黒羽葉介の、停滞
都内のとあるマンション、そこに黒羽葉介はいた。
釈放後はできる限り自宅に寄り付かないようにして、知り合いの女性の家でヒモ生活を送っていた彼は、突然の優人の来訪に驚きと不快感を入り混じらせた表情を浮かべている。
家主である女性はそんな二人の雰囲気から席を外しており、優人と葉介だけが存在している部屋の中、先に口を開いたのは優人の方だった。
「いつまでこんな生活をしているつもりだ? くすぶってないで、実家で生活を立て直すなり次の行き先を見つけるなり、今後の指針を決めた方がいいよ」
「うるせえな! 余計なお世話だっつーの!!」
自分に忠告する優人に対して、大声で反抗する葉介。
子供のような反応を見せた彼は、そのまま抱いている苛立ちを優人へとぶつけていく。
「何なんだよ!? どうしてこうなるんだよ!? 逮捕とか前科持ちとか違約金と慰謝料の支払いとか、わけわかんねえよ!! 俺はただ、少し遊んだだけじゃねえか! 向こうだってそれを望んでたし、相応の対価は支払ってやった! WIN-WINの関係だったはずなのに、どうして今更訴えられなくちゃなんねえんだよ!?」
「……お前たちは一線を越えたんだ。その罰を受けるのは、当然のことだろ」
「知らねえよ! そうかもしれねえけど、今まで甘い汁を啜ってた奴らまで敵に回るのはおかしいだろ!? 本当は嫌だったのに無理矢理とか、嘘ついてる奴が何人もいる! 利用するだけしといて都合が悪くなったらポイ捨てとか、やってることは俺と変わんねえどころかむしろ悪いじゃねえか!!」
「……それだけ、お前は敵を作ったってことだよ。全てを他人のせいにして、自分の責任から逃げるその思考が変わらない限り、敵は増え続ける一方だぞ」
「んだとお……!?」
キッ、と鋭い目で優人を睨みつける葉介の表情は、怒りの一色に染まっていた。
ぐにゃりと口の端を吊り上げた彼は、侮蔑の感情をありありと込めた声で優人へとこんなことを言い始める。
「お前、まだVtuberとかいうわけわかんねえ界隈に関わるつもりなのか? ファンも同業者も事務所の連中もめんどくせえ奴らばっかりの世界に、よく残ろうとか思えるよな!?」
「………」
「まあそうか、お前には大好きな澪ちゃんがいるもんな! あいつとヤるためだったら多少の面倒事なんて屁でもねえか! 尻軽ちゃんなんだからちょっとおだてりゃあ楽にヤらせてくれるだろうし、待ってるお楽しみを考えればこの程度のことなんて別に大したことねえわな!?」
声を荒げながら、挑発の言葉を繰り返す葉介。
顔を真っ赤にして、肩で息をしながら優人の反応を見守っていた彼であったが、返ってきたのは何の変哲もない冷徹な言葉であった。
「……で?」
「で? ……なんだよ、で? って!? もっと言うこととか、あるだろうがよ!!」
「ないよ。何もない。お前の考えてることはわかってる。僕を挑発して、殴らせて、自分と同レベルにして、安心したいんだろう? でも黒羽、残念ながら……今のお前には、そうする価値もないんだ」
「は、ぁ……?」
全身で滾っていた熱が急速に冷えていくことを感じながら、葉介は優人の話を聞き続ける。
以前、沙織を嵌めた際に彼を罵倒した時のような怒りを見せるわけでもなく、優人は淡々と言葉を積み重ねていった。
「黒羽、お前には何もないんだ。夢ややりたいこと、未来への展望ってものを持っていない。だから今にこだわるし、先のことを考えない。でも、そう言ってられる状況じゃなくなってしまった。お前は今、焦ってるんだ。これからのことを考えなくちゃいけないのに、どうすればいいのかがわからない。周りは自分を置いて先に進んでいるっていうのに、自分は一歩も踏み出せないでいる。だから、焦ってる」
「う、うるせえ! 黙れっ!!」
「怖いんだろう? 空っぽで何もない自身の底と弱さを知られることが。だから今、お前は僕を挑発した。僕を自分と同じレベルに落とすことで、お前は安心したかったんだ。違うか?」
「黙れっつってんだろ! 俺のことをわかったような面してんじゃねえ!!」
ぜぇはぁと息を荒げる葉介だが、呼吸が乱れている理由が怒りではないということは彼の表情を見ればすぐにわかる。
優人に本心を言い当てられ、図星を突かれて、彼は焦り、恐怖しているのだ。
優人の胸倉を掴んで罵声を浴びせ掛ける葉介だったが、そんな彼の手をそっと外した優人は焦ることなく至近距離で葉介の顔を見つめ続ける。
その視線に耐えられなくなった彼が後退る様を目にしながら、優人は小さな声で言った。
「……いつまでもここにいるべきじゃあない。みんな、先に進んでるんだ。周りが敵だらけになって身動きが取れなくなる前に、お前も動き出せ。この忠告が、僕がお前にしてやれる最後の手助けだ。じゃあな、黒羽」
それだけを言い残して、優人が部屋を出ていく。
その背を見送り、暫し無言のまま突っ立っていた葉介であったが……やがて、怒りを爆発させるかのように握り締めた拳を近くの壁や家具に叩きつけていった。
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