七幕、この先の未来

「……ここまで来ればもう安心です。戦火に巻き込まれることもないでしょう」


「ありがとう、つらら。でも、王国は……」


 小高い丘の上、そこで背後を振り返った姫が崩壊した城を見つめながら悲痛な表情を浮かべる。

 炎と、煙と、人々の怨嗟と怒号の声が立ち上る国の惨状に心を痛めた彼女は、自分の判断は正しかったのかと迷っているようだ。


 愛していた国や民たちを見捨て、自分だけが生き延びるだなんて……と、姫が罪の意識を抱える中、彼女にその判断を促した騎士もまた悲壮な感情を込めた声で言う。


「姫……あなたにつらい判断を下させてしまったこと、心からお詫び申し上げます。しかし、私は――っ!」


「わかっています。あなたの言ったことは間違っていない。私が国に残ったとしても、無意味に命を散らせていただけだったでしょう。そして、私は無力でした。姫という立場にありながら、この悲しい結末を止めることはできなかった。足りなかったのです、何もかもが。覚悟も、力も、全てが足りなかったからこそ、こうなってしまったのでしょう」


 もしも、を思ってしまう。つらい現実に直面した時、人はいつだってそうする。

 自分がもっと貪欲に権力を欲し、それを求めてさえいれば……あるいは、姫の地位を捨て去ってでも民たちの心に寄り添ってさえいれば……こんな戦いは起きなかったのかもしれない。


 この戦いを起こした一因は、自分にもあると……その上で、自分だけが逃げ延びるという判断を下してしまったことに罪悪感を覚える姫へと、騎士は必死に首を振りながらその考えを否定した。


「違う、違います! あなたが罪の意識を感じる必要など、何もない! 国を治めるべき王たちは自分たちのことばかりを考え、民を蔑ろにした! 反乱を起こした者たちは、そんな民たちの不満を爆発させることで大きな被害をもたらした! あなたはただ、その間で必死に足掻いただけだ! 変わらぬ国を変えようと、終わらぬ苦しみを終わらせようと、必死に戦った! ……その行いが無意味になったとしても、無力は罪ではない。強さが正義であり、弱さが罪であるというのならば、あの国の惨状こそが正しき国の姿となってしまうではありませんか……!!」


「つらら……」


 権力を持つ者が正義であるならば、それを用いて民たちを虐げていた王族や貴族たちの行いは正しいことになってしまう。

 武力を持つ者が正義であるならば、国中を巻き込んで革命を起こし、大勢の命を奪う戦いを引き起こした者たちの行いが正しいことになってしまう。


 双方が共に正しいとするならば、国を包んだ悲しみを肯定しなければならない。

 それだけは許せないと、許すわけにはいかないと、涙ながらに語る騎士の言葉を聞いていた姫は、小さく頷いて肯定の意を示した。


「そう、そうね……私の弱さは罪ではない。それを罪だとしてしまったら、私が守りたかった民たちもまた罪人となってしまう。強さに溺れ、強さを求めた者たちの末路があの国の姿だとするのならば……私は、それを否定すべきだわ」


『そう言った姫は、身に着けていたティアラをそっと外します。それを丘の下に放り投げた彼女は、自分を支え続けてくれている騎士に振り向くと、こう言いました』


「……もう、この国に残ることはできない。私は姫の地位を捨て、一人の人間として生きていきます。形は変わってしまうかもしれないけれど……私は、自分の夢を叶えてみせるわ」


「ならば私もあなたについて行こう。あなたが姫でなくなったとしても、騎士としてあなたを守るのが私の役目だ。あなたの夢は、私の夢……共にこの先の道を歩ませてください、姫」


「ふふふ……! つららったら、私はもう姫ではないと言ったばかりでしょう? その呼び名は、今日でお終いね」


 パカッ、パカッ、パカッ……と、馬の蹄の音が鳴る。

 少しずつ、少しずつ遠のいていく城の姿をバックに、枢が締めのナレーションを行っていった。


『……こうして、姫の地位を捨てた穂香と彼女の騎士であることを止めなかったつららは、戦火に包まれた王国から脱し、夢を叶えるための新天地へと旅立っていきました』


『革命が起きた国は反乱軍によって制圧され、これまで贅沢三昧の生活を送っていた王族、貴族たちを処刑した後、革命の中心人物たちによる新たな政権が発足されたのですが……残念ながら、程なくしてその政権も空中分解し、血を血で洗う権力戦争が再び始まってしまいます』


『多くの犠牲を出したのにも関わらず生活が全く豊かにならないことに怒りを募らせた国民たちの間からは王たちが政権を担っていた頃よりも強く激しい怨嗟の声があふれ、国中を満たしていきました』


『鏡の魔女や水、風、火、そして花の妖精たちはそんな邪念が満ちた国に嫌気がさし、いつの間にかいなくなっていました。妖精たちの加護がなくなったことで更に生活が苦しくなった国民たちは怒りの声を爆発させ続け、その悪感情は人の想いを増幅させる鏡の魔女がおらずとも、日に日に膨れ上がっていきます』


『そして……長く続く混乱の果てに、王国は内乱によって滅んでしまいました。本当に呆気なく、誰もその最期を惜しんではくれない終わり方を迎えた王国は、こうしてひっそりと歴史から姿を消したのです』


『姫と騎士がその後どうなったのかは定かではありません。王国から逃げてきた民たちを迎え入れて新たな国を作ったとも、孤児院と学校を建設して子供たちの未来のために尽力したとも、一介の民として夫婦となり、幸せに余生を送ったとも言われています』


『二人がどんな未来を辿ったのかはわかりませんが……この物語を聞き続けてくれたあなたは、どう思いますか? あなたの中だけにある、あなただけの想いが、きっとこの物語の結末になることでしょう……最後までお付き合いくださり、ありがとうございました』


 その挨拶を最後にナレーションが途切れ、画面が真っ黒に染まる。

 ややあってこのコラボに参加してくれたVtuberたちの名が連ねられているスタッフクレジットが流れ始めると共に、枢主宰の声劇は終わりを迎えるのであった。

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