、くっついていることでわかる有栖の反応をアニメ映画と同じく楽しんでいた零は、鑑賞の途中で不意に声をかけてきた彼女の話に耳を傾ける。
「なんだかさ、初めて一緒に出掛けた時のことを思い出すね。プリクラもこんな感じで撮ったでしょ?」
「あはは、そうだったね。あれからもう数か月かあ……」
クリアニの収録に際して、緊張でガチガチになっていた有栖に演技のコツを掴ませるために行ったデート。
その最中で撮影したプリクラも、言われてみれば同じような体勢だったなと思い返した零が笑みを浮かべる。
あの時はお互いに緊張や羞恥で大慌てしていたが、今ではこんなふうに大した騒動もなく同じことをしていると考えると、少し面白いかもしれない。
双方が成長したのか、あるいは関係性や相手への感情がまた変化したお陰かはわからないが、自分たちは進歩していると言っても大丈夫だろう。
それに、こうして零が有栖に心を慰めてもらうために彼女に甘えるようになっただなんてことをあの頃の自分たちに言ったとしても、絶対に信じなかったはずだ。
何がどうなってそうなったんだと二人して混乱する姿が目に浮かぶし、自分も有栖も動揺するに決まっている。
だけれども、出会って間もない頃にそんな大胆な真似をしていたということを有栖に言われて思い出した零は、苦笑を浮かべながら彼女へとこんな話をし始めた。
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