小森大也の、懺悔

「……『ロイヤルストレートフラッシュ』さ、潰れちゃったんだよね? なんか、変な客たちに突撃されまくったとかで……」


「そうみたいだね。店長の方が参っちゃったみたいだ。無罪というわけではないんだろうけど、そこまでされることもなかったんじゃないかなって、そう思うよ」


 段ボールの中に荷物を詰め込みながら、優人は大也と会話をしていた。

 浮かない表情のまま、行きつけの店が自分たちの軽率な行動によって潰れてしまったという事実に心苦しそうな声を漏らす彼は、淡々と語る優人へと力のない声で言う。


「優ちゃんは強いよね……もう前を向いて、歩き出してる。俺みたいな駄目な奴に手を貸す余裕もあるんだから、本当にすごいよ」


「そんなことないさ。僕も心の整理をしてる最中だよ。こうして仲間たちに手助けをしてるのも、そのためみたいなものさ」


「そっか……でも、俺が優ちゃんだったら自分を面倒に巻き込んだ奴のことを助けたりはしないな。優ちゃん、本当にいい奴だね」


 おだてているわけでも、機嫌を取っているわけでもない。

 今の大也は、素直にそう思って優人へと言葉を投げかけている。


 慈悲深いともいえるし、責任感が強いともいえる優人の行いに感謝とある種の劣等感を感じる彼は、そのまま小さな声で自身の心境を吐露していった。


「……ごめんよ、優ちゃん。俺、本気で反省してるんだよ……いつもの演技とか反省したふりだとかって思われるかもしれないけど、本当に悪いと思ってるんだ。今、振り返ってみると、自分がおかしくなってたんだって理解できる。調子に乗っちゃったんだよ、俺は……」


 大也の懺悔に対して、優人は何も言わない。

 だが、確かに彼の言葉に耳を傾けている。


 優しい元同僚のその態度に救われた気持ちになりながら、大也は告白を続けていった。


「俺さ、こんなしてるから子供に間違われることが多いだろ? 役者になりたくて上京して、頑張ったんだけどさ……どんなに頑張ったって、メインの役はもらえなかった。いつも主役に抜擢されるのは背の高い、スラッとしたイケメンで……俺はそいつらの引き立て役か、特徴的なモブ程度の役止まりだったんだ」


「………」


「そんな時にスカウトされてVtuberになってさ、世界が激変したんだよ。かわいいって言われて、ちやほやされて……好き放題に姿も変えられる。今のままの俺の姿でも、優ちゃんはいい台本を書いて主役にしてくれた。嬉しかったんだ、本当に。この世界でならなんだってできるって、本気で思えた。なのに――」


 段ボールに封をしながら、がっくりと項垂れる大也。

 同じくガムテープを張って一つの荷物を仕上げた優人が、そんな彼へと視線を向ける。


 憑き物が落ちたかのような弱々しい雰囲気を纏う大也は、己の愚行の果てに待っていた全てを失う結末に辿り着いた段階で、ようやく自らの行いを悔いるようになっていた。


「嬉しかったんだよ。沢山の子たちにちやほやされて、後輩たちからもすごいすごいって持ち上げられてさ……これまで見向きもされなかった女の子たちが、俺に振り向くようになった。演技が好きだって言ってくれる子たちと何人も出会った。それで、おかしくなっていったんだ。変なふうに調子に乗っちゃったんだよ……それで、やり甲斐を感じてた仕事を失っちゃった。自業自得だとはわかってるけど、本当に馬鹿なことしたよ。それも、優ちゃんたちを巻き込んでさ……」


「……反省してるんだな」


「はは、後悔って言った方が正しいとは思うけどね。でも、うん……俺がまともでいれば、居場所を失わずに済んだし、沢山の人たちに迷惑をかけることもなかったんだ……本当にごめん、優ちゃん」


 優人に向き直った大也が彼に土下座し、謝罪の言葉を口にする。

 そんな彼の姿を見つめながら……優人は、静かにこう言った。


「……一回くらい、食事にでも行けばよかった。お互い、きちんと会話をすべきだったんじゃないかなって、僕も思う。それが僕の後悔だ」


「そうだね……言われてみれば俺たち、配信外で仲良く遊んだとかそういう記憶ないや。同期なんだから、もっと話して、遊んでおけばよかった」


 優人の言葉に同意しつつ、力なく笑みを浮かべる大也。

 僅かに明るさが戻った彼の様子に優人が安堵の気持ちを抱く中、段ボール箱を抱えて立ち上がった大也が言う。


「優ちゃんはまだ突き進むつもりなんでしょ? なんか、そんな目をしてる。まだ諦めてない、カッコいい男の目だ」


「………」


「俺はさ、もう役者もVtuberにも戻れない。優ちゃんとは別の道を進むことにするよ。だけど、優ちゃんのことは応援してる。頑張ってね、優ちゃん」


「……ああ。ありがとう、大也」


 初めて名前を呼ばれたことに驚いた大也が、その後で嬉しそうにはにかんでみせた。

 彼の荷造りを手伝いながら、優人もまた心の中にある感情を一つ一つ丁寧に枠の中に納め、気持ちの整理を続けていくのであった。

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