六幕、革命

『それから数週間後、国は戦火に包まれていました。王たちの悪政に限界を迎えた民たちが、たらば将軍の扇動を受けて革命を起こしたのです。瞬く間に戦いは王都中に広がり、王たちが住まう城もまた戦場となっていました』


 爆発音。悲鳴。鬨の声。銃声に崩壊音、無数の足音。

 不穏さを感じさせるそれらの音声に続いて場面の説明を行う枢のナレーションが流れ、急転直下を迎えた物語が進行していく。

 美しかった花畑は燃え、荘厳な城も砲撃によって崩壊したことを表す背景イラストが画面に表示される中、いじわる姫である愛鈴とルピアの悲鳴が響いた。


「反乱よ! 革命よ! 下賤な民たちが私たちを討ちにきたわ!!」


「逃げなくちゃ! 急いで逃げないと、私たちも殺されてしまう!!」


「でも、逃げるってどこへ!? どうやって逃げればいいの!?」


「つべこべ言ってないでとにかく逃げるのよ!! 立ち止まっていたら、革命軍に捕えられて――きゃあああっ!!」


 ヒステリックな叫び合いを断ち切るように響く轟音。

 城に直撃した砲弾によって多くの貴族たちの命が奪われる中、たらば将軍が革命軍へと指示を飛ばす。


「進め! 今こそ我々の怒りを王や貴族に叩きつける時だ! 奴らを皆殺しにしろ! 正義は我々にあり!!」


 ただでさえ過激だった思想を更に加速させた将軍は、その狂気を軍全体に伝播させるように叫び続けている。

 これもまた、鏡の魔女の力によるものなのだろうか……とリスナーたちがたらばの演技力に感心する中、別の演者が彼女へと声をかけた。


「将軍! 穂香姫を発見した場合はどうしますか?」


「……殺せ。奴は民たちからの信頼が厚過ぎる。放置しておけば、必ずや邪魔者になるだろう。彼女の甘言に民たちの心が揺り動かされる前に、戦火に巻き込まれて命を落としたとカモフラージュして殺害するのだ!」


「はっ、了解です!!」


 無情にも、穂香姫の命を奪う指示を部下へと出したたらばが小さく息を吐く。

 僅かな後悔と迷いを感じさせるその吐息によって、心の中に残っていた人間味を全て吐き出した将軍は、この場にはいない友人へと呟く。


「つららよ……お前が協力さえしてくれていれば、姫の命は助けたものを……! 迷いに迷って決断を下せなかったお前が悪いのだ。恨むのなら、己の弱さを恨め」


 共に革命をしようと提案するほどの仲であったつららへの友情をかなぐり捨て、吐き捨てるように呟くたらば。

 その台詞の後で再び場面は転換し、今度は戦火に包まれる城内を彷徨う穂香姫の出番がやって来た。


「げほっ、ごほっ……! こんな戦争が、起きてしまうだなんて……!!」


 民たちのために行動していたと、自分では思っていた。

 少しでも彼らの心を明るくし、未来に希望を抱かせることができていると、そう信じていた。


 しかし、戦火に包まれた国の光景とそこで命の奪い合いをしている国民たちの姿を見ると、その全てが都合のいい妄想だったのだと教えられている気分になる。

 自分の活動は全て無駄だったのではないかと……そう考え、絶望する穂香姫の耳に、騎士であるつららの声が響いた。


「姫っ! 穂香姫っ!! よくぞ御無事で!!」


「ああ、つらら……っ! みんなが殺し合いを! どうにかしてこの争いを止めなければ……!!」


『騎士に縋り付きながら、必死に争いを続ける人々を止める方法を考える穂香姫。そんな姫の言葉に心苦しそうな表情を浮かべた騎士は、意を決すると共に彼女へと言います』


「姫……もはや手遅れです。我々が何をしようともこの戦いは止まりません。ここはお逃げください。手筈は既に、整っております」


「逃げる……? 何を言っているの、つらら!? そんなことできないわ! 命の奪い合いを続けている民や兵たちを見捨てて逃げるくらいなら、私もここで――!!」


 爆発音と咆哮が響く戦場にて、争いを止められないのならばこのままここで王国の運命に殉じると言おうとする姫。

 しかし、騎士はそんな彼女の手を強く握ると、瞳を真っ直ぐに見つめながら言う。


「それはなりません、姫。あなたはここで命を落とすべき人間ではない。本当に夢を叶えたいのならば、ここはお逃げください」


「でも、国が滅んでしまっては、私の夢は――!!」


「姫! ……お悔しい気持ちはわかります。ですが、笑顔あふれる国を作るという夢は、生きてさえいればまた別の形で叶えられましょう。ここであなたが再起不能になれば、それこそ完全に夢が断たれてしまいます。あなたが死したところで、この国の人々が笑顔になるわけでもない。ならば、ならば……どうかこのつららめの我がままをお聞き入れください。私は、あなたに死んでほしくないのです……!!」


「っ……!?」


 これまで感情を露にすることなく静かに自分を支え続けてきてくれた騎士の必死の懇願に、姫の心が揺れ動く。

 自分の手を強く握るつららの姿と、火の手が上がる街並みを順番に見つめた後、彼女は絞り出すような声でこう呟いた。


「つらら……あなたに、私の命を預けます。これまで私を支えてくれたあなたの願いを、聞き遂げましょう」


「……ありがとうございます、姫。さあ、こちらへ――」


『騎士の願いを聞き入れた姫は、彼に促されるまま燃え盛る城から脱出しました。事前に整えてあった手筈の下、騎士は国境まで馬を懸命に走らせていきます』


 馬の蹄の音が響き、燃え盛る炎の映像が揺らめく。

 段々と騒音が小さくなり、馬の走りも静かになっていき……そうやって、枢のナレーションと効果音が状況を解説する中、黒煙が立ち上る城のイラストをバックに、つららが口を開いた。

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